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メキシコMexican!

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メキシコシティ

2007年10月08日
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カテゴリ:メキシコシティ
メトロブス、というのがある。

“ブス”といっても不細工のことではない。バスのこと。
Bus、英語ではバス、と読むがメキシコではそのままブス、と発音する。

渋滞解消のために数年前にできた、バス専用のエクスプレス・レーン。

メキシコ バス1.jpg

高速公共バスシステム網だ。

このレーン、バス以外の車は入れない。もちろん人も立ち入り禁止だ。


できたばかりのとき、なぜか私はそのバス以外立ち入り禁止のレーンをふらふらと

歩いていた。今思えば思わぬ好天に恵まれたせいで上機嫌になったから、と思われる。


突然、走っている車が何台もクラクションを鳴らし、

私に向かって“轢かれるぞー!!”、“あんたの後ろからバスが来てる~!!”

と教えてくれて、私は直進して走った。

というのも後ろには私を追いかけるバス。左には目の高さほどあるバスのプラットホーム

が延々と立ちはだかり、右には車がびゅんびゅん走っていて歩道に渡れない。

前に走るしかなかった。

もはやこれまでか!アディオス、メキシコ・・・アディオス、私の人生・・・ と

思ったその時、ぎりぎりで横断歩道にたどり着き、横に身をよけ、命拾いした。


なんのアクション映画に出演したのか?


皆が一部始終を見ていた。

「あの東洋人ばかだねー」「外人だからきっと知らなかったんだよ・・・」

などとひそひそつぶやいているのが聞こえなくてもわかった。



ところでこのメトロブス、距離に関係なく50円、と少々高めの料金設定。

高級なためか、運転手も日本の運転手のように無言でもくもくと業務を遂行する。


運転席にきらびやかな飾りを施し、ラジオの音楽をがんがんかけて、

タバコを吸いながら恋人と子供を横に乗せて片手運転、というような一般的なバスの

運転手とは違う。


物売り、流しの歌手も乗ってこない。禁止されているようだ。



それがショックだった・・・。近代化すると味わいが無くなり、どんどん機械的に

なっていくような気がした。


例えば日本の昔の八百屋などは、なじみの客とのコミュニケーションがもっとあったはず。

子供が迷子になっても「あ、あれは山口さんちのつとむくんだ。このごろ少し変だが、

どうしたのかな?」などと言って声をかけてくれたに違いないが、今のコンビニでは

それはないだろう。



代わってこれは今も走っている一般的な市内バス(ラジオで音楽がんがんの)。

メキシコ バス2.jpg


フロントガラスが割れていたり、自動ドア開けっ放しで走ったりしている。

そして狭いのが特徴。

確かに危険だが趣はある。客とけんかなぞしたり。


メトロブスは渋滞解消には役立ったし、もちろん便利でこぎれいだが、

なんとなくさみしい様な気もする。


アディオス、古き良きメキシコ・・・。






最終更新日  2008年06月10日 16時48分58秒


2007年09月30日
カテゴリ:メキシコシティ
ET.jpg


チャプルテペック遊園地、というのがメキシコシティ市内にある。

この遊園地は昔からある古い遊園地で、木でできたジェットコースターで有名。

木のジェットコースターも怖い(壊れる恐れで)が、お化け屋敷が意外と怖いのでお勧め。

男でもギャーギャー言いながら走ってでてくるわ、出てきた女の子はショックのあまり気を失って倒れこむわ、でほんとに良くできたお化け屋敷だ。

私も怖かった。“殺される~!!”というのが出てきた感想。


その他、Tren de amor(愛の列車)という、二人乗りの乗り物で、遠心力で二人が端っこに寄って、ぴったりくっつく、というので“愛の列車”と名づけられているが、猛スピードで回転する上(日本ではありえないスピード)、安全ベルトが無く(これもありえない)、手前の手すりだけが頼りだ。

前の席で宙に浮いて落ちそうになっている子を片手で抑えながら自分も必死に手すりにしがみついていた。”愛”というより“死”を予感させる乗り物。

ということで、意外と楽しめるのがこの遊園地。

遊園地の中に突然現れるむか~しのプリクラマシーンや、なぜか携帯電話の入れ物売りが商売をしていたり(売れるのか?)、ここでもメキシコの“なんでもあり”感が楽しめる。

土産売り場にもなぜかETが、結構新製品っぽいきれいさで吊るされている。

ETマニア必見。









最終更新日  2007年09月30日 11時42分13秒
2007年09月26日
カテゴリ:メキシコシティ
メキシコ 市場.jpg

これはLa Viga(ラ・ビガ)というメキシコシティーにある魚市場の中に併設された野菜市場。


昔からメキシコは各地方から集まった市場・出店としての商取引形態が盛んで、

今もその形態が脈々と続いている。


各地区で決められた曜日に公園付近に出店がでて、野菜や果物、日用品

(鍋とかフォークとか)、化粧品、DVDなどが売られる。



スーパーもいいけど、市場や出店は一度は覗くと面白い。

何でも売っているし、活気がある。



私は圧力鍋の蓋のゴム部分を買ったことがある。


そこだけ付け替えれば新しいのを買わずに済むので、経済的だし無駄が無い。


日本でもミキサーの蓋だけ安く売ってくれれば・・・と思ったことがある。

蓋が壊れたっていうだけで全部買い換えなきゃいけないのはもったいないしねえ。



日本ほど物が溢れていないし、経済的な豊かさもない分、

無駄を出さずに生活する考えが庶民にはまだ根付いている。


そして市場や出店での値段交渉、など人とのコミュニケーションも面白い。


日本も昭和初期ってこんな感じだったのかも?と思わせられる。


メキシコの魅力って大都会にもまだまだこんな素朴さが残っているところだ。






最終更新日  2007年10月25日 07時09分32秒
2007年09月21日
カテゴリ:メキシコシティ
―太古の昔から脈々と続く人間の本質―



“今より良くなりたい、しかも他力で”



という気持ちって私の中にもあって、連れてきた友人の中にも当然あった。


Zocalo(ソカロ)という、街の中心部には、観光客や地元民向けに

Limpieza(リンピエサ)と呼ばれる、魂を浄化する儀式をしてくれる人たちがいる。



メキシコ 祈祷師.jpg


元々メキシカンインディアンの儀式なので、いでたちもインディアンっぽく

羽飾りをつけている。


※もちろん今この姿でスーパーに買い物に行ったり、取引先に出向いたりして

 いるわけではない。


インディアンの言葉を唱えながら、葉っぱとけむりで何かを追い払っている

ような儀式が約10分続く。



煙に巻かれてでてきた友人は、


「・・・なんか・・・いい感じ・・・。」


と感想を語った。


同行した私も、


「・・・なんか・・・いい感じになったよ!」



小さくガッツポーズを決め、颯爽とバスに乗り込む友人。

さっきまでの疲れたサラリーマンのオヤジが、第一線で活躍するニューヨーカー

のようにスタスタと歩き出した。笑顔もまぶしい。



日本で言うところの、浅草のけむりをかぶって、“なんかご利益あるわ”

と思う感覚に似ている。



ちなみに料金、この時はお客(?)が勝手に決めてお布施をあげる感覚なので、

30ペソ(約330円)だった。



「なんか、色々学んだ気がする。」としんみりつぶやく友人。



京都の竜安寺の石庭を見た外国人も、同じような気持ちで帰っていくのだろうか。






最終更新日  2008年06月10日 17時14分06秒

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