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売り場に学ぼう by 太田伸之

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Nobuyuki Ota

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2020.01.30
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東京オリンピック開催が決まった直後から、「選手団ユニホームのデザイナーは誰が決めるんですか」といろんな席で質問されました。長年デザイナーの周辺で仕事をして来たことと、クールジャパン政策に関わっているから質問されたのだと思います。中にはデザイナー選考に私が関与していると勘違いして「コンペにしてください」、「若手デザイナーを選んでください」とも言われました。

質問されるたび、「私は知りません。オリンピックには関係もしていません。政府や五輪組織委員会かどこか協会のお偉いさんが決めるんでしょう」と答えて来ました。特別に外部のデザイナーは起用せず、競争入札で決まる公式サプライヤーが社内の人材だけでユニホームを制作するだろうと思っていました。

個人的には、ファッション業界の専門家(ジャーナリストやバイヤー)によるデザイナー選考委員会があってサカイの阿部千登勢さんやアンダーカバーの高橋盾さんのような世代のデザイナーが選ばれたらいいなあ、もしくはせめて新国立競技場の設計コンペのようにデザイナーを決めてくれたらなあ、とちょっとだけ期待してました。

しかし、選考委員会もコンペもやらないだろうから、洋服のユニホームはやめて「開会式は浴衣と下駄、うちわを持って行進すればいいのに」といろんな会議やSNