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高知に自然史博物館を

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カテゴリ未分類

October 14, 2021
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「理科の自由研究」のテーマ.今回は,プラナリアを紹介します.

 頭をチョンと切り落としても死なないで,やがて頭ができてくる.切っても切っても,どんな切りかたをしても,やがて元の形になる.ふしぎな動物プラナリアについて調べてみよう.



プラナリアをさがせ.
 プラナリアは,きれいな水が流れていて,土や泥がたまってないコンクリートの側溝などにいる.水の中の小石をひっくり返してみると,丸くなったプラナリアがくっついている.絵筆を水にぬらして,それでプラナリアをそっと石からはがして採集する.
 あちこちの側溝や小川でさがしてみよう.プラナリアのいた場所,いなかった場所を記録しよう.かんたんな地図をかいて,いた場所,いなかった場所を,しるしを付けていこう.
 「プラナリアはどういう所にいるか?」を説明してみよう.

飼ってみよう.
 小さな容器を用意する.プラスチックのタッパーが良いかもしれない.私は「100円の店」で見つけた直径6cm,高さ4cm程度のタッパーウェアを使っている.この小ささなら,飼育しているプラナリアをそのまま実体顕微鏡で観察できる(写真).
 水深は1センチぐらい.それにプラナリアを入れる.1匹だけでも,たくさん入れてもかまわない.
 このとき水は,「くみ置き水道水」を使う.ペットボトルに水道水を入れて,ゆるく栓をして,1日以上置いたものを使う.使ったぶんを水道水で補充しておくと翌日また使える.
 プラナリアを飼っている水は,毎日とりかえる.つまり水をできるだけ捨てて,新しく水を入れる.餌(えさ)をやったら水がよごれるので,その時は早めに水をかえる.水がよごれると,プラナリアは死んでしまう.
 とりあえず,餌は与えないことにしよう.餌がなくても大丈夫です.






Last updated  December 4, 2021 03:26:24 PM
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October 24, 2020
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秋の星座というと,みずがめ,うお,おひつじ,... どれも地味ですね.

「うお座? ああ,あのあたり.星が何も見えないあたりだよ」などという会話が成り立つほどです.
 ところが,その「何も見えない」はずの場所に,今は赤い巨大な星が見える.火星,ですね.ずいぶん大きい.

 火星はいま,地球に大接近しているのだそうです.最も接近していたのは10月6日.
https://www.nao.ac.jp/astro/sky/2020/10-topics02.html

 深夜12時ころ.ほとんど天頂近く,首が痛くなるほどの角度で見上げたあたりにいます.例年なら地味な秋の星空.しかし今年は賑やかです.

 少し夜がふけてから,探してみてください.北東の空にカシオペア(W字型)が見えたら,そこから東へ,南へ,と視線を移して行くと,赤い大きな星が見えるのでないでしょうか.

 そして深夜3時頃には,火星は西のほうに移動し,頭の真上はオリオンとその周辺のきらびやかな冬の星空.そろそろ気候も冬型が多くなって,空も澄んできます.






Last updated  October 24, 2020 01:50:27 PM
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September 19, 2019
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前回は,横書き日本語ではコンマもピリオドもじつはけっこう使われているし,コンマはお役所でも公認ないし推奨されているという話をした.しかし本なり雑誌なりの編集者が特定のフォーマットを求めていない限り,表記法は基本的に個人が自由に決められるはずだ.横書き日本語の歴史は浅い.日本語の今の段階では,1つの表記法に統一するよりも,皆それぞれに,どういう記号が使い易いかを試行錯誤してみるのが良いと思う.

 日本語を横書きにするメリットの1つは,欧文表記をそのまま掲載できることだ.人名,欧文の引用,動植物の学名(ラテン語名),本のタイトル,その他いろいろな欧文を,文章の中に自然に挿入できる.これが横書きの1つのメリットだ.このメリットを活用するには,句読点はコンマとピリオドにするのが便利である.

 コンマはテン,ピリオドはマル,と考えがちだけれど,完全にイコールではない.コンマやピリオドには句読点としての用法のほかに,特殊な約束に基づく用法がある.たとえば動植物の学名にすぐ続けて命名者名と命名年を書くことがある.この時命名者名と命名年との間はコンマで区切るというのが国際的なルールだ.このコンマをテンで置き換えることはできない.

 ピリオドにも特殊な用法がある.単語(特に人名)の省略形を用いるとき,「省略しました」という印にピリオドを使う.John F. Kennedy のようなピリオドの使い方をする.このピリオドをマルで置き換えることはできない.

