2117399 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

売り場に学ぼう by 太田伸之

PR

全122件 (122件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 13 >

2021.01.24
XML
数日前、商業施設の内装を手掛ける大手施工会社のトップWさんと久しぶりにお会いしました。Wさんがまだ常務取締役だった1999年12月、その部下数名と共にクリスマス商戦のニューヨークを視察、現地で朝から晩までいろんな売り場を歩き回り、最終日は当方の社長の命令で午前中全員がメモを持ち寄ってホテルの一室で会議、帰国後に着手する百貨店大改装の基本方針を議論しました。Wさんも「あのときホテルで会議したんだよね」と懐かしそうでした。

Wさんとのミーティングが終わって帰る寸前、彼の部屋に通されました。キャビネットから写真たてを取り出し、見せてくれました。あのニューヨーク視察のときの集合写真、私のボスもWさんも私もみんな若かった。あのときの写真をいまも大切に保管してくださっているとはちょっとびっくり、嬉しいですね。

ニューヨーク視察から戻ると、2001年春のリニューアル完成に向けて私の周辺は一気に慌ただしくなりました。商品分類、展開分類を抜本的に見直し、ファッション系のフロアの1階から5階までをガラリ入れ替えて改装することに加え、ビルの外壁デザインも新しくする大工事を計画していたからです。外壁はガラス張りに、LED照明を設置して全館をぼんやり光らせる、ときどき壁面はブランド企業に提供しておもしろおかしなプロモーションを仕掛ける、百貨店にありがちなセールや催事の懸垂幕は絶対に吊らないと決めました。躯体工事を担う大手ゼネコンとWさんの施工会社に助けていただいて、現在の外壁が出来上がりました。


いま現在、ルイヴィトンの今春夏のダイナミックなプロモーション、まさしくみんなでプランした外壁の演出になっています。

これからの商業視察にとって「光の演出は必須条件」と考えたきっかけは、ミレニアム照明をはじめたパリのエッフェル塔にあります。毎日午後8時、9時、10時、11時、12時と毎時数分間だけチカチカとエッフェル塔が光る光景をパリコレ出張で目にして、ゼネコン、施工会社、そしてわが宣伝装飾部に3泊のパリ出張を求め、「目的はエッフェル塔の夜間照明。銀座でどんな照明が考えられるのか、現地で考えてみて」とお願いしました。エッフェル塔視察チームから出てきた案は、銀座をホワイトボックスのようにぼんやり照らす、でした。

電気代がバカにならないでしょうとよく訊かれますが、LED照明はありがたいことに省エネ、電球の寿命も一般の蛍光灯やスポットライトより長いので意外やローコストなんです。ただ、下層階も上層階もほぼ同じような光り方になるよう、ガラスの内側の白い鉄板の反射用突起の大きさは微妙に変えてクレーン車で吊り上げテストする苦労はありました。

ぼんやり白い外壁をダイナミックに活用したブランドプロモーションを見上げるたび、1999年秋のパリコレ時に感動したエッフェル塔の照明を思い出します。ミレニアム記念のはずが、あまりに好評だったのでその後もエッフェル塔のチカチカ点滅は続いているそうですが、パリ出張で点滅の瞬間に遭遇すると幸せな気分になります。「あかり」って不思議な効果がありますよね。

Wさんのオフィスを出た直後のタイミングで、某百貨店の幹部から私のスマホにこの写真がノーメッセージで届きました。彼の思いが「いいね」なのか、それとも「やり過ぎだよ」なのかはわかりません。世の中コロナウイルスの暗いニュースばかり、景気の良い話はとんと聞かなくなりました。だからこそ、楽しいビジュアル表現で銀座の街を明るくしたいですね。

外壁を大きなキャンバスに見立ててうまく利用してくれるブランドがもっとたくさん出てくるといいな。






Last updated  2021.01.25 09:10:56


2021.01.22
昨年の正月明け、山形の老舗百貨店大沼が倒産しました。元社長には山形旅行でお世話になったこともあり、個人的にもショッキングなニュースでした。その後地方百貨店や大手の地方店舗の売り場は撤退するベンダーやテナントのショップの穴埋めができず、営業を諦める店が増えています。

コロナウイルス騒動以前の2年前、ある勉強会で「百貨店VS取引先の時代到来」をテーマに、地方店のみならず都心店でもショップの穴埋めができず、これまでのような営業はもうできなくなると話しました。既に都心でも売り場の穴はちらほら出始めていますが、そこへ都心の中の都心、銀座6丁目のG Sixで一挙に10数店舗が撤退するニュース(MD戦略上ブランド入れ替えの退店を促したショップも含む)が入りました。コロナ禍でいよいよ都心のど真ん中でもテナントのキープが難しくなりそうです。


銀座に最初に店舗を構えた百貨店は、1924年(大正13年)開店の松坂屋銀座店です。現在も銀座で百貨店業態(数年前はそごう有楽町店を含めて7店ありました)を続けている松屋銀座が1925年、三越銀座が1930年ですから、銀座6丁目の松坂屋が銀座地区では最も古い大型小売店でした。そして、2017年親会社のJ.フロントリテイリングは百貨店業態の松坂屋をやめて不動産業態のG Sixを開業しました。

