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三人寄れば文殊の知恵

太平洋を見ながら歩く(28番~38番)

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27番札所からしばらくは海沿いの道を歩いていきます。
28番札所付近から海沿いの道に別れを告げ、
町並みが続くようになります。

ここからまた札所が少し続きます。
28番札所の大日寺から29番札所の国分寺まで、また29番札所から
30番札所の善楽寺までも約6キロです。

30番札所は土佐神社の参道の隣にあります。
明治まではこの土佐神社(一宮)が札所です。
ぜひお参りしてください。

30番札所は少し変わった経歴を持っています。
明治時代には廃仏棄釈により高知市内の安楽寺に本尊が
預けられていて安楽寺が30番札所として存在していました。
昭和になって善楽寺が復興し平成まで30番札所が
2ヶ所となっていました。

現在は善楽寺が30番札所、安楽寺が30番奥の院となっています。
私が聞いた話では現在でも安楽寺に
30番札所の本尊はあるようです。

30番から31番の竹林寺までは直接向かう行き方と30番奥の院の
安楽寺を経由する方法とがあります。

直接向かう場合は高知市を迂回する形になりますので、商店も少なく
泊まれる宿もあまりありませんので注意する必要があります。
安楽寺へ向かう場合は高知市中心部にありますので、
その心配はありません。

31番札所の竹林寺は大きなお寺で五重の塔もあります。
また竹林寺といえば「はりまや橋で坊さんかんざし買うのを見た」
といわれた僧侶がいたことで有名です。
この僧は破戒僧の代表のように言われていますが、明治期に
荒廃していた竹林寺を復興した方です。
現在でも竹林寺の中の船岡堂にまつられています。

また、竹林寺の隣には牧野植物園があります。
時間が許すならぜひ寄りたいところです。


31番札所から32番札所禅師峰寺までの間に石土神社があります。

ここは32番札所の奥の院でかつて龍穴と呼ばれていました。
ここには鍾乳洞があり(龍穴)伊予まで続いているとも
言われています。

そして少し小高い山の上に32番札所禅師峰寺(通称ー峰寺)が
あります。
ここはお大師さんが虚空蔵菩薩求聞持法を修めたとも
言われているところです。

ここから種崎というところへ向かい海を渡ります。
対岸へは橋も出来ていますが、伝統的には渡しを使います。

対岸へ渡って少し歩くと33番札所雪渓寺です。
かつては高福寺と呼ばれていました。
このお寺は臨済宗の高僧である山本玄峰老師(終戦の詔勅にある
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の文言を進言した)
にゆかりがあります。

老師は失明に近い眼病にかかり四国巡拝中にこのお寺に縁があり
仏門に入られたといわれています。

34番種間寺、35番清滝寺、36番青龍寺このあたりもまだ
比較的札所の間隔がありません。

種間寺には奥の院があり、往古は裏山の山頂にお寺があった
ようですが私は行ったことがありません。

35番清滝寺へは麓の高岡の町に荷物を置き打ち戻ることが
多いようです。

土佐名物「文旦」が袋で200~300円で売ってました!
最初に来たときはこんなにおいしい柑橘系があるかと思い、
いつも見つけたら買い込んでおり常時5~6個
持ち歩いていました。

36番札所青龍寺へは海を渡ります。
といっても現在は渡しではなく橋が架かっています。
以前は有料道路でしたが、現在は開放されています。

36番札所には奥の院があります。
横浪スカイラインの途中にありますが、ここは裸足で
お参りする慣わしがあります。

ここから窪川の37番札所岩本寺へ向かいます。

途中須崎というところに三度栗大師という番外霊場があります。
お大師さんが栗が三度なるようにしてくれたという話で
全国にあり、37番札所にもあります。

しかし、そこの三度栗大師の住職にいわれを聞こうとしたら、
住職いわく「このあたりは寒いので年に三回実がなっても
食べられない(笑)」もう少し南方なら三度食べられる実がなる(笑)

ということです。夢も希望もありません! 