 つまり句読点としてマルやテンを採用しても,上記のような場合にはピリオドやコンマを使わざるをえない.マル,テン,ピリオド,コンマの4通りの活字が混在することになる.また上記の例以外にも,「この場合はマルにすべきか,ピリオドにすべきか?」と悩むことも多い.こういう悩みは,横書き日本語の雑誌を編集した経験のある人なら理解できるはずだ.

 

 繰り返すけれど,マルやテンはすべてピリオドやコンマで置き換えることができる.しかしピリオドやコンマをすべてマルやテンで置き換えることはできない.いっそのこと,すべてピリオドとコンマを使うことに決めておけば,以上のような煩雑さはなくなる.

 それは特殊な事例である.日常の日本語表記ではマルとテンを使えば良いではないか,という意見もあるだろう.しかし国際化の時代,せっかく国際化に向けて開かれている句読点の表記法を,わざわざ内向き専用に据え置く必要があるのだろうか? しかもその理由が,「そういうルールだから」というのでは,要するに日本語の表記法について,この人は何も考えてないというしかない.

 







Last updated  September 19, 2019 06:00:57 PM
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September 8, 2019
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 横書き日本語の普及に伴い,句読点をどうするかについて,お役所が指針やガイドラインを出したのは,たぶんワープロの普及以後でしょう.しかし,もっと以前に,横書き日本語を採用することで,たぶん句読点について悩んだのでは? と思う分野がある.理系の学術論文だ.

 古い大学の図書館に行けば,古い学術誌を見ることができる.私が調べたのは「動物学雑誌」と,「電気化学」だ.

 「動物学雑誌」は36巻(1924年)まではタテ書きだ.しかし第37巻(1925年)から横書きになる.句読点はテンとマル.これが第43巻(1931年)まで続く.そして第44巻(1932年)以後はコンマとマルになっている.この雑誌は1984年以後は「Zoological Science」と名称を変えて,英語のみの雑誌となった.

 「電気化学」は最初から横書きだったらしい.私が調べた範囲では,第9巻(1941年)まではコンマとマルが採用されている.そして第10巻(1942年)以後はコンマとピリオドになっている.

 「動物学雑誌」はタテ書き主体でも,あまり困らなかった.しかし,やはり横書きのほうが良いということになった.それに伴ってテンを廃止し,コンマを採用した.しかしマルのほうは昔のまま維持した.と解釈できます.

 「電気化学」のほうは,この分野で頻出する外国語や数式に対応するために,当初から横書きを採用し,コンマを採用.しかし1942年以後は,マルを廃止してピリオドに変えた.この変更の理由はわからないけれど,マルよりもピリオドのほうが良いという判断があったのでないでしょうか.

 お役所の指針に話をもどすと,今はコンマとマルが指示されている.つまり1932年以後の「動物学雑誌」や,1941年までの「電気化学」と同じ判断がされている.時代が進めば,お役所も1942年の「電気化学」と同じ判断を採用するかもしれません.

 手元の横書き本を調べてみてください.テンとマルを採用しているものが多いでしょう.しかしコンマとマルになっているものも,けっこう多い.コンマとピリオドを採用しているものは少ないけれど,非常に稀な例外というわけではないし,「普通ではない」とも思えない.

 ある右翼系の人によると,コンマとピリオドを使うのは,「戦後WGIPに染まり,日本の伝統文化を否定する東大の左巻き系輩」だそうです.しかし,学術誌がコンマやピリオドを採用したのは戦後ではないし,採用した人たちは「戦後WGIP」とは無関係です.むしろマルとテンを「日本の伝統文化」と呼んでそれに理由もなく固執する右翼の内向き思考こそが,日本語の表記法を束縛し,ひいては日本文化の発展を妨げているのでないでしょうか.







Last updated  September 8, 2019 12:12:55 PM
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September 4, 2019
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 日本語を横書きで書くとき,私は句読点としてマルとテンではなく,ピリオドとコンマを使用している.昔からそうしているけれど,これに難クセをつける人もいなかった.ところが最近は,ピリオドやコンマの使用を批判する人が出てきた.日本人ならマルとテンを使え,という単純な理由からだ.それだけ?

 そう.それだけの理由だ.こういう批判をする人は右翼的な立場の人ばかりだ.それだけ日本が「右傾化」したということかもしれない.

 私は自分自身の体験から,マルとテンは横書き日本語では不便であると感じて,自分なりの理由でピリオドとコンマを使っている.そのようなことを人前で言うと偉そうに聞こえるし,そっと私だけの試行として続けて来た.しかし今や「日本語だからマルとテンにしろ」などと強制される時代になったようだ.

