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テーマ:読書(10172)
カテゴリ:読書
あなたは、人生最後の日をどんなふうに迎えたいですか? 「ピンピンコロリで逝きたい」 「寝たきりだけは絶対に嫌だ」 「家族に迷惑をかけたくない」 そう思っている人は多いはず。でも、実際に"どう準備すればいいか"まで考えている人は、ほとんどいないんじゃないでしょうか。 今日は、在宅緩和ケアの専門家・萬田緑先生(群馬県)の著書『棺桶まで歩こう』の内容をもとに、**2000人以上を看取ってきたプロだからこそ語れる「なくなる時のリアル」**をお届けします。 読んでいて、何度も鳥肌が立ちました。そして最後は泣きました。 ぜひ最後まで読んでください。 そもそも「日本の看取りの現状」ってどうなってるの?萬田先生は言います。
どういうことか? 飛行機が故障して羽田に緊急着陸しなければならなくなったとき、パイロットがまずやることは何か。それは燃料を捨てること。着陸時の爆発リスクを減らし、機体を軽くして安全に地面へ降りるためです。 人間の死も、本来はこれと同じであるべき。食べられなくなったら、だんだん枯れるように、緩やかに自然に逝く——それが一番苦しくない最後の迎え方なんです。 ところが日本の現実は? 「食べられなくなった→栄養が足りない→点滴をガンガン入れる」 これは、墜落しそうな飛行機にヘリが飛んできて空中給油しているようなもの。そうするとどうなるか——体がむくんで苦しくなり、最後は燃え上がるように亡くなっていく。 本人は「もう楽にしてほしい」と思っているのに、家族は「まだ生きていてほしい」、医師は「死なせたら敗北」と考えてしまう。この三者の気持ちがかみ合わないまま、患者さんは辛い最後を迎えることになる——。 この本はその現実を、真正面から伝えてくれています。 ① 歩き方を見れば「余命」がわかる萬田先生が34年の医師生活でたどり着いた結論、それが—— 「人間は歩けるうちは死なない」 逆に言えば、歩けなくなったら終わりが近い、ということ。 「え、年を取ったら足腰が弱くなるのは当然じゃないの?」と思いますよね。でも違うんです。 萬田先生は、体重25kgで骨と皮だけになっても歩いている患者さんや、亡くなる2時間前までトイレに自分で歩いていった人を実際に見てきています。 歩くのに必要なのは筋力じゃない。**気力と根性、つまり"脳の若さ"**なんです。 人間が亡くなるとき、最初に止まるのは脳。次に腎臓・肝臓、最後に心臓。脳が元気で気力がある限り、どんなに痩せていても歩けるし、歩ける限り死なない。 歩き方で分かる「余命の目安」萬田先生がはっきり書いているのがこちら。
具体的すぎてちょっと怖いですよね…。でも、これを知っておくことが大事なんです。 では、いつまでも歩けるようにするには?答えは**「体幹の自給力を鍛えること」**。そのためにまずやるべきことは—— 背筋を伸ばして座ること。 「30分間、背筋を伸ばして座っていられる人は、30分歩ける」と本書には書かれています。座っていられる時間と歩ける時間はイコール、というわけです。 また、ちょこちょこ歩きはNG。歩くとは片足ずつ交互に体重を乗せる動作。片足で立つ力が弱いから、ちょこちょこ歩くしかなくなる。つまり、ちょこちょこ歩きは片足立ちの弱さのサインなんです。 理想は大股でゆっくり歩くこと。そして「1時間に10回、椅子から立ち上がる」運動。歩けない人でも、1日100回立ち上がれるようになった頃には歩けるようになっているそうです。 お金の貯金も大事ですが、筋肉の貯金も今すぐ始めましょう。 ② 病院より"家"の方が長生きできる理由「癌になったら病院で治療しないと生きていけない」 「病院にいれば安心だ」 そう思っている人、多いですよね。でも萬田先生は真逆のことを言います。
医師がそれを言うの!?と驚きますよね。でも理由はちゃんとあります。 理由①:病院は「認知症製造工場」になりがちお年寄りが骨折で入院して、急にボケてしまった——そんな話、聞いたことありませんか? これは「せん妄」という状態です。慣れない天井、知らない人、体につながれた管……その恐怖でパニックを起こしてしまう。病院側は、暴れると困るから薬で眠らせたり、おむつを履かせてベッドに縛りつけたりする。その結果、本当の認知症が"完成"してしまうんです。 でも家に帰れば治る、と萬田先生は言います。実際、患者さんは家に帰った途端、安心感で「ボケていた」症状が消えることが多かったそうです。 理由②:人は「癌」では死なない。「廃用」で弱って死ぬ萬田先生はこう断言します。