G SixはJ.フロントリテイリングに加えて、周辺用地の買収を担った森ビルと、他に住友商事、LVMH系不動産会社Lリアルエステートの4社共同事業(森ビルは既に資本撤退)、銀座最大規模の商業施設です。インバウンドの団体バスが停車できるスペースもあって当初は外国人観光客で賑わいました。特に銀座中央通りはディオールなど外資ラグジュアリーブランドの大型ショップが連なり、開店以来ずっとインバウンド客で賑わっていました。

しかし、メインフロアのラグジュアリーブランド大型店や6階蔦屋書店は賑わうものの、他のフロアの集客はいまひとつ、中小のテナントにとっては家賃と売上のバランスが悪くて契約更改時に退店するところが少なくないのではと噂されていました。なんといっても銀座の家賃はもともと高額、まして新しい最大規模の商業施設であれば家賃はそれなりに高いのあ当然です。

そこへ、コロナウイルスの襲撃。賑わいの主役であったインバウンド客は銀座地区から消え、テナント各社にとっては高額家賃は重荷、撤退せざるを得ない状況になった会社もあるでしょう。百貨店事業と違って不動産事業は店頭売上が下がってもテナントから安定的な家賃収入があるので苦労しません。いくらインバウンド客が銀座から消えようが、百貨店と違ってG Sixは昨年1年間それなりに収益を維持できたでしょう。今回の一斉退店があっても、すぐに次のテナントリーシングが決まれば収益は確保でき、百貨店業のような苦しみとは無関係です。(近々、新しいテナントの発表があるそうです)

感染リスクからお客様のご来店が少ない百貨店業界では、来店が激減しても安定的に家賃収入が得られる不動産業への転換を検討する会社が増えています。確かに、館内テナントの売上が激減でも、家賃は入ってきますから経営は安定します。しかし、都心の一等地で高額家賃を払ってビジネスできそうな優良テナントをキープするのは簡単ではありません。集客がなければ、売上が上がらなければ、テナントは撤退するでしょうし、空きスペースの後をすぐに埋められるとは限りません。

銀座地区の別の商業施設では、退店を検討しているテナントに対してディベロッパーの不動産企業は家賃の大幅減額を条件提示しているようです。が、政府から緊急事態宣言が再び発出され、飲食店の営業時間短縮要請もあってテナントには厳しい状況が続いています。ディベロッパーの家賃減額提示があっても、レストランやブティックをこのまま維持できないテナントは少なくないはず、今後一斉に撤退することも十分予想されます。不動産業であってもこの緊急事態では決して楽ではないのです。

百貨店業態のままであろうが、業態転換してディベロッパーになろうが、集客ままならず館がゴーストタウン状態であれば安定的に収益はあげられません。ディベロッパーはテナントの退店が続いて後継テナントをすぐに誘致できなければ、売り場の穴は長期化し、家賃収入は得られず、楽な経営はできません。ショッピングモールの本場アメリカでも、数年前まで賑わっていたモールはどこも空きスペースが目立つようになりました。不動産業であれ小売業であれ、どうすれば館に集客できるのか、どうすればお客様の気持ちを館につなぎとめられるか、どういう商品、サービスを提供すべきかを真剣に考えるべき時代が来たのです。

百年に一度あるかないかの試練の時代、楽して儲かる方法は絶対にありません。小売側はわざわざ出かけたくなる魅力をお客様に、製造側は買いたくなる魅了をプレゼンすることに全集中ですね。






Last updated  2021.01.24 00:29:11
2021.01.16

PR



今年の年賀状に拙著「売り場は明日をささやく」(繊研新聞社)の読後感想を書いてくださった友人・知人の皆様、ありがとうございます。

今日も「コロナ後の改革」を検討しているチームのまとめ役をしている部長にメモを渡しました。顧客戦略、MD戦略、そして新たなサービス。それぞれどういう方向で取り組みをまとめるかを。
議論だけで終わるのではなく、迅速に行動する。
やれることから即実行。
経費かけなくても、予算なくてもできることはある。
危機感の共有。

拙著でも参考になりそうなことをいくつかアップしました。






Last updated  2021.01.16 23:39:50
2021.01.14
個人的に最近特に注目している海外ブランドの1つはロエベです。ジョナサン・アンダーソンがこのスペインの老舗ブランドのクリエイティブディレクターに就任してから7年余、ロエベはシーズン追うごとにどんどん進化しています。以前は高品質ながらデザイン自体は保守的、富裕層のマダムには受けても若い世代のファッション好きには歓迎されいるとは言えませんでした。

しかし、アンダーソンが手掛けるようになってから、デザインは若くなってかなり垢抜けてきたのではないでしょうか。恐らくパリコレ視察するバイヤーやプレス関係者の間での評価もうなぎ登り、アンダーソン(1984年生まれ)は成長著しい若手デザイナーと言っても過言ではありません。新型コロナウイルス感染で非常に低迷していた2020年春夏市場、ロエベが打ち出した低価格路線のバスケットはそのデザインゆえに相当数売れ、さらに秋冬市場でもバッグやスモールレザーは高評価、コロナ不況にあってもロエベのビジネスは絶好調ではないでしょうか。

(松屋銀座一階Space of Ginza)

そのロエベがスタジオ・ジブリ「となりのトトロ」とコラボしました。緊急事態宣言発出で都内全体に客足が鈍い中、ロエベのショップやこのコラボイベントのスペースだけは賑わいがあってどの館でもひときわ目立ちます。しかも、従来からのロエベの客層に加えて若い世代のお客様の姿も目立ちますから、ブランドにとっても売り場展開する小売店にとってもありがたいことです。