 ピリオドやコンマの使用はルール違反なのか? どういうルールがあるにせよ,表現は自由のはずだ.それに,コンマとピリオドを使ったため文章の意図が伝わらなかったという経験はない.誰かに迷惑をかけた記憶もない.

 本来の日本語は縦書きだった.しかし近年は横書きの日本語が増えた.横書き日本語はパソコンやスマホの普及で一気に加速した.それに伴って,本来の縦書き向き句読点のルールは見直しを迫られることになった.

 マルやテンをどうするか? をとにかく解決せねばならなかった人たちがいる.たとえば日本語入力のソフトを作った人たちだ.文章を縦書きでプリントアウトするとき,マルはマス目の右上に置くのが最も見た目が良い.しかし横書きの場合は,これでは使えない.横書き用のマルはマス目の左下に置くのが良い.つまり同じマルでも,横書き用と縦書き用とが必要になる.テンについても同様だ.

 特にテンは,横書き文では見苦しい.テン(読点)は文章を読む時の切れ目である.縦書き文の中にあるテンは,たしかに「ここで一息ついで」という小休止の符号として説得力がある.しかし横書き文で表れるテンは,「小休止」というよりは,ダラダラと次に続くような印象の符号となる.テンよりもコンマのほうが,視覚的にずっと説得力がある.

 日本のお役所が採用している句読点の基準やガイドラインでも,コンマには市民権がある.「日本語だから,ルールだから,だからマルとテンを使うべきだ」などとお役所は考えない.いろいろな議論を経て,「伝統」と「使い易さ」の間の適切な妥協点に落ち着いたのだろう.コンマの使用は推奨される.しかしマルはマルで良いではないか,というのが,この妥協点だ.
(つづく)







Last updated  September 6, 2019 06:30:04 PM
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July 12, 2019
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 日本は劣化している.
 特に劣化の著しいのは政権政党である自民党だ.

 以下はライブドアニュース
https://news.livedoor.com/article/detail/16754964/?fbclid=IwAR3ZwVx01-quDq3zwqHKGfXtT0zyC-nNQUi9e862vQbGOpMmdqhKpWcX37I
からの転載です.

(以下転載)
■立憲民主党会派・中村喜四郎元建設相(発言録)

 首相が(遊説で)野党政党の名前間違いをわざわざ何カ所でもやっている。

 子供じみたことで首相のやることか。野党がまとまってくることを非常に気にしており、彼らも自信満々ではないということだ。

 私は40年の長い(政治活動)期間、20年は自民党にいた。国の借金が増え、社会保障の予算が伸びている時に、首相は「10年間は消費税は上げなくていい」と簡単に言う。私が知っている自民党にはこの感覚はなかった。昔の自民党は権力に対して非常に抑制的で、言っていいことと悪いことをよく考えて言っていた。品格もあったし、責任も持っていた。しかし、今の自民党には残念ながらそういうものはどんどんなくなり、物言えば唇寒しという状況だ。非常に深刻な事態だ。(10日、京都市内での支援団体との会合で)
(転載おわり)







Last updated  July 12, 2019 02:42:26 AM
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July 9, 2019
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 日本はいま大変な危機に直面している.参議員選挙で与党が圧勝する勢いなのだ.

 だから何だ? という意見もあるだろう.国民の支持を得た政党が国政を担当する.それでこそ民主主義なんだ,と.

 そうだろうか? 日本の民主主義は,よく機能しているのだろうか? たとえば国会だ.あの空疎なやり取りを見て問題を感じないだろうか? 今の国会は政府の方針を承認するだけの舞台装置でしかない.立法府として機能していない.この原因は,与党が絶対多数を占めているからだ.何を議論してもしなくても,政府が出した議案は国会を通過してしまう.だから実質的な議論は行われない.

 国権の最高機関たるべき議会がこの調子である.裁判所も政府に楯突くような判決を出さない.出すこともあるが,要所要所でしっかり政府の意向に従っている.つまり今の日本では三権分立が機能していない.

 そういう状況下での参院選だ.仮に与党が圧勝すれば,次は憲法改正だ.国民投票ではカネのあるサイド,つまり与党側が圧倒的な宣伝力で世論を牛耳ることだろう.

 憲法改正おおいに結構,望むところだ,という意見もあるだろう.そう思う人は自民党の改憲案をしっかり検討してほしい.

 

 日本の政治システムの最大の欠点は,バランスが一旦崩れ始めると,ズルズルと同じ方向に向かって暴走してしまうことだ.アクセルばかり機能して,ブレーキのない状態になってしまう.

