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三人寄れば文殊の知恵

四国遍路の不思議

慶次2000さんから四国遍路の体験記をという話がありましたので
ちょっと書きます。
また慶次2000さんのブログも訪問してあげてください。
よく行くページの「一夢庵風流日記」です。

私が四国遍路に出たのは平成六年から平成八年にかけてです。
今ほど歩いてのが四国遍路が多くない頃でした。
今は徳島在住ですが、当時は実家のある岐阜県におりました。
また、実家はお寺ではありませんので仏教に触れることも
あまりありませんでした。

ひょんなことから、お四国遍路をすることになりました。
まず1回目の遍路では11番の藤井寺から12番の焼山寺へ行く途中に
柳水庵というところで、3度目の遍路という同郷の人に会いました。

その方とは同じ宿に泊まったことが無いにもかかわらず、
なぜか何度も会って遍路の作法などを教えてくれました。
そして私も遍路に慣れた高知までくると不思議と
全く会わなくなりました。
この方は、弘法大師の使いだったのでしょうか。

その後松山の宿で真言宗の僧籍を持つ方と同宿になりました。
その方が何故か私にひつこく托鉢を勧めるのです。
当時は僧侶ではなかったので断わりました。
その方は朝托鉢をしていますので、
その間に私は先へ進んでいきました。
その方は毎日托鉢をしているので、歩いているだけの私に
追いつくことはありません。
ですから、もう会うことは無いだろうと思っていました。

そう思いながら急いでいると60番の横峰寺からのくだりの山道で
足を痛めてしまい、ほとんど歩けなくなりました。
そこで、17度四国を回ったという修験者につかまり、無理やり
托鉢をさせられたのです。
その修験者からも逃げましたが、とうとう65番下の
椿堂というところで前述の僧侶の捕まりました。

その僧侶からは「逃げてもだめですよ托鉢をするように
なっているのです」と言われ、そしてついに托鉢をすることに
なってしまいました。

ちなみに言うと托鉢を進める僧侶には
それ以後一人しか会いませんでした。
私もお遍路さんには勧めません。

何故私がさせられたか。

それは、約1年半後2回目の遍路では所持金3万円で
四国に来ることになったからです。
しかし当時は全く想像していませんでした。

2回目の遍路では不思議な経験がありました。

12番の焼山寺から下りてくるところで、大きく川が曲がっている
ところがあります。
そこは、川沿いに行くよりもいったん対岸に渡り、対岸をあるいて
先の丸木橋を渡ると近道になります。

歩きの遍路では10メートルでも近道したほうが楽ですから、
その道は気をつけていました。
ところが夕方で疲れていたこともあって、対岸に渡る橋を
行き過ぎてしまいました。

100メートルも行き過ぎたでしょうか、戻るのも面倒になり、
損したと思いながら川沿いを歩き続けました。
しばらく歩いて川を見て驚きました。

近道していたら渡るはずの丸木橋が
増水した川に流されていたのです。
もし、近道をしていたら、大変な遠回りになってしまったに
違いありません。
これも不思議な導きです。

そのあとも四国を歩き続けます。
托鉢はしていましたが、さほど収入はありません。
しかし 不思議と食べるものには困りませんでした。
また、ほとんど毎日お風呂にも入れ、いろいろなところで
善根宿をいただき、ときどきは宿に泊まる余裕すらありました。

そして、前回お世話になった椿堂では再び泊めていただきました。
お礼にお手伝いしていたら、
いつの間にか3ヶ月が過ぎていました。
その間に老住職からお経も習いました。  
そして、お正月を前に椿堂を後にしました。 

別格霊場20番の大滝寺へ上がる途中のバス停で寝た時は、
寒くて4時過ぎに起きてしまいました。
寝袋の上が霜が下りたように白くなっていました。

雪が降っていましたが、寒くて仕方ないのでやむを得ず
歩き始めました。
その日は、大滝寺をお参りして88番の大窪寺へ向かい、
夕方に着きました。

大窪寺には通夜堂があると聞いていましたので、今日は部屋の中で
休めると思いました。
ところが、お寺はお正月の準備でそれどころではなく、
お参りしたあと町のほうへ下っていきました。

あたりはすっかり暗くなって不安になってきます。
途中で神社を見つけましたので泊めてもらおうと思い、
すぐそばの民家に許可を受けに行きました。
すると「うちはかまわんと思うけど、すぐ先の人がうるさくて
文句を言うからそこに聞いて」と言われ暗い気持ちになりました。

思い切ってその家にいくと「神社では寒いだろうから
うちに泊まり」と言われ泊めていただきました。
その後三度四国巡拝をしましたが、不思議と野宿をして
厳しい思いをした後は、何故か暖かく迎えてもらえました。

四国は不思議な場所です。
お大師(弘法大師)さんも確実にいます。

最後に一つだけお話したいことがあります。

2回目の巡拝のとき、17番井戸寺の手前で猫が車に引かれて
死んでいました。

よくある光景ですが、そのとき、感じたのです。
その猫は私自身なんだと。

私は猫とさらにすべてのものとつながっているんだと。

「六大無碍にして常に瑜伽なり四種曼荼羅おのおの離れず」
を体感した瞬間です。
当時は真言宗の教義をしりませんでしたが、
後で知って驚きました。

私は急いで猫を道端へ連れて行き穴を掘り始めました、
土が固くなかなか掘れません。

すると後ろから「あのうー」と声を掛けられました。
振り向くと一人の女性が「どうぞ、使ってください」と
小さなスコップを差し出していました。
わたしはそのスコップを使わせてもらい猫(自分)を葬りました。

そのあとも巡拝を続けましたがその時の意識は
だんだん薄れていきました。

四国巡拝が縁で僧侶になり行もしましたが、
残念ながらその時が即身成仏に最も近づいた瞬間でした。

これからまた、努力していきたいと思っています。素光


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