ロエベのホームページを開くと、以下のメッセージ。

LOEWE x となりのトトロ
スタジオ・ジブリとのコラボレーションで生まれたウェア、バッグ、アクセサリーのカプセルコレクションは、1988年の名作映画『となりのトトロ』のキャラクターや美しい自然風景をモチーフにしています。
ロエベストアにて展開中。








長年のロエベの顧客の方々にはちょっと違和感があるかもしれません。しかも数年前アンリアレイジの森永邦彦さんが「となりのトトロ」とコラボをし、パリでも展覧会を開きました。あのときの強烈な印象もあって、アンダーソンがいくら日本文化に強い関心があっても「トトロ」コラボはそれなりにリスキーだったかもしれません。が、反響は大きく、コロナで低迷するファッション市場に一石を投じたと言えるでしょう。


(GUCCIとドラえもんのコラボ商品)

そして、今度はグッチと「ドラえもん」のコラボです。海外でも認知度が高い日本を代表するキャラクターがグッチのウェア、バッグ、アクセサリーなどに登場するそうです。世界のラグジュアリーブランドがどうして日本のコンテンツ、アニメキャラと次々コラボするのか、私にはその背景がよくわかりません。コロナウイルスの拡散で世の中が殺伐としているからほんわか笑みを提供しようという狙いでしょうか、それとも単純にクリエイターの個人的な好みなのでしょうか。

「ドラゴンボール」、「ワンピース」、「ポケモン」、そして昨年後半に大ブレークした「鬼滅の刃」もひょとしたら今後世界的ブランドとコラボしてラグジュアリーブランド市場に登場するかもしれません。こういう日本コンテンツとのコラボによってブランド価値が上がるとは思えませんが、新しい顧客を開拓する、新しい需要を喚起することはできるでしょう。この動き、日本のコンテンツ業界の励みにもなりますし、何もネガティブなことを言うつもりはありません。

数年前まで、私はジャパンコンテンツを世界にもっと売り込むクールジャパン事業に関わってきましたが、関連団体とのミーティングやセミナー、勉強会で度々申し上げたことがあります。「日本のコンテンツは世界で高い評価を得ているけれど、それを活用して儲けているのは一体誰でしょう。決して日本ではありません」と。

海賊版アニメを制作して大儲けした中国組織と、日本のコンテンツを安くたたいて入手した米国映画産業は相当利益を上げたはず。にもかかわらず日本のコンテンツホルダーの多くは案外儲け損なっています。だからアニメ制作の現場はブラック、過酷なのです。日本のキャラクターが有名ブランドとコラボすること自体は大歓迎大賛成なのですが、ブランド側だけでなく日本のコンテンツホルダーも相応の利益を得る契約であって欲しいですね。

交渉相手の外国人に煽てられて権利を安く手渡す人のいい日本では、いつまで経ってもクールジャパン事業はまっとうなビジネスにはなりません。日本のコンテンツと世界のブランドとのWIN-WIN関係構築、期待したいです。ロエベのトトロ、グッチのドラえもん、海外でもブレークするといいな。






Last updated  2021.01.14 23:41:45
2021.01.12
昨日は成人の日でしたが、東京23区では杉並区以外全ての成人式関連イベントは中止、緊急事態宣言は新成人から大切な思い出を奪ってしまいました。この日のためにあれこれ準備してきた新成人とそのご家族は気の毒、また着物レンタルサービスや着付け、美容院にも大打撃だったでしょう。最後まで実施を表明していた新宿区長も結局は開催断念、代わりに写真撮影のセットを用意、区長が着飾った新成人と一緒に記念撮影していましたが、これって喜ばれたんでしょうか。

なぜ杉並区だけが成人式を開催でき、ほかの22区はできなかったのか。メディアにはその点をもっと突っ込んで取材し、整理して報道して欲しかったです。コロナウイルスのさらなる拡散によって今後起こるであろういろんな規制にどう対応すればいいのか、ヒントは成人式中止にあると思うのですが。



成人の日が来ると毎年思い出す話があります。それは以前交流のあった某大手百貨店の元役員Uさんから直接聞いた、ちょっといい話です。

Uさんのお嬢さんが成人式を迎えるとき、Uさんの母上は孫の着物は用意したのかと彼に確認しました。Uさん夫妻も新成人のお嬢さんも恐らく着物には格別関心がなかったのでしょう、「着物は用意していない」と返したところ、「すぐ松屋を呼びなさい」と叱られたそうです。Uさんは別の百貨店の現役の役員、しかし母上は孫の着物のためにあえて松屋をご指名なさったのです。「我が家にとって百貨店は松屋」、いくら母上でもUさんにはショックな言葉でした。

数日後、ずっと前に松屋を退職している90歳近い元外商マンと現役外商マンがUさんのお宅に伺いました。このとき高齢元外商マンは「お久しぶりです、お嬢様」とUさんの母上にご挨拶。「80過ぎてるうちのオフクロにお嬢様って言うから、笑ったよ」。母上は孫の成人式のために高価な着物をご注文、帯はUさんが買うよう命じられました。「なんで俺が松屋から帯を買わなきゃいけないんだ」、ごもっともです。私が同じ立場なら、成人式の着物は自社で全部手配すると言うでしょうね。

Uさんのご実家と松屋との密な関係は関東大震災から続いています。1923年(大正12年)関東大震災が都内全域を襲ったとき、Uさんの母上の実家が営む新宿区内の工場も邸宅も大きな被害を受けました。大混乱の中、食料と水を大八車に積んで邸宅を訪ねたのが松屋の救援部隊でした。以来、母上の実家にとって百貨店は松屋、ご子息が大手百貨店の役員になろうが母上の思いは変わりません。ものすごいストアロイヤリティです。

東北大震災直後の松屋元従業員のOB会でのこと。この高齢元外商マンが背筋をピンと伸ばし、壇上から若々しい声で挨拶されました。第二次大戦後に戦地から戻ったとき、浅草店は米軍の空襲によってボロボロで営業できる状態ではなく、銀座店は1946年GHQに全館接収され、1952年の接収解除まで営業できませんでした。お店が通常営業できない状態にもかかわらず、自分は解雇されることなく松屋で定年まで勤務でき、社員思いの創業家には大変感謝しているという熱烈スピーチ。従軍経験のある大先輩のスピーチは鳥肌ものでした。

呉服部門の長かった大先輩のスピーチを聞きながら、Uさんの母上に「お嬢様」と挨拶した元外商マンは絶対にこの人だと確信。誠実な話ぶりに、久しぶりに参上したらお孫さんの着物注文はくださるに違いないと思いました。

困難な時代であっても従業員を大切にする社風、従業員は困っていらっしゃるお客様を丁寧にケアする、お客様は担当者を信頼して注文をくださる、これこそが百貨店、従業員、お客様との信頼の構図でしょう。外商ビジネスは昔から日本に根付く古いビジネスモデルですが、コロナウイルスで外出を控える多くのお客様からは再び頼りにされています。コロナが長期化すれば、御用聞きニーズはもっと高くなるはずです。

コロナ感染リスクから、お客様からのご要望をLINE WORKSで承るケースは今後急増します。ご注文いただいた商品や食事をタクシーやハイヤーの運転手がお客様にお届けするサービス(乗客でなく商品を乗せてデリバリーする特例処置は延長されている)も徐々に増えます。各ショップの販売スタッフが新作を携えて訪問販売、あるいはオンライン接客で注文をいただいて宅配するサービスもかなり増えるでしょう。

コロナウイルスに屈することなく小売店がビジネスを続けるには、やれることはなんでもやる気構えと工夫が必要です。が、そのためにも一番需要なのはお客様からのストアロイヤリティ、これがなければ注文いただけるはずありません。そしてまた、Uさんの母上のような永遠に続くストアロイヤリティは簡単に生まれるものではなく、小さな信頼の積み重ねがあってこそです。

コロナはなかなか収束しませんが、お客様からの信頼を失うことなく前向きに取り組めばきっとトンネルの先は見えてくるはず、がんばりましょう。






Last updated  2021.01.12 18:01:49
2021.01.10
東京に再び緊急事態宣言が出ましたが、前回ほどの緊張感を街角では感じません。前回百貨店は自粛休業でしたが、今回はどうにか営業できます。パチンコ屋も今回は自粛対象ではないらしいし、各種イベントも制約はあるでしょうが開催がダメというわけではありません。

結局のところ、飲食業だけがきつい自粛を求められ、協力しなければ店名を公表され、なんとなく悪者認定されてしまったように感じます。マメにテーブルや椅子を消毒し、スタッフ全員がマスクと手の消毒、客席を少なくセットして密を避けるなど精一杯努力している店でも、大幅な営業時間短縮を強いられる。銀座のど真ん中で営業するお店も、近隣県の乗降客が少ない沿線駅前のお店も、補償は同額というのもどう考えても不公平ですよね。お酒の注文は午後7時まで、言い換えれば「酒は出すな」に等しいイジメみたいなものでほんとに気の毒です。

コロナ感染が収束どころか感染爆発状態になり、この1年間と同じく新年早々に飲食業、旅行業、ファッション流通業など多くの企業はいばらの道。いろんな規制が発令されて通常営業はままならず、感染拡散で生活者は外出する気分になれない、先が見えないから無駄な買い物は控えます。必需ではないファッション商品の製造販売に関わる会社は当分厳しいでしょう。

しばらく売上増は望めないとなると、どんな会社も新年は経費削減せざるを得ません。削れるのもはなんでも削る。最初に宣伝費はカット、販促費もカット、不採算部門のスクラップ、外注業務を内政化、そしてどんな経営者も本当はやりたくない人員削減や人件費カットに着手せねばならないケースもあるでしょう。50年、100年に一度あるかないかの非常事態ですから....。

これまでこのブログで何度も触れましたが、1929年からの世界大恐慌時代にニューディール政策を進めた米国政府はアート関連の人材育成に心血を注ぎました。フェデラル・ワン(連邦計画1号)というアーティストやアート関連産業を救済する国家の政策でした。フェデラル(連邦)音楽計画、連邦芸術計画、連邦劇場計画などの柔らかジャンルの人材育成事業に着手したからこそ、戦後米国はハリウッドやブロードウェイの映画、演劇産業が伸び、米国は世界をリードする創造産業を有することができました。どんなに厳しい時代でも、人材育成だけは地道に継続しなければ復興後に国は、産業は、企業は成長しません。

