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アナスターシャはカフェ・ア・ラ・クレーム、私は紅茶を注文。透明のアクリル板で囲った外の席に向き合って座る。彼女は黄色いバックから包み紙を取り出すと「ケーキが少しあるの。食べて」と言って自分は半分切り取って食べながら残りをこちらによこす。 囲いのおかげもあってすぐに身体が温まった。「君はこれからルーブルでも行くんだろう」「ルーブルは明日でもいいの。それよりあなたはどこに行くつもりだったの」「僕はここから一番近いコンコルド広場にあるオランジェリー美術館に行きたいと考えていたんだ。クロード・モネの睡蓮とかあるんだよ。それからオルセーもパスしてノートルダムかな」 「じゃあ、私もそれでいいわ。昨日着いたばかりで少し早く休みたいし。」バッグから地図を取り出して机に広げ二人でオランジェリー美術館への道を確認する。「わかった。この橋を渡ればすぐね」
(これまでの分を掲載しました) 「まだ貴方のお名前を聞いていないわ」「君の名前は」「アナスターシャよ」カナダの大学の学生証を持つ彼女はロシア系。ロシア系の女性はこのくらいの年齢まではスリムで天使のように可愛い。朝、エッフェル塔の一番乗りの行列で一緒になってからずっと一緒なのだが、二人ともおしゃべりに夢中だったのだ。 7月ともおもえないような冷たい風が吹きつけるエッフェル塔へ登る斜めのゴンドラが塔の巨大な足の中を登るにつれて、彼女は子供のように嬉しそうな表情を見せる。身長は外国人にしては小柄で150センチくらい。金髪で色白だが、前髪をアップしたおでこにすこしにきびがある。「チケットを買うときは学生なので半額になるの」と少し得意になる。ゴンドラの中からピンク色のソニーのデジタルカメラで外の景色を撮っている。朝早くだが既に高所で鉄塔の塗装をしている作業員が見える。 ゴンドラが中層階に到着。反対側の扉が開いて一斉に乗客が降り始める。地上よりも一層風が強く吹き付ける。みやげ物店には目もくれず、鉄柵で囲まれた展望台に行く。強風が朝靄を吹き飛ばしパリの街はもちろんのこと、はるかに郊外まで360度はっきり見えて爽快な気分。彼女はさかんに「あの高い建物は何?」と私に聞いて、「あれはモンパルナスタワー」「ラ・デファンスというビジネス街」「サクレ・クール寺院」と答えると展望台に書いてある写真と説明をチェックして「合ってる」と言う。 そこから階段を登って上のステージに上がると今度は鉄柵なしになり、眼下に広大なブーローニュの森が展開する。「東京にも広い緑地があるの」と彼女。「うん、皇居と新宿御苑があるよ」と私。それから最上階の展望台までのエレベータに乗るために少し並ぶ。頭上にはワイヤーを送る大きな鉄輪が回っている。 最上階はフードで囲われていて、風がなく飛行機に乗っている感じ。ちょうど地下鉄が地上に出て鉄橋を渡っていて、良く出来たミニュチュア模型のようだ。車は豆粒にしか見えない。「東京にもタワーがあるの」「もちろん東京タワーがあるよ。赤白の」「私はエッフェル塔のこの色が好き」 「エッフェル塔の方がずっと昔にできたのだけど、鉄骨にも全部飾りがついていてずっとおしゃれだね。四本の足だけで立って、その足の中にゴンドラをつけて斜めに登れるようにしているなんてこだわりがすごい」「だからすっきりしているのね」彼女は英語なのだが、時々ごく自然にフランス語を混ぜてくる。最上階も混み合った中を一周しながら眺望を楽しむ。彼女は何か見つけるたびに「あれ見て」と言う。 押されるように下りのエレベータの隅に乗ってエッフェル塔の中層階に下りる。そこですこし待たされてから大きなゴンドラで地上に戻る。「身体が冷えたからちょっと温かい飲み物を飲みましょうよ」「そうだね」 地上ではすでにチケット売り場に長い列が出来、あいかわらず、イラン系の物売りが列の間を歩き回っていた。黄色いチケットは四角だが角を斜めに切り取られるようになっていて、下のゴンドラで左、上のエレベータで右を切られて手元には塔の形をしたチケットが残るようになっている。それを財布にしまったら「それって大切にとっておくのね」と笑う。 「今朝、ホテルからこちらに歩いてくるあいだにカフェがあったわ」「そう、どっちの方かな」公園を横切って行こうとすると工事で通行止め。すこし迂回するとすぐに普通の道に出てその角にカフェがあった。
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