リュミエール通信

2009/06/14(日)17:57

『オー・ブラザー!』 映画批評

映画(73)

音楽と空間。その二つが幸福な出会いをすると、登場人物が不思議な魅力で輝きはじめる。 『オー・ブラザー!』は、まさにそんな映画である。舞台は1930年代。ミシシッピー州の広大な大地だ。盗んだ大金を手に入れるため、エヴェレット(ジョージ・クルーニ)は、鎖で繋がれていたビートとテルマーを引きつれ脱走する。早くしないとお宝がダムの底に沈んでしまうからだ。 それにしても、「脱走」ほど映画的な題材も珍しい。狭い空間から、広々とした自由空間を目指し、疾走するときの開放感!こればかりは演劇では表現できない。 と云いつつ、話の腰を折るようだが、『オー・ブラザー!』は、数多い脱走映画とは毛色が違う。『大脱走』や『ショーシャンクの空に』は、綿密な脚本で脱走までの経緯を、サスペンス豊かに描かれているが、『オー・ブラザー!』には、そういう意味でのサスペンスは存在しない。その代わり脱出後の迷走ぶりを、奇想天外なエピソードで綴っていく。 おまけに、この風変わりな作品には、奇妙な調味料がふりかけてある。映画の冒頭のクレジットに記された、この物語はホメロスのオデュセイアに基づかれている、というのがそれだ。だからといって、ジャン・リュック・ゴダールの『軽蔑』ではないから、肩肘張る必要はない。盲目の偉大な叙事詩人ホメロスを想起させる老人が、三人の逃避行のゆくえを預言めいた言葉で暗示してくれるからだ。 というわけで、彼らは様々な人間と出会うことになる。ライフル銃をぶっぱなす小生意気なガキ。白い僧衣を纏う怪しげな宗教の信者たち。悪魔に魂を売った黒人のギタリスト。伝説の銀行泥棒ベビー・フェイス・ネルソン。川辺で歌いながら洗濯をしている美女三人。聖書販売の営業を騙って金を奪う乱暴者の大男・・・・・・。 そんな奇抜な人物との遭遇と別離が、音楽と絡み合いクレイジーな笑いを惹き起こす。懐かしいカントリーとフォークソングが奏でる音楽と緩急の効いた空間。その戯れが、登場人物たちの醸しだす皮肉なユーモアを盛り上げてくれる。こういう人間図鑑を描かせたら、まさにコーエン兄弟の独壇場である。

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