私はこれまで教育機関や個別企業でマーチャンダイジングの基本を指導してきました。大袈裟に言えば、人材育成は我がライフワークのつもりで大勢の若者を教えました。大学生の頃から多くの業界リーダーたちに格別可愛がれ、育ててもらったことへの恩返しをせねばならないと学生時代に決めたからです。人材育成は大金がかかる形式のものもあるでしょうが、そんなにお金をかけなくてもできることはいっぱいあります。ただ、人材育成は手間隙だけはかかりますし、教える側に愛情がなければ効果はありません。

昨年末から、旧知の新興ブランド企業の創業者に頼まれ、中堅社員に対してマーチャンダイジングゼミをスタートしました。東京以外の参加者にはリモート指導、こちらから画面を通して宿題の発表を求めますし、彼らからはどんどん質問も来ます。これまでマーチャンダイジングの原理原則を学んだ経験がないからなのか、成長する新興企業だからなのか、とにかく参加者はものすごく熱心、私も教え甲斐があります。これまでの経験から言えば、指導する側が受講者の学習熱を感じる研修は絶対に効果が出ます。

この新興企業も当然ながら他社同様コロナ禍の影響をモロに受け、いまはじっと耐え忍ぶ時間、経営者は経費を抑制したいはずです。が、この困難な時代だからこそ人材育成をしっかりやろうと創業者は考えたのでしょう。自分が指導しているから言うわけではありませんが、不況であっても人材育成をやろうとする経営者は社員から見れば頼もしいでしょうし、コロナが収束すれば業績を伸ばせるのではと期待しています。引き受けた以上、こちらも業績が伸びるよう指導せねばなりません。

長年私がゼミ指導してきた同族経営の会社は歴代経営陣が人材育成に熱心。すでに数百人の社員をマーチャンダイジングゼミで教えましたが、ゼミで学んだ人材こそ会社の財産です。バブルが弾けて売上が下がったときも、リーマンショックで不況に直面したときも、東北大震災のあとの営業時間短縮や節電に苦しんだときも、マーチャンダイジングゼミや海外研修など人材育成は続けられました。育成を大事に考える経営陣の会社で長く指導してきたことを私自身も誇りに思っています。

そして今日、教え子でもある幹部社員たちとコロナ後の流通ビジネスのあり方、消費社会の方向を議論しました。この会議は昨年春から定期的に開いていますが、何をやるべきなのかだんだんはっきり見えてきました。教え子たちがキャリアを重ね、幹部となっていまは組織をリードする立場、その彼らと会社の将来像やマーチャンダイジング戦略を議論する、指導してきた私には大きな喜びです。

ファッション流通業の幹部たちには改めて申し上げたい。コロナ禍でどんなに厳しい状況であろうとも、将来のために人材育成だけはしっかりやるべきです、と。お金をかけない人材育成方法はいくらでもありますから、肝心なのは経営者に将来ビジョンがあるかないかなのです。コロナ2年目、経営者の皆さんには人材育成の重要性をいまだからもっと真剣に考えて欲しいですね。






Last updated  2021.01.10 01:34:28
2020.12.28
みなさん、今年は1年過ぎるのがはやかったのでは。新型コロナウイルス感染に世界中が振り回された記憶に残る年でしたね。まさかオリンピックが延期になってしまうとは。新しい国立競技場の建築コンペでケチがつき、次にヴィジュアルデザインの模倣問題でケチがつき、そしてオリンピック・パラリンピック開催そのものにケチがつきました。感染が収束しないまま来年開催できるのかどうかわかりませんが、2020という数字は多くの日本人にハッピーではないイメージが残りました。


 


1年を振り返って、個人的に最もショックだったニュースは高田賢三さん、山本寛斎さんが相次いで亡くなられたことです。ファッションという西洋文化ジャンルで日本人が活躍できる、世界の目を向けさせることはできるんだと証明した功労者。お二人に刺激され、海外に活動拠点を求めた次世代は多かった。これから世界を相手にチャレンジしようとする若者たちには、道なき道を歩んだ先輩たちの仕事と社会的意味をしっかり学んで欲しいです。

戦後の日本のアパレル産業界を牽引したレナウンの倒産、これもショッキングな出来事でした。マーチャンダイジングやマーケティング、広告宣伝など自社の事例を競合他社に惜しげもなく公開、既製服屋の多くがアパレルメーカーに発展した功労者はレナウンだったといっても過言ではありません。1990年代後半、ひょんなことからレナウン再建を短期間お手伝いしたこともあったので残念です。

百貨店改革のお手本としてきたニューヨークのバーグドルフグッドマン、その親会社の高級百貨店ニーマンマーカスの倒産申請も「まさか」の出来事でした。改革のヒントを得るため、何度バーグドルフやニーマンの店舗を調べたことか。すでに消滅したバーニーズニューヨーク、ミートマーケットの再開発に先鞭をつけたジェフリーともども、私には生きた教科書でした。ニーマングループは事業規模を縮小して再建されるでしょうが、まさかの倒産劇でした。

さらには、ギャップを見事に立て直して製造小売業の雄に育てた「小売の神様」ミッキー・ドレクスラー氏がギャップの次に再建したJ・クルーが破綻したのもびっくりでした。ほかにもリンカーン大統領が暗殺されたときに着用していたことでも有名なブルックスブラザーズも、シアーズと共に戦後の大衆生活を支えた量販店JC・ペニーも、アメリカで最も歴史のある百貨店ロード&テイラーも破綻。ファッション流通業界にとって2020年は大きな転換の年でした。

