神なきヒューマニズムの克服を
神なきヒューマニズムの克服を 文先生が東欧圏解放、ソ連解放に伴って、最も胸を痛められたことがある。それはほかでもない、東欧圏諸国が共産主義を弊履のごとく捨てて、理想社会を憧憬して自由世界の懐に入ってくるとき、自由世界は果たして何を与えるのかという問題である。解放された旧共産圏諸国に一番最初に入ってきたのはエイズであり、麻薬であり、フリー・セックスであり、ポルノ雑誌であった。続いて入ってきたのが非情な商業主義であった。西側では売れない安物を数倍の値段で売りつける悪徳商人たちである。東欧圏の大都市の街角には娼婦が立ち並び、おかしな身なりをして誘惑の眼差しで道行く人を誘う。これが自由世界、特にアメリカが輸出した西洋文化の第一波であった。 共産主義の鎖からようやく解放された彼らを、一体誰が温かく迎えて慰労したのか? お腹をすかせて飢えた彼らに、一体誰が一切れの温かいパンを提供したのか? 一体誰が「われわれの生きる倫理と道徳はこのようなものです」と真の人生の標本を見せてあげたのか? 神なき世俗的人本主義に喘ぐ西洋文明が、解放された共産世界に与えるものは、実は何もないのである。「自由」--。そうだ! 自由を与えることはできる。しかし、われわれが住む西洋文明の世界では、自由は放縦となった。麻薬の自由、エイズの自由、ホモの自由、堕胎の自由等々を主張して、無責任な自由を氾濫させ、人間がただ生きるのでなく、真に良く生きるために倫理・道徳を守る「責任ある自由」はどこにも見出すことができない。人々は欲望のおもむくまま勝手気ままに行動するだけで、そこには自己抑制の精神がない。絶対的な価値基準は崩壊して、善悪の区別がつかない、やりたい放題の社会になってしまった。 現在、アメリカで新たに生まれる私生児の数は毎年百万名を超える。離婚率は五〇パーセントから七五パーセントに近付いている。アメリカの児童には「両親・父母」という概念がなくなりつつある。半分以上が自分の父親を知らない。「お父さん」という概念がこの社会から消え去ろうとしている。自分の父親も知らない人々に、目に見えない「天の父」をどうやって教えればいいのだろうか。それは並み大抵のことではない。 解放された共産世界はすぐに幻滅に陥った。「われわれが希求していたものは、こんなものに過ぎなかったのか。命をかけて戦って勝ち取った自由が、こんなものに過ぎないのか」 彼らはむしろ憤りを感じさえした。「旧官が名官である」という韓国の言葉がある。彼らの場合、「旧官」は共産党である。だからこそ、共産主義解放から五年も経たずに、東欧とロシアで共産主義復古運動が起こっているではないか。むしろ共産党時代の方が良かったということである。東欧には共産党が再び執権している国もある。ロシアでも共産党が再執権の機会を狙っているではないか。この状況を見て、文鮮明先生は最も胸を痛めておられる。 自由世界は深く反省しなければならない。早く第三の主義を探し出さなければならない。それが左翼でもなく右翼でもない頭翼思想であることは、もはや言うまでもない。世界はもう一度「解放」されなければならないのだ。解放された共産圏も自由圏も同様である。神を忘れた世俗的人本主義から、神主義に生まれ変わらなければならない。頭翼思想によって新しい文化革命を起こさなければならない。 私は本書を終えるに当たって、今は祖国ソ連に帰国を果たしたノーベル文学賞受賞者、アレクサンドル・ソルジェニーツィンの言葉<27>を引用しようと思う。「人類全体が病気にかかっている状態だ。ソ連とアメリカという両体制の中で崩壊という共通の事象が生じている。家庭の崩壊、労働意欲の喪失、教育の悪化などだ。相異なる両体制が、いずれも『神なきヒューマニズム』を出発点にしているからだ。われわれが完全かつ至高のもの(神)を持たない限り、共産主義の脅威がなくなっても、やがて世界は崩壊するだろう」