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三人寄れば文殊の知恵

歳越しの場所がなかったあの年

歳越しの場所がなかったあの年

このところ、世間では急激な景気の悪化に伴う派遣労働者の
解雇が問題になっています。

そのため年を越せない労働者のために
年越し派遣村などもあったようです。

現実に年を越す場所がないというのはつらいもの。

今をさかのぼること、13年前、
私は四国を遍路していました。

事情あって家には帰れません。

途中、愛媛県の椿堂というお寺で3か月余り
居候していたものの、正月までいるわけにはいかず
年末の12月20日頃になると、出ることになりました。

そこで、椿堂を出て再び遍路に出て12月30日に
結願して遍路を終え、31日に高野山へ向かいました。

高野山には20センチの雪が積もっていました。
その雪の中を奥の院に向かいました。

寒い中、奥の院でお勤めを終えましたが、行く場所がなく
途方にくれました。

その時に思いついたのが、遍路の時期に徳島の鯖大師で
同宿した祈祷師さんの言葉です。

「気が向いたら訪ねてきなさい」

超思い切ってその祈祷師さんに電話を掛けました。

「もしもし、遍路の途中で出会った三人文殊ですが・・・」

「誰かな???」

「鯖大師でご一緒したのですが・・・」

「ああ~思い出した、何の用?」

「大変申し上げ難いのですが、これから御伺いしても
 よろしいですか?」

「何時頃来れる?」

「よろしいんですか?」

「0時過ぎから、般若心経の100巻行をしますから
それに間に合うようにおいでなさい」

「わかりました」

高野山から、南海電鉄・近鉄特急を乗り継いで
名古屋まで行き、そして祈祷師さんの自宅で
般若心経の100巻経に参加しました。

終わった後、祈祷師さんが言われました。

「ところで、あなた行くとこあるの?」

「いえ、それが、無いんですが・・・」

「では少し、正月の間だけ、手伝いなさい」

行く所が無いのを見抜かれていたのでしょうが
有り難い申し出でした。

1月6日まで滞在させてもらい、
そこを後にしました。

その時に占っていただいたのですが、

「もう一度四国遍路に行きなさい」

と言われました。

その後四国で不思議な縁があって、高野山に上り
私は僧侶になりました。

ただ、残念なことは、その祈祷師さんとの縁が
切れてしまったことです。

私が高野山に上る頃までは、音信があったのですが、
いつしか、年賀状の返信もなくなり、
電話もつながらなくなりました。

一度、ご自宅に訪ねたこともあるのですが、
不在で誰も住んでいないような感じでした。

歳越しに苦労する労働者を見てそんなことを
思い出しました。

最終更新日 2009年01月07日


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