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三人寄れば文殊の知恵

葬式は要らない?

葬式は要らない?


テーマ:日本の習俗、文化、宗教について書こう(926)

カテゴリ:葬儀と先祖供養

私が僧侶になってから、知り合いから、こんな質問をされました。

「三文さんに頼んだら、葬式安くなる?」

「それはないでしょう」

「何で?」

「私がただでお経読んでも、それだけでは葬式できないでしょう」

「・・・」

「祭壇は要るし、棺桶も要るし、食事も要るし・・・」

「・・・」

「お布施はなしでも、交通費と宿泊は出して欲しいし」

「そらまあ・・・」

「そしたら、普通にするのと、さほど変らないのでは?」

「う~ん」

関東のお葬式なら、交通費・宿泊代にお布施をいただいても、
私の方が安いかもしれません。

しかし、関西では・・・

「それに、その後どうする?」

「えっ」

「法事とかはさすがに行けんでしょう」

「・・・」

葬儀費用に寺院へのお布施が占める割合は多くありません。
私の感じでは、お布施が葬儀代より多い(と思われる)ケースは
これまでの私の経験でも一件あるか、ないか?

一方、お布施が葬儀代の一割以下ではと思われるケースは
チラホラあります。

平均すると1割~3割ぐらいの感じではないですかね?

僧侶がただで読経しても、葬式はさほど安くなりません。

ところで「葬式は要らない」という本が話題になっているようです。

帯がすごい!

「葬式大国日本の葬式無用論」

「日本の葬儀費用は231万円、アメリカ44万円、
イギリス12万円、ドイツ20万円、韓国37万円」

買ってきて、ペラペラめくりました。

著者の島田裕己氏は宗教学者としては私も評価しています。

私の持論である

「日本人は信心深い」

を数字を挙げて証明されている方でもあります。

しかし・・・

「葬式は要らない」はいただけません。

他の僧侶の方も評論されていたのですが、何を言われたいのか
さっぱりわかりません。

島田氏は前書きで自分で経験された葬式の不透明性を
述べられていますが、それが曖昧なまま書かれているように
思えてなりません。

失礼ながら下書きみたいな感じです。

しかし、ご指摘の通り、確かに日本の葬儀費用は
世界一高いかも知れません。

さて、業界の方はそういわれてどう反論するんでしょう?

「日本の葬儀費用は231万円、アメリカ44万円、
イギリス12万円、ドイツ20万円、韓国37万円」

これはちょっと誇大広告ですね!

日本は2007年

その他の国は1990年ごろ。
20年も前の話です!

しかも、アメリカ・イギリス・ドイツはおおむねキリスト教国。

韓国は仏教が22.8%、キリスト教29.2%

さらに、少なくとも韓国はこの20年で2倍ぐらいに物価が
上がっていますので、今なら80万ぐらい?
日本と韓国の物価の差を考えたら・・・

それ以前に単純比較するのはいかがなものか?

また、この231万円のうち葬儀自体の費用は142万で
40万が食事・香典返しなど葬儀以外の費用です。
(お布施が54万円です)

食事はせいぜい10万以下でしょう。
すると、30万ぐらいは香典返し。
半返しとすると、60万ぐらいは香典があるのではないでしょうか?

すなわち、見かけの葬儀費用が231万円でも
実際の葬儀費用は170万ぐらいはないですかね?

もう一つ肝心なことがあります。
キリスト教などでは、収入の3%を教会に納めるそうです。
イスラム教では2.5%。

さて仏教では・・・

それからすると平均年収が400万として年間10~12万円。

既成仏教寺院でそんなに多くの喜捨を受けているところは
ほとんど無いのではないでしょうか?

ちなみに新興宗教団体では月5000円/一人というところも
あるくらいですから雲泥の差。

確かに葬儀の時に支払う金額としては高額かも知れませんが、
トータルで考えたら、日本の寺院の方が
安いのではないですかね?

余談ですが四国は葬儀費用が最低で149万です!

葬祭業者への支払はともかく、
お布施はもう少し上積みお願いします!

もう一つ指摘したいのですが、毎年葬儀費用が上昇しているという
島田氏の認識には誤解があります。

それは、業界がボッタクリをしている訳ではありません。

原因は社会構造の変化です。

もともと、葬儀にはそれほどお金がかかっていたわけではありません。

私に田舎では、現在はどうか知りませんが、10年程前までは
葬式の場合の相互扶助がありました。

30軒ほどの隣保班の中で亡くなった方が出ると、一軒に付き
一人が3日間ほどお葬式の手伝いにでます。

お互いさまですから、3日間の奉仕作業でも、お葬式が終わった後
手ぶらで挨拶に行って終わりです。

喪主が葬式が初めてでも、周りで勝手に行ってくれます。
食事も適当に作ってくれますし、葬儀の受付から片付けまで、
自動で進んでいきます。

ですから、祭壇の花代とお寺へお布施を渡すぐらいが出費ですが、
香典がお返し無しですから、喪家の出費は知れています。

しかし、そういう相互扶助のシステムが崩れてしまいました。

それゆえ、葬儀の相互扶助のシステムの変わりに
お金を払って葬儀社に依頼するようになりました。

それが葬儀代の上昇の原因です。

一方お布施が上がっている理由も似たようなところがあるのでは?

もともと、お布施自体はお金だけではありません。
お寺の行事にもよく参加され、お手伝いなどしていただいた方で
普段からお供えもいただき、寺院の運営に
協力していただいている方であれば、寺院の側も
高額なお布施を要求することはないでしょう。

あと、一番肝心なことは葬儀を行なうことに意味があるかどうかです。

島田氏は「葬儀はあとに何も残らない」といわれていますが、
本当にそうでしょうか?

まず、身内の死という突然の事態にどう対処して行くか?

特に高齢化社会になって故人の子供が高齢者ということも
よくあります。

「今まで、自分の人生を共に過ごしていた親がいきなりいなくなった」

ということが猛烈なストレスとなるようです。

よく冠婚葬祭と言いますが、日本人は昔からうれしいことも
悲しいことも皆で分かち合ってきました。

葬儀というのは、身内の死の精神的なショックを和らげ、
それを昇華していくための儀式としての側面があるように
思います。

特に、49日までの七日ごとに関係者が集まり、法要を行なうことは
皆で喪家を支えていく証しではないでしょうか。

最近、

「家族だけで葬儀を執り行いました」

というような新聞広告をよく見かけます。
葬儀をするより安上がりと思われるのかも知れませんが、
あれこそ無駄でしょう。

よく知っている人が亡くなって、あんな広告が
出ていたらどう思いますか?

どんな人であれ歩んできた人生においては多くの人と交わりを
持っています。

喪主の想いと違った想いで故人に接してきた人もいるはずですが
あの広告はそのつながりをいきなり切ってしまいます。

日本においては冠婚葬祭を社会に向って行なうことが、
その人の評価を決めることがあります。

ただ、単に費用の問題だけで葬儀を行なわないことは、
喪主の評価をそれ以上に下げる可能性が高いように思います。

もう一つ、私の個人的感想ですが、

故人に財産がほとんどない場合には、それなりの葬儀しかできない
というのは当たり前です。

しかし、故人が結構な遺産を残している場合にも
葬儀を安く上げるというのはいかがなものか?

故人の財産は、社会によって作られたものです。

全部返せとは言いませんが、人生の最後に少しだけ還元するのも
いいのではないでしょうか?

その一つの方法として葬儀という方法があるという選択も
ありませんか?

故人の財産を残されたものが争うよりは
少なくともいい選択では無いでしょうか?

最終更新日 2010年03月28日


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