 バランスを保持するための1つの仕組みが三権分立だけど,今すでに上記の通り.ブレーキの効かない状態になっている.自民党の改憲案も,政権の暴走を許容する内容になっている.現行憲法が持っているブレーキの機能が,憲法改正によって失われてしまう.つまり政権は完全な暴走状態に突入することになる.

 いま日本国民に求められていることは,暴走状態に入ってしまう前に何らかのブレーキをかけることだ.その最も有効な方法が選挙だ.与党の絶対多数の状態を許さないことだ.

 国会の現状を改善するために,つまり民主主義をもっと機能させるために,野党に投票しましょう.







Last updated  July 9, 2019 12:00:23 PM
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March 28, 2019
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 NHKの報道がヘンだ.

 ずっとそう思ってきたけれど,最近やっとマスコミが取り上げ始めた.

  まず毎日新聞:

NHKの政治報道、変だ 「安倍政権寄り」と保守系誌も批判
https://l.mainichi.jp/OFZq5zN

 NHKの政治報道が変である。今年に入り、論壇誌が相次いで「安倍晋三政権寄りが目に余る」などと報道姿勢にモノ申す特集を組み、NHKのOBらが古巣に抗議する事態になっているのだ。物議を醸した籾井勝人前会長が退任して2年。公共放送はどこへ向かっているのか?

(以下略)

  そして週刊金曜日:

http://www.kinyobi.co.jp/tokushu/002749.php

 安倍晋三首相の「支持率高止まり」はNHKのおかげ――。こんな声も聞かれるほど、第2次安倍政権における定時のニュースを中心としたNHKの政権寄りの姿勢が目立つ。政権に都合の悪い情報は極力小さく扱うか無視する一方、首相の人気取りにつながるような報道がはびこる.

(以下略)

  朝日新聞もやっと沈黙を破って,こういう記事も:

https://www.asahi.com/articles/ASM3J6K4LM3JPGJB00V.html?iref=comtop_rnavi_arank_nr01&fbclid=IwAR2taGRx_mSYvuNNT2c8WsTyMHnA-0WBCg8G8bM2geDoWUO4CMEoltPDm7I

 森友学園問題が明らかになった当時、相沢さんは大阪報道部にいた。当初、NHKでは全国ニュースにならなかった。売却価格の決定過程に関する特ダネは約2カ月、放送されなかった。やっと放送されたその3時間後、「あなたの将来はないと思え」と当時の上司が電話で激怒されている姿を目の当たりにした。

(以下略)

 NHKによる「忖度」もあるのでしょう.しかし根底には,マスコミによる批判に不寛容な安倍政権の姿勢があると考えたほうが,より自然だと思いますね.こういう報道もありました:

https://hbol.jp/188771?fbclid=IwAR0HxAoWg852Qbut0tBXkdIPBxaeyFD72ChjaFzyWfpCmoAiMwTZwSvMX1g

 前代未聞、極めて異例なことだ。314日、首相官邸前で新聞記者などメディア関係者ら600人がデモを行い、内閣官房記者会見での政府関係者による望月衣塑子記者(東京新聞)への嫌がらせに対して抗議した。  多くのメディア関係者らがデモという直接行動に出るようになった背景には、安倍政権が露骨に「報道の自由」への圧力を加えてきたことへの危機感がある。  14日の官邸前デモを主催したのは、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)。新聞、放送、出版、映画、広告等それぞれの労働組合の連合会、協議会等で構成された組織だ

(以下略)

 

 いま日本のマスコミは政府に尾を振る忠犬に成り下がっている.特に犯罪的なのがNHKだ.

 長くなるので,今日はこの程度にしておこう.







Last updated  July 9, 2019 09:21:10 PM
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June 2, 2017
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谷山浩子が歌っていた「まっくら森の歌」.

 この「まっくら森」は,「安倍政権下の日本」に似ている.たとえば1番の歌詞は,

 ひかりの中で 見えないものが
 やみの中に うかんで見える
 まっくら森の やみの中では
 きのうはあした まっくらクライクライ
http://j-lyric.net/artist/a00202c/l015caf.html

 光の中で見えなかったものは「憲法の大切さ」.
 安倍政権下では「きのうはあした」.つまり日本の未来は過去とイコール.

 2番以降の歌詞も,安倍政権にピタリと当てはまります.

 さかなはそらに ことりは水に
 タマゴがはねて かがみがうたう
 まっくら森は ふしぎなところ
 あさからずっと まっくらクライクライ

 安倍政権下では「健全な常識」が通用しない.
 たとえば,首相の発言はウソばかり.これほどウソをつき続けても,マスコミは何も言わない.