国としてのブランドイメージをあげようと、政府と民間で取り組んできたビジットジャパンやクールジャパン政策が徐々に効果を上げ、年々来日外国人がいい感じで増えてきたところにコロナ感染、インバウンド客の姿は消えてしまいました。私がクールジャパン事業に関わり始めた頃の訪日が800万人、それがどんどん伸びてコロナウイルス直前では3000万人に。その消費意欲に支えられた観光業と流通業でしたが、今年は想定外の大打撃。訪日客依存度の高かった商業施設やブランドは業績がガタガタに。まだしばらくインバウンド客は戻ってこないでしょうから、この先が心配です。

当分の間訪日できない状況であればこちらから攻める、つまり待っているのではなく越境ECで仕掛けることも考えねばなりませんが、多くの日本企業やブランドはなぜか越境ECに抵抗があるようです。チャンスがあるのに着手したがらない、不思議ですね。海外のお客様へのアプローチ、思い切って取り組むべきではないでしょうか。

コロナによる消費行動の変容、生活価値観の変化でリアル店舗で服を買うお客様が激減、これまで全国の百貨店ファッションフロアを支えてきたアパレルメーカーが不採算店舗を一気に閉め、ECビジネス強化に切り替えたため、百貨店は売り場に穴がいっぱいできてしまいました。その穴を埋めることのできない百貨店は廃業や閉館に進むしか道はありません。今年は穴だらけが表面化しましたが、来年は地方店のみならず都心部でも廃業、閉館が加速するのは間違いありません。

コロナ感染を恐れ、ファッションショーの形式が今年は大きく変わりました。従来通りのランウェイショーは無観客に、そしてデジタル映像の配信で新作を見せる形式が世界各国で急増しました。私がお手伝いするJFW(日本ファッションウイーク推進機構)主催の東京コレクションも3月の2020年秋冬シーズンはやむなく中止、10月の2021年春夏シーズンの大半はデジタル発表でした。ちょうど先週末JFW事務局メンバーと会議をしたところですが、来年3月もデジタル発表のブランドが増えそう。

19世紀後半から百年以上続いたモデルがランウェイを歩いて新作を披露するショーは、コロナウイルス感染の影響で様変わりしました。個人的には、デジタルもいいけれどやっぱり伝統駅的なショーの臨場感にはかなわないと思います。来シーズン、1本でも多くリアルなファッションショーを見たいです。

最後にすこぶる個人的な出来事を。コロナ感染で亡くなった有名芸能人の報道に接し、「禁煙してみるか」と思い立って半世紀たっぷり吸引してきたニコチンを断ちました。こんなに簡単に禁煙できるとは思ってもみなかったので自分でも驚いています。

また、先月半世紀ぶりに手術入院しました。7月の内視鏡検査で十二指腸の異常が発覚、11月に問題個所を摘出する手術、幸いにも検査結果は良好でした。ドクターからはお酒と刺激物は1カ月我慢するよう宣告されましたが、手術後体調はよく、ドクターストップ期間は過ぎて平常生活にやっと戻りました。半世紀前に比べ、医学の著しい進歩、テクノロジーの進化によって負担の軽い手術ができる世の中になったことを実感。病院関係者にはただただ感謝しかありません。コロナ感染者がまたも急増、病院関係者のご苦労は半端ないと思いますが、ドクターや看護師さんのやる気が出るような施策を期待したいですね。

ファッションビジネスの本を久しぶりに書きました。「売り場は明日をささやく」、若い頃ニューヨーク通信員をしていた繊研新聞社に出版をお願いしました。コロナウイルスで大打撃を受けるファッション流通業界に向けて、業務革新をしてほしいと願いを込めて。

2020年はあとわずが、2021年は明るい年にしたいですね。みなさん、どうか良いお年をお迎えください。






Last updated  2020.12.29 17:52:22
2020.12.21
新型コロナウイルス(COVID-19)が中国の武漢市で発見されてから1年余、短期間で開発されたワクチン投与は始まったものの世界各国ではいまだ感染の勢い収まらず、この先も不安な生活を強いられます。一般市民の消費行動は大きく変わり、感染リスクがある外食やショッピングには出かけない、安全なデリバリーサービスやオンラインショッピングだけが重宝される時代が来るとは、1年前には全く予想できませんでした。

時差も国境もないグローバル時代、まさか渡航が許可されず身動きとれない日がやってくるとは思いませんでした。ファッション関係の仕事を始めて数十年、一年間で一度も海外に出かけることがなかったのは初めてのこと。近未来、いったいいつになったら海外出張ができるのでしょう。

リモートワークやオンライン授業が増えて生活価値観もガラリ変わりました。屋内着やインテリア雑貨への関心は高くなり、安全安心の食生活にもこれまで以上に注意を払うようになりました。が、外出着、通勤着、それに付随する雑貨類はさっぱり、必需品ビジネスではないのでファッションビジネスはきついです。さらに昨年まで順調に伸びてきたインバウンド客が消えてしまい、インバウンド消費に支えられてきたブランドショップや都心部の小売店の売上は半分以下になったところも少なくありません。いつになったら海外から訪問客が戻ってくるのかわかりません。

