三人寄れば文殊の知恵

2011/01/10(月)10:43

体外受精と臓器移植

政治・社会・文化・歴史(335)

ちょっと、体外受精と臓器移植のニュースに注目しました。 50歳・野田聖子元郵政相、男児出産…ブログ公表 ~~~~~以下引用~~~~~ 自民党の野田聖子元郵政相(50)が6日、東京都内の病院で 男児を出産し、その経緯をブログで公表した。 ブログでは、年齢を考慮し、予定日より1か月早く帝王切開で 出産したことを明らかにしている。そのうえで、 「長年の念願であった家族を持つことがかないうれしい」と 喜びをつづっている。 事務所によると、母子ともに経過は順調だという。 不妊に悩んでいた野田氏は昨年5月、米国で第三者から 卵子の提供を受け、事実婚の関係にある男性の精子との 受精卵を子宮に移す体外受精で妊娠した。 2011年1月6日20時07分 読売新聞 ~~~~~以上引用~~~~~ 以前にもこれについては日記を書きました。 生物の尊厳 なぜかマスコミが歓迎ムードで、 NHKなど「うれしいニュース」と報道していました(;一_一) しかし、ネットを見る限りでは反対派が多いです。 特に女性の反対者が多いのは意外?です。 他人の卵子の提供を受けて、法律上未婚?の男性の精子提供を 受けて体外受精で妊娠して帝王切開で生む。 これだけお金も時間も使って危険を犯して子供を産む意味は 何なのでしょう? 理解に苦しむところです。 「結婚して長年子供が出来ない人の苦しみを判らないのか」 という意見もあるかも知れませんが、それを言うなら、 「結婚出来ない人の苦しみは?」 さまざまな理由があって結婚したのでしょう。 子供ができなかったら破綻するものでしょうか? 「結婚できない立場からしたら、結婚しているだけで  十分ではないですか?」 と言いたいです。 子供は授かり物、出来なかったら仕方ないでしょう。 子供を持つことは、持っていない人にとっては 「どうしても欲しいもの」かもしれませんが、 子供を持つこと自体に責任が発生することを考えてほしいです。 それに、子供を育てることは、「子供を持てない苦しみ」より より苦しいかもしれません。 時には子供から逃げたい問題が起こってしまうことも 考えられます。 そんな時、自分と血がつながっていないことを理由に 逃げない覚悟があるのでしょうか? それがあるなら、別に養子でも構わないはずです。 さらに言わせてもらえれば、彼女は国会議員です。 彼女を国会に送り出した有権者に対して人工的な妊娠出産で 迷惑をかけているという自覚は無いのでしょうか? いやしくも国会議員たるもの、自分のことは差し置いてでも、 国民の生活を考えてほしいです。 自分のエゴを押し通すならば辞職してほしいです。 精子提供、子どもに話して=告知絵本「わたしのものがたり」 ~~~~~以下引用~~~~~ 「しんせつな男の人がせいしをプレゼント」 「みんながとてもしあわせになりました」-。 第三者からの精子提供(非配偶者間人工授精=AID)による 出生を、子ども本人に分かりやすく伝える絵本 「わたしのものがたり」がこのほど発行された。 不妊に悩んだ夫婦はAIDの事実を周囲に隠し、子ども本人にも 告げないのが当然と考えられてきたが、近年、成長した後に 偶然知って苦しむ人たちが声を上げ始めた。 清水さんは「自分の一番大切な情報を知らされないことは、 人間として尊重されていないと感じる。 子どもが幸せにならなければ親も幸せになれない」と話している。 2011/01/08-05:23 時事ドットコム ~~~~~以上引用~~~~~ 子供のとって一番大切な情報は、非配偶者間人工授精でなく 親が誰かということではありませんか? しかし第三者からの精子提供の場合、提供者を明確にすることは 第三者にも迷惑がかかる恐れがあります。 さらに、近年のように離婚が増える状況では、 非配偶者間人工授精はそうでない場合に比べて離婚時の 親権問題が複雑化する可能性がありませんか? 告知云々の話ではなく、第三者からの精子提供の是非の問題に 何故ならないのか不思議です。 子ども臓器提供、CTで虐待判別…病院に助言 ~~~~~以下引用~~~~~ 15歳未満の子どもからの脳死臓器提供を国内で 定着させるため、放射線科医らでつくる一般財団法人 「Ai(死亡時画像診断)情報センター」(東京)は、 病院から照会された子どもの虐待の有無について、 CT(コンピューター断層撮影法)などの画像を診断して、 判定を助言する支援事業を今年から始める。 昨年7月に全面施行された改正臓器移植法によって、 15歳未満からの脳死臓器提供ができるようになったが、 同法は虐待を受けた子どもからは臓器提供されないよう 規定している。しかし、虐待の判別は簡単ではなく、現状では 脳死提供は困難と感じている医師が多い。 2011年1月8日14時41分 読売新聞 ~~~~~以上引用~~~~~ 臓器移植に関しても以前に書いております。 臓器移植を考える 人間が死に至っても、臓器は死んでいないものがあります。 その臓器が臓器に障害を持つ人に移植できるならば その人は救われるということです。 しかし考えていただきたいのです。 人間はまだ生死に対して全くといっていいほど科学的な 回答を持っていないのです。 その証拠に死を伸ばすことはできても、死んでいる人を よみがえらせることは科学にはできません。 死ぬ理由が判らないのです。逆に生まれることも同じです。 受胎ということも科学的にはわかりますが、どの時点で一個の 意識を持つのかも判っていません。 脳死にしても心臓死にしても意識は本当にないのでしょうか。 その時点で臓器を取り出すことによってその人が耐え難い苦痛を 受けていないと誰が言えるでしょう。 まだ温かく動いている肉体を切って中から臓器を 取り出すことができるのでしょうか? 自分はそれによって助かるかも知れない。 でも臓器を取り出された人は確実に死ぬのです。 以上は以前に書いた文章ですが、今でも変わりはありません。 この時点では子供の臓器移植は対象として書いておりません。 しかし、相手が子供だった場合、もっと問題は深刻では ありませんか? よく「○○ちゃんを救う会」なるものが海外の臓器移植を 目的として作られています。 それ自体を批判するわけではありませんが、その裏で 臓器提供者がいる事実。 すなわち命を落として臓器を提供する子供がいることは 理解されていますか? 当然のことながら、亡くなることもがいなければ、 「○○ちゃん」は救えない。 そう考えた時、無条件に臓器移植が成功して 素直に喜べるかどうか? こんな話もあります。 死体からの臓器摘出に麻酔? 医師は皆ドナー登録しているのでしょうか? ドナー登録している医師はほとんどいないという話を 聞いたことがあります。 臓器移植にしても体外受精にしてももう少し考える余地が ありませんか? 人気ブログランキングに参加しています。 クリックよろしくお願いします。        ↓     

続きを読む

総合記事ランキング

もっと見る