37番札所岩本寺は本尊は不動明王、観世音菩薩、阿弥陀如来、
薬師如来、地蔵菩薩の五体です。

何故かと申しますとここより約2キロ離れたところに
高岡神社というお宮があります。
ここは五つの社があり明治までは仁井田五社と呼ばれる札所でした。

この五つの社の本尊様が現在岩本寺に移動しているわけです。
また、ここの本尊様は一時期売りに出されてしまい八幡浜の人が
買って札所を自称していたこともあるとようです。
ぜひ高岡神社もお参りしてください。

次の足摺までは90キロの長丁場です。
岩本寺のある窪川は山の中ですが、隣の佐賀から海沿いの道に出ます。

中村まで鉄道を利用する手もあります。
中村市の手前でルートが二つに分かれます。
一つは国道沿いに中村市の中心部を通る道、もう一つは
四万十川の河口を渡る道です。

宿泊する場合は中村市に入らなければなりませんが、そうでない場合は
河口を渡るほうが近いです。

以前は河口の下田から対岸の初崎に渡しがありました。

渡しの時間は決まっていますが、暇なので時間前でも渡して
呉れましたし、対岸から合図すると迎えに来てくれました(笑)

四万十川は四国有数の大河です。
四国にはいつもはあまり水が流れていない枯れた川が多いのですが、
この四万十はいつも悠々と流れています。

一度渡しの水位がものすごく下がっていた時がありました。
船頭さんに
「さすがに好天が続くと四万十川の水位も下がりますね。」
と話かけたところ
「干潮です。」と言われてしまいました(汗)

しかし、河口に橋が架かったため3日に一人くらいしか利用が
無くなったと聞きました。
平成17年をもってこの渡しが無くなったのは残念です。

前回はこちら
初崎からは国道沿いに山を登って行くと伊豆田トンネルがあります。

ここはかつてはそれほど長いトンネルではありませんでした。

現在はトンネルの手前に今大師というお寺があります。

2度目の巡拝の時、こんなところのお寺があったかな?と思いながら
トンネルに入ったところ恐ろしく長かった記憶があります。
2キロ近くありますので、バスを使って抜ける手段もあります。

ちなみに「今大師」という名前は、昔このお寺に今大師といわれる
高僧が住していたことからつけられたと言われています。

トンネルの抜けてから三原方面への道があります、わき道に
なりますがここを1キロ程進むと真念庵です。

37番、38番、39番札所の真ん中にあり、真念法師が立てた
通夜堂が唯一残っているところです。

かつて足摺が難所だった頃は、この真念庵をもって38番札所(足摺)に
お参りしたこととして39番札所に向かった時代もありました。

今は訪れる人も少なくひっそりと森の中にただずんでいます。
お遍路さんにはぜひお参りしていただきたい霊場です。
ここから足摺に向かいます。

足摺は四国の南西の端から海へ向かって突き出しています。
海の向こうに「ポータラカ」(ふだらく)という観音様の浄土が
あるといわれていました。
ふだらく渡海と言って僧侶が船に乗ってその浄土に向かったと
いわれています。

足摺は海沿いに道があるように見えますが、実際行ってみると
山の中を進むことのほうが多いです。
天候が変わりやすく一年の3分の2は雨が降るとも言われています。

食料はほとんど手に入れることが出来ませんので、
あらかじめ用意しておいたほうがいいです。

私は野宿で寝ている間に野犬に稲荷寿司を
食べられてしまったことがあります。
食料を持ったら目を光らせましょう!

足摺の38番札所金剛福寺へは手前の下ノ加江、あるいは久百々
あたりに荷物を置いて打戻り、三原を抜けて39番延光寺へ
向かうのが初心者向きです。

ただ、足摺岬付近は観光地であり見るところも多いので、
余裕があるなら一泊するのもいいでしょう。

また、以布利から岬の東側を行くのが近道ですが、国道に沿って
土佐清水の街をぬけ、西側を通る道も捨てがたいものがあります。

夕陽がとてもきれいで海沿いの道を通りますので、何度か行く人は
ぜひ一度挑戦してみてください。

38番から39番を抜け40番から41番にいたるルートは遍路研究家に
とっては最も注目すべき場所です。

何故ならば複数の遍路道が存在するからです。

他の場所でも複数の遍路道は存在する場所もありますが、それは
近年になって便宜上そうされているだけですが、ここは江戸時代から
既に複数の遍路道が存在していました。

四国霊場の成立を説く鍵にもなりうると私は見ていますが、
不思議なことにあまり注目されていません。

かつてこんな話を聞いたことがあります。
「初めて四国遍路をするものは必ず月山(月山神社)か
笹山(笹山観世音寺)を参る慣わしになっている。」
何故こんなことが言われたのでしょうか?

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