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昨日からの雨で、天気は危ういなぁ。と思ってましたが、
朝起きたら、晴れているじゃないですか。ということで、 お弁当係の妻にGOサインを出して、僕は運動会の場所取りのため、 学校に行き、朝から運動会モード全開でした。 こんな感じで始まった運動会でしたが、開会式の際、ポツリ、ポツリと 始まり、プログラム1番目の大玉ころがしの途中で、雨が強くなって きました。(というか、天気予報どおりですが) そこで一旦中断、雨はやまず、お昼まで教室で待機、 昼食時に、運動会を再開するか判断することになりました。 こんな予想外の展開に、先生たちは大忙し、多分昼食は取らずに、 校庭のメンテナンス、児童を保護者への引渡し、うまく会えなかった 児童、家族についてのアナウンス。 先生は適宜職員室に 呼ばれて、対策会議を開くなど、とても大変な状況でした。 こんな努力が実を結び、天気は徐々に回復、午後から、プログラムを 抜粋して、実施することになりました。 本当は、全ての種目を見たいところですが、次女、三女を連れての 観戦は、しんどいため、長女が参加する50メートル走、ダンスだけを 見ることにしました。 まず、50メートル走ですが、6人づつの競争。 長女は一生懸命走っているのは分かりますが、結果は5着。 妻は自分の小学生時代を思い出したというかDNAは確実に 引き継がれていることを確信したそうです。 次に「ハイタッチ」というポケモンの曲にあわせたダンスを 踊りました。50メートル走とは違って、活き活きとして、 しっかりとしたダンスを踊ってました。 長女の踊りを見て、妻のDNAは引き継がれていることを 認識できましたが、僕のDNAは全く、引き継がれてないんじゃ ないかって、思いました。 というのも、僕の小学生時代の運動会のダンスに特別な 思い出(というかトラウマ)がありまして、というか、 ダンスはとっても苦手でした。(きらいでした) ----------------------------------------------- 今でも、ちょうど30年前のつらい出来事を克明に覚えてます。 それは、小学校3年生の時のことです。 その年の3年生のダンスの曲名は正確には覚えてませんが、 多分「ヤングセーラーマン」というもので、船員の格好で、 2本の旗を持って踊るものでした。 (今でも、曲のサビの部分は覚えてますよ、歌えます) 3年2組の僕は、秋の運動会のダンスの学年全体での練習の後、 1人だけ、呼び出されました。(呼び出した先生は当時厳しかった 3年1組のイイジマ先生(女性)でした) その先生から、「ダンスがフニャフニャしている??」と言われて、 1人残され、職員室の前で泣きながら練習させられました。 今でも、美白で、サザエさんのような髪型のイイジマ先生のことは 目に焼きついてます。 ----------------------------------------------- こんな思い出を素直に受け入れられる強さを持ち合わせて いなかったボクは、その後の人生でダンスが大嫌いになりました。 しかし、長女のダンスを見て、「父を超えたな。」と実感できた、 というか、血のつながりあるのか?? と疑いたくなるくらい、 素敵なダンスでした。 そんな長女が帰宅してきたので、労をねぎらって、 「今日の夜は外食だぁ。どこに行きたい」と聞いたら、 「パパの好きなところ」というので、「それって何処?」 と問い返すと、サイゼリヤのことでした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.10.04 00:20:30
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