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カテゴリ:第2章
恐怖の均衡 報復攻撃の脅しで核戦争を抑止
ここで、それまでのアメリカの対ソ核戦略について振り返ってみよう。 従来の対ソ核戦略の主流は、「相互確証破壊(Mutually Assured Destruction MAD)戦略」と呼ばれるものであった。これは「核攻撃を受けたら核報復する」という脅しによって、核戦争を抑止しようという戦略である。分かりやすく説明すれば、「相手が先に手を出せば、われわれは必ず報復する」「自分がやられたくなかったら手を出すな」という戦略である。 これによって、アメリカは事実上、ソ連の先制攻撃を覚悟したのである。ひとたび先制核攻撃(first strike)を受けた場合、アメリカは破壊を免れた残存核戦力によって強力な報復攻撃(second strike)を行い、ソ連に甚大な被害を与える。ソ連の先制核攻撃は、アメリカに重大な損害をもたらすと同時に、ソ連自身の確実な破壊(確証破壊)にもつながる。この「恐怖の均衡」が抑止力となって、ソ連の先制核使用を封じ込めることができる。これがMAD戦略の描くシナリオである(同じことは、アメリカがソ連を先制攻撃する場合にも当てはまるので、相互確証破壊戦略と呼ぶ)。 そしてアメリカは、極端に言えば自国のICBM(大陸間弾道ミサイル)基地がソ連の攻撃で全部破壊されたとしても、なお報復攻撃が可能となるように、核攻撃能力を有する戦略爆撃機を拡充し、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)搭載潜水艦が常に海底を移動しているようにした。 ところが、事態は少しずつアメリカにとって不利になっていった。 第一に、ソ連の核戦力がアメリカのそれを圧倒し始めたことである。具体的には、戦略核兵器(射程距離五五〇〇キロメートル以上で、米ソ間で相手の本土を直撃できる核兵器)の代表格で先制攻撃に不可欠なICBMの弾頭数が、一九七〇年代半ばにソ連がアメリカを追い抜き、一九八三年末の時点でアメリカが二一四五個、ソ連が五六七八個となって、ソ連が絶対的優位に立った<6>のである。 第二に、ソ連の核兵器の破壊力が驚くほど増大し、この面でもソ連は対米優位を確保するようになった。水素爆弾(メガトン級)はたった一発でニューヨークのような大都市を灰燼に帰すだけの威力を持つ。破壊力が大きくなれば、照準の正確さはそれほど重要ではない。目標地点をはずれても、その周辺地域を叩くだけでその地域内のすべての戦略目標が破壊されるから、核ミサイル搭載潜水艦を海中に隠しておいても、同様に破壊されてしまう可能性が高い。 第三に、ソ連の先制攻撃はもはやアメリカの全滅を意味するようになった。例えば、ソ連のICBMであるSS18は一基当たり八~十個の「個別誘導複数目標弾頭(MIRV)」(一つの弾道ミサイルに複数の核弾頭を装着し、それぞれの弾頭が別個の目標を攻撃するよう誘導される)を搭載している。SS18は全部で三百八基で、その弾頭数はソ連のICBM総弾頭数の約半分を占める。ソ連はこの三百八基のSS18だけで、アメリカのすべてのICBM(千五十四基)を破壊して余りある攻撃力を持つという<7>。ソ連の第一撃で、アメリカは文字通り全滅しかねないのである。二億の米国民の大半が生命を失った後で、仮に報復攻撃をしたところで何の意味があるだろうか。「牛を失って牛小屋を直す」ことになるだけである。 第四に、ソ連の核攻撃でアメリカのICBMが一基残らず破壊されてしまったら、報復攻撃を行う際はSLBMや戦略爆撃機に頼るほかない。ところが、これらの戦略核兵器はICBMに比べて命中精度や破壊力が劣るため、これだけではソ連に壊滅的な打撃を与えることはできない。報復攻撃においても、最も威力を発揮するのは実はICBMである。にもかかわらず、アメリカは一九七〇年代を通じてICBMミサイル基数を凍結して、数を増やす努力を怠ってきたのである。ソ連の側から見れば、アメリカの報復力が強大であればあるほど、先に核戦争を仕掛けるわけにはいかなくなる。いったん核戦争を始めれば、ソ連もまた破滅してしまうからである。その肝心要の報復力を強化するという点で、アメリカは“ICBM軽視・SLBM偏重”路線に陥って、不十分な対応しかしてこなかった<8>。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年11月30日 17時36分26秒
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