 みみをすませば なにもきこえず
 とけいを見れば さかさままわり
 まっくら森は こころのめいろ
 はやいはおそい まっくらクライクライ

 聞こえるのは安倍政権を賞賛する雑音ばかり.真実を知りたいと耳を澄ましても,何も聞こえない.マスコミは政権批判をタブー視し,官僚は政権に不都合な情報を隠蔽し,または証拠隠滅する.
 政権が目指すのは戦前.過去の日本.時計の針は逆向けに回っている.
 速いは遅い.黒いは白い.赤信号は青信号.

 どこにあるか みんなしってる
 どこにあるか だれもしらない
 まっくら森は うごきつづける
 ちかくてとおい まっくらクライクライ

 安倍政権が目指すのは憲法改正.
 そのことは,みんな知ってるはずだけど,なぜか問題にならない.
 NHKの大本営発表は,安倍政権の人気取り報道ばかり.雑多な情報に国民は振り回されてしまって,「どこにあるか」を見失っている.

 そして「共謀罪」.これは,かの悪名高い「治安維持法」と同じです.まさかそんな大げさな,という反応が,私の身辺では多い.ありえないと思いますか?
 遠いように見えて,じつは近い.それが治安維持法です.






Last updated  June 2, 2017 09:49:06 AM
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April 30, 2017
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・・・女王さまは言いました.「よいか,ここでは,おなじ場所にとどまっておりたければ,力のかぎり走らねばならんのじゃ」 (キャロル著,脇明子訳「鏡の国のアリス」岩波少年文庫)


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 「赤の女王」説は,「生物にはなぜセックスがあるのか?」という大問題を扱った学説です.

 生物はセックスがなくても子孫を作れます(無性生殖).ただし無性生殖では遺伝子は変りません.子は親と全く同じ遺伝子です.子が何人(何匹)生まれようと,みな同じ遺伝子をもっています.無性生殖とは親のコピーを作ることです. 

 これに対し,有性生殖では多様な子孫が作られます.環境が変化する時は,有性生殖のほうが有利になります.しかし環境が一定であれば,無性生殖に比べ有性生殖は圧倒的に不利です.

 だから現存の生物の大多数が有性生殖を採用している理由は,生物の生きている環境というのは見かけほど一定ではなくて,じつは時々刻々と変化するものに違いない,と考えられます.



 では,その時々刻々と変化する環境とは,どういうものでしょう? さまざまな「環境」が変化するでしょう.しかし最も重要なのは病原体の存在,かもしれません.

 生物と病原体の関係は,軍拡競争によく例えられます.それはしばしば,一方が生存すれば他方は滅びるという熾烈な勝負になります.負けそうになった側は,遺伝子の組成を変えます.そして勝ちに転じたら,こんどは相手の負けが混んできます.そこで相手も遺伝子の組成を変える必要がでてきます.こういう関係が続く限り,生物も病原体も,どちらも常に遺伝子組成を変える必要性に迫られているわけです.

 ところでこの場合,「軍拡競争」という比喩は,あまり適切でないかもしれません.ナイフで殺し合っていたのがピストルに,ピストルが大砲に,大砲が爆弾に,というような軍事技術の拡大や充実とは少し違っています.生物と病原体の競争は,むしろジャンケンに似ています.相手がグーを出している時は,こちらはパーを出せば良い.相手がチョキに切り替えたら,こちらはグーを出す.こういう競争では軍備の拡大や進歩はありません.相手の出方によってこちらも出方を変えるだけです.そこにあるのは「変化」であって,必ずしも「進歩」や「拡大」ではありません.



 生物集団の遺伝子の組成が変化することを,生物学では「進化」といいます.その定義を採用すれば,生物と病原体とは生き残るために,共に「進化」し続けているわけです.進化によって生物は進歩することもありますが,ジャンケンのように同じ所をぐるぐる回っているだけの進化もあります.生物学的には「進化」とは「変化」であって,必ずしも「進歩」を意味しません.

 病原体も含め,生物は他のさまざまな生物とともに生きています.こういう生物的環境は時々刻々と変化するので,生物は無性生殖で自分のコピーさえ作っておけば良いというわけにいきません.有性生殖を行なって,「全速力で進化し続ける」ことが常に要求されています.それはルイス・キャロルが「鏡の国のアリス」で描いた「赤の女王」の国とどこか似ています.

 「この世にセックスが存在するのは,生物が病原体と闘わねばならないからだ」と主張する学説が,「赤の女王」説と呼ばれるのは,そういう理由からです.






Last updated  April 30, 2017 09:28:26 PM
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