この1年間を振り返ると、欧米でも日本でもファッション系企業や小売店の大型倒産が増えましたが、1年で最も重要なクリスマス商戦を普通に営業できず、英国のようにロックダウン状態のまま新年を迎えざるをえない国もあって倒産劇はこの先もっと増えるでしょう。年明けのメンズコレクション、2月のレディースコレクションは無観客化デジタル配信、従来の形にはもう戻らないのでしょうか。また、素材見本市も開催が見送られ、実物を見ないで素材を手配するビジネススタイルはこの先定着してしまうのでしょうか。世界のファッションビジネスは転換点の真っ只中です。

この不況を乗り切るため、手持ちの不動産物件を売却する話や身売りできるブランドを切り売りするニュースがどんどん増えています。さらに、多くの会社は不採算店舗の撤退を急ぎ、早期退職希望を募って身軽になろうとする企業も増えました。ベンダーが撤退を急ぐあまり、売り場に穴ができるのは地方百貨店だけではありません。都心部の百貨店や駅ビルでさえ売り場の穴が急速に増えてきました。空いた穴は簡単には埋められず、しばらくはポップアップショップ展開ですが、ポップアップだらけのフロアが生まれるのは時間の問題。先日お会いしたアパレルメーカーの経営者が「ポップアップでよければどこでも紹介しますよ」とおっしゃっていましたが、年明けから空き空間は一気に増えそうな気配。

経営者なら誰もが社員に退職を促すなんてことはしたくないはず。早期退職希望を募れば、退職しても自立できそうな根性も才能もありそうな人材が手をあげるのは明白、募集を何回も繰り返すと会社は弱体化する例はたくさんありますから。しかし、わかっていてもこのコロナ不況から多くの社員を救うためには断行するしかないでしょうね。経営者は辛いです。

消費者の生活価値観がガラリ変わっている中、製造原価のさらなる抑制を指令する経営者がいるとよく耳にします。原価を下げる、つまり商品価値の割には上代が高くなる、これってもう消費者には通用しません。アウトレット店の増設やファミリーセールの多発によって消費者は上代に大きな不信感を抱き、プロパー消化率は過去最低ラインまで下がりました。この状態から脱出するには、商品価値を上げて消費者の信頼を取り戻す以外に方法はありません。

アパレルの商品企画の立て方も変えなばならないところに来ています。世のトレンドを収集し、緻密に分析、トレンド要素を盛り込んで競合他社と同じような商品を供給する仕事の仕方では、消費に慎重になった消費者の気持ちを変えることはできません。トレンドを分析して意図的にそれを外すくらいの度胸、そして担当ブランドにしかない固有の世界観の表現がなければ消費者の気持ちを動かすことはできません。「うちにしかない価値ある商品の提案」、ブランドならではのディレクションが不可欠ではないでしょうか。コロナウイルスの打撃をもろに受け、トレンドに乗り遅れない商品企画から、自社にしかない固有の商品企画に方向転換すべきところを、もっと原価を抑制すればなんとかなると考えては明日は見えてきません。

最近セミナーでよく日本酒のブランディングの事例をお話しします。地方のやる気のある経営者が先祖代々からの保守的な考えを改め、値段は高くなっても美味しい吟醸酒を生産、ボトルやラベルにも気をつかって日本酒売り場で存在感のあるプレゼンを心がけ、海外にも積極的に販路開拓する蔵元が増えている、と。つまり日本酒のブランディングです。


(はせがわ酒店日本橋支店にて)


酒米の山田錦を何割みがいたら原価はいくらで上代はどのくらいかを計算してきた業界の風習を改め、心ある蔵元はブランディングによってトータルな商品価値を高めてフランスワインのような販売をし始めたのです。いまではボルドーやブルゴーニュの高級ワイン並みの価格政策、販売戦略の日本酒が世界で高く評価されるようになりました。ボルドーやブルゴーニュのワイナリーにはできても日本の蔵元にはなかなかかできなかったブランディング、徐々に日本酒は変わりつつあるのです。

ファッションの世界でも、ホコリが被ってほぼ死にかけていた老舗パリのブランドが再生した例はいくつかありますが、再生の起爆剤は固有のクリエーションとプレゼンのスキルであって、最大公約数のトレンドを導入することではありませんでした。トレンドを追う、原価を下げることでは明日は見えてきません。恐らくコロナ不況は長期戦でしょうから、ファッション企業はクリエーション醸成とプレゼンの工夫、そこにもっと経営資源を投入すべきではないでしょうか。奮起する日本酒蔵元のように。


ブランディングについては今秋に上梓した拙著「売り場は明日をささやく」をお読みください。






Last updated  2020.12.21 16:27:06
2020.12.12
先月下旬、予定していた内視鏡による十二指腸の手術、1週間ほど入院しました。医学テクノロジーの進歩と先生方の技術力のおかげで快復は早く、入院中は病院の廊下をマメに歩いて1万歩を記録した日もありました。退院後すでにセミナー出張も済ませ、自分でも手術したとは思えないくらい元気です。

手術入院は小学六年生の盲腸以来、お世話になったドクターにはいかに身体に負担が軽かったか、看護師さんたちがどれだけ手厚くケアしてくださったか、お礼の手紙を出しました。するとドクターから返信、律儀な方です。山梨育ちのドクターはなんと私の出身三重県の大学で勉強なさったとか、不思議なご縁を感じます。手術したとは思えない体調、ドクターや看護師さんたちには感謝しかありません。