本書に登場する子宮癌のBさんの話が衝撃的です。 病院から「余命1週間」と宣告されたBさんは、最後を迎えるために家に帰りました。そこで萬田先生はこう言ったんです。 「こんなんじゃ死なないよ。あなたは抗がん剤で弱っているだけ」 Bさんは抗がん剤をやめて、家でご飯を食べ、歩き始めた。その結果——なんとそこから4年間も生きたんです。 しかもその間、お腹の癌は双子の赤ちゃんほどのサイズまで巨大化していた。それでもBさんは「癌と戦うエネルギーを歩くことに使った」から、普通に一人暮らしを続けられたのです。 また、食べられなくなって水さえ飲めなくなったAさんというおじいちゃんの話も。お酒が大好きだったAさんに、家族がコップに日本酒を注いであげたところ、水は飲まないのに日本酒はグビグビ飲んだ。そこから毎日息子さんと晩酌して、なんと1ヶ月以上も日本酒だけで元気に過ごしたそうです。 病院なら絶対NG。でもこれが、「家の力」です。 病院は"治す"場所。でも家は"生きる"場所。 あなたは最後、どちらを選びたいですか? ③ 寿命を伸ばす「最強の言葉」とはこれが今日いちばん泣けた話です。 親が歩けなくなったとき、あなたはどんな言葉をかけますか? 「もっと頑張って歩いて!」「リハビリしないとボケちゃうよ!」 よかれと思って発破をかけてしまいますよね。でも萬田先生は言います、**「それが一番やってはいけないこと」**だと。 歩けない・動けないのは、本人がいちばん辛い。限界まで頑張っている状態です。そこに「もっと頑張れ」と言われると、心が折れてしまう。 「これ以上頑張れない自分はダメなんだ」——そう思った瞬間、生きる気力を失い、脳が止まり、本当に歩けなくなってしまうんです。 魔法の言葉は「ありがとう」本書に登場するAさんというおばあちゃんのエピソード。 「余命2週間」と言われて退院し、ご飯も食べられず、トイレも自力でやっとという状態でした。萬田先生は家族にこうアドバイスしました。 「"お母さん、ありがとう"って言ってあげてください」 子供たちが素直にそう伝えると、Aさんはこう言ったそうです。 「幸せだな。もう少し生きたいな」 生きるスイッチが入った瞬間でした。 萬田先生が「生きたいなら、歩こう」と提案すると、体重25kgのガリガリの体で「じゃあ私、頑張る」と言い、毎日30メートルを歩くようになった。そして亡くなる前日まで自分の足でトイレへ行けたのです。 余命2週間が、2ヶ月以上の自分らしい生活に変わったんです。 「ありがとう」と言われると、人は「自分は必要とされている」と感じ、脳が活性化する。それがガソリンになって、ガリガリの体でも歩けるようになる——。 4歳のウルトラマンそしてもう一つ、絶対に紹介したいエピソードがあります。 白血病で余命数日と言われた4歳のかずま君。夢はウルトラマンになること。両親はボランティア団体に頼み、病室に本物のウルトラマンを呼んであげました。 大喜びしたかずま君は、奇跡的に体調が回復し、家に帰ることすらできました。 そして亡くなる前日、親戚が集まる中、かずま君は苦しいはずなのに一人一人を呼んで「大好きだよ」と伝えて回った。そして最後に泣いているパパとママに向かって—— 「パパとママの子供で、ありがとう」 そう言い残して旅立ちました。 4歳の子供が言える言葉じゃないですよね。周りの大人がメソメソしている中、彼だけはウルトラマンとして強く、優しく、みんなを励ましていった。 萬田先生はカルテにこう書いたそうです。 「ウルトラマンかずまに変身」 「ありがとう」という言葉と役割を与えられることで、人間は4歳であってもここまで強くなれる——。 最後に:自分の人生を自分で幕引くために萬田先生がおすすめするのは、今すぐ具体的に家族へ伝えておくこと。 エンディングノートに「延命治療はしないで」と書くだけではほぼ無効、と先生は言います。いざ親が目の前で苦しみ出したら、子供はパニックになって「先生、なんとかしてください!」と言ってしまう。 だから、もっと具体的に:
これくらいはっきり言い残すこと。そして萬田先生おすすめのキラーフレーズが—— 「俺の言う通りにしないと、化けて出るからな」 これくらい言っておけば、家族も医師も止められる(笑)。それが、判断を迫られる家族を守る最高の優しさになるそうです。 まとめ今日お伝えしたのはこの3つ。 ① 歩き方・背筋で余命がわかる。大股でゆっくり歩き、体幹を鍛えよう。 ② 病院より家の方が長生きできる。癌と"戦う"より"共存"して、好きなことに体力を使おう。 ③ 寿命を伸ばす最強の言葉は「ありがとう」。頑張れではなく、感謝と褒め言葉を。 死は必ず来る。でも、どんな死に方をするかは、今日からの生き方で変わる。 あなたは後悔しないために、今日から何を始めますか? 参考:萬田緑『棺桶まで歩こう』 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026年03月01日 09時56分05秒
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