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三人寄れば文殊の知恵

お彼岸ー明日のために・・・

彼岸とは春分、秋分の日の前後一週間です。

お彼岸については、とりあえずこちらをご覧ください。

彼岸には六波羅密を実践しなければなりません。

まず、明日のためにその一 布施(ダーナ)

布施といいますと法事・葬式などでお寺さんに渡す
「お布施」を思い浮かべます。

しかし、布施というのは本来、相互供養です。(お互いに渡す)

お寺さんから何か貰わなければなりません。
さて、なんでしょう?

それはさておき、布施の原語は「ダーナ」といいます。
この「ダーナ」は与えることという意味です。

それが中国・日本では「与える人」=「施主」
すなわち仏教の後援者を指すようになりました。
それが転じて仏教に限らず与える人を「旦那」と
呼ぶようになりました。

一般的に夫のことを旦那とも言いますが、ここからきています。
「旦那元気で留守がいい」などと
お金だけ持ってきてくれれば良いと思っていませんか?(笑)

本来の意味は相互供養です。

それなりにお返ししなければなりません。
せめて、お彼岸の一週間ぐらいはお返ししましょう!

「明日のためにその二 持戒(シーラ)」です。

持戒とは戒を保つ(守る)事です。
仏教で戒を授かると「よく保や否や」と聞かれ、
「よく保つ」と答えます。

ところで何故仏教には「戒」があるんでしょう?

本来人間は正しい見方が出来るはずです。
ところが、欲望(煩悩)があると、よこしまな
見方・考え方になりかねません。
欲に目がくらんで人の道を外すのは、よく見聞きするところです。

したがって欲望を制限することにより、
正しい見方・考え方を取り戻す。
言い換えれば、(煩悩にとらわれない)自由な見方・考え方を
出来るようにする。
それが戒の目的です。

戒についてはこちらをご覧ください。

よく戒律などと言いますが、仏教では戒と律は厳密には違います。
戒は(シーラ)は規律を守ろうとする自発的な働き、
律は(ビナヤ)は教団の規律です。

戒はいわば努力目標です。
気軽に挑戦してみてください。

特に最近問題になっているお酒(酒気帯び運転ですが)
でもとりあえずやってみましょう。

「明日のためにその三 忍辱(クシャーンティ)」

忍辱(にんにく)というのは私に最も欠けていると
思われるものです(汗)

瞬間湯沸かし器とも言われておりますので心して書きます。

中村 元 監修の仏教語大辞典には
「侮辱や迫害に対して、しのび耐えて心を安らかに落ち着け
瞋恚(いかり)の心を持たないこと。」
とあります。

世の中の物事は自分の思う通りに進みません。

何故でしょうか?

自分という「我」があって世の中と自分を分けてしまうからです。

「無我」になって世の中のすべてを受け入れましょう。

自分と他との垣根を取りましょう!

そうすれば、怒ることなどありません。

と自らに言い聞かせたいと思います(汗)

「明日のためにその四 精進(ビーリヤ)」です。

精進とは不断に努力することで、一心に仏道を励み行うことです。

今日はお彼岸の中日でした。
朝から何軒かのお宅へ赴き読経致しました。
戻って来て2時から本堂で恒例の地蔵講です。

ところで、すぐ近くに徳島ではカステラで有名な
Kというお菓子やさんがあります。

そこへ読経にいきましたところ、ショーケースの中に
座布団ほどもある切り分けていないカステラが
4枚置いてありました。

普段はせいぜい一枚しか見たことありません。
思わず

「たくさんありますね!」

と言ってしまいました。
帰りに「一本どうぞ!」
とカステラをいただきました。

催促したようです。
精進が足りません(汗)
明日のためにその五 禅定(ディヤーナ)です。

禅定というのは一般の方には禅=禅宗
としてしか馴染みがないようですが、
禅に限らず自分の心の中を見つめる内観・瞑想が禅定です。

真言宗にもさまざまな禅定の方法があるのですが、人に話すと
「え、真言宗にも禅があるんですか?」と驚かれてしまいます。
一般には知られていないようですが、真言宗の行というのは
ほとんど禅定といっても過言ではありません。

布施・持戒・忍辱・精進を行いながら、
禅定によって自分の心の中を探っていきます。

慳貪(物惜しみ)瞋恚(いかり)邪見(過った見方)に
とらわれた時も不思議と禅定を行うと消えていきます。

禅定はなかなか行う機会がありませんが、真言宗寺院では
阿字観という禅定を指導してくれるところがあります。

機会があったらどうぞ!

「明日のためにその六 智慧(プランジュニャー)」です。

今日で六波羅密も終わりです。

五波羅密を完成に導くのが智慧でもあります。

また、悟りにいたる為の智慧は他の五波羅密を実践することにより、
生まれてきます。

弘法大師はその著「般若心経秘鍵」の冒頭で

「文殊の利剣は諸戯を絶つ」

と書いています。

すなわち(文殊の)智慧(利剣)はさまざまな煩悩を絶って、
悟りにいたるための障害を取り除くのです。

智慧については、これ以上書くことがありません。

これを読まれた方が、きっかけとして六波羅密を実践され、
悟りにいたることを心よりお祈りいたします。


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