そもそものきっかけは、毎月検診していただいているクリニックの先生の助言でした。先生から「久しぶりに胃カメラ検査をしませんんか」とアドバイスされ、胃カメラを入れたのが7月初旬。このとき十二指腸のちょっとした異常が発覚、8月に再び胃カメラを入れて腫れ物の一部を細胞検査。内視鏡手術ができる大病院がいいだろうということで紹介状を書いてもらい、9月に大病院でまたも胃カメラ。さらに翌月は手術方法を確定するための超音波検査でまたまた胃カメラ。11月下旬の手術まで毎月胃カメラ、もう慣れっこになりました。

ひと昔前なら開腹手術でしょうが、ぎりぎりの大きさだったのでどうにかドクターは開腹せず内視鏡で腫れ物を切り取ってくれました。そして今週いつものクリニックに行ったら、執刀ドクターから画像も含めたレポートが届いていました。大病院での手術についてクリニックが情報共有する、クリニックに通う私は安心できます。こういうシステム、ありがたいですね。

ところで、入院中に文化学園の前理事長、大沼淳さんの訃報が届きました。「僕は百歳まで生きるよ」とおっしゃっていた大沼さんですが、残念ながら享年92歳でした。


大沼さんとは節目節目でお会いしました。一番印象的だったのは、IFI ビジネススクール設立に奔走していたとき。文化学園に説明にお邪魔したとき、文化服装学院の学生の多くが進学校として有名な高校からきていること、彼らの高校卒業時の偏差値がいかに高いか、内緒で一覧表を見せられました。新たに官民協同のビジネススクールをつくるより、既存の専門学校を業界が応援して欲しい、専門学校の学生は有名大学に入れるくらい優秀なんだから、と説明されました。

私たちは既存のファッション専門学校と張り合うつもりは全くありません。構想しているビジネススクールは高校の新卒者は入学させない、社会人や大学、専門学校卒業生しか許可しないポストグラデュエートの産業教育機関なんです、と説明しました。そして既存の専門学校に反旗を翻すものではないことを証明するため、私は文化服装学院の流通専攻課程とマーチャンダイジング科の2つの学科で年間を通して指導することになりました。2つの学科を毎週指導するのは結構な労力でしたが、それくらい誠意を見せないことにはビジネススクールをスムーズに発足できないと思ったからです。

また、3年前には大沼さんを訪ね、新しい実践教育プログラムをやりませんかとお話ししました。私が提案したプログラムは「高田賢三企画」でした。文化服装学院出身の賢三さんのアシスタントになったつもりでデザイン科の学生が賢三研究をし、企画を立て、文化の先生方やファッションエディターらにお願いして指導してもらい、途中には学生の課題をパリに送って賢三さんにチェックをしてもらう。かつてニューヨークのパーソンズの名物講座「クリティック」(ダナキャランなどデザイナーごとに数人の学生をアシスタントとして働かせ、途中何度も軌道上がったコレクションをデザイナー本人が講評する)のように、最後は賢三さんが教室に来て講評採点するプログラム。

その後大沼さんが理事長を退任されたのでプロジェクトは前に進みませんでしたが、そろそろ現在の文化服装学院長にもう一度提案しようと思っていたところ、10月に賢三さんがコロナウイルスで急逝。そして今度は大沼さんが亡くなりました。この実践教育プログラムはデザイナーご本人が最終講評を行う前提でそのプロセスに意味があります。賢三さんに続いて大沼さんも亡くなり、結局構想だけで終わってしまったのは心残りです。

大沼さんは終戦直後霞が関の人事院に勤務する官僚でした。GHQの官僚教育プログラムも体験、労働争議が激しかった文化学園に乗り込んで騒動をおさめたのが二十代後半。このとき創業一族に代わって理事長に就任することになり、以来60年余の長きにわたって理事長として文化学園の発展に寄与した中興の祖です。文化服装学院では賢三さんをはじめ多くのデザイナーを育てた小池千枝さんがあまりに有名ですが、組織としての基盤をつくったのは実務家の大沼さんでした。今日文化学園が世界でも例を見ない大きなファッションスクールになったのも、経営者としての大沼理事長の手腕があったからでしょう。

ご冥福をお祈りいたします。合掌






Last updated  2020.12.12 23:46:19
2020.12.10
10月にコロナウイルス感染で亡くなったファッションデザイナー高田賢三さんの追悼番組が今週12月12日(土)午後10時30分からNHK BSPでオンエアーされます。
「追悼 高田賢三~純粋に服を愛し 純粋に人を愛した~」


<ネットに記載されている番組内容>

10月に新型コロナウイルスによる合併症で亡くなったファッションデザイナー、高田賢三。東京五輪の年に単身フランスに渡り、1970年デビュー。一躍時代の寵児となり、イブ・サンローランとパリの人気を二分した。その活躍を支えたのは、純粋でナイーブな賢三さんを心らから愛する友人たちだった...。コシノジュンコや島田順子、ジャンポール・ゴルチエなど心のこもったインタビューで、波乱万丈の人生を振り返る。

ファッション流通業界で働くみなさん、ファッション系スクールで勉強中の若者たち、多くの人に観てほしい番組です。






Last updated  2020.12.10 14:12:48
このブログでよく読まれている記事

全122件 (122件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 13 >


Copyright (c) 1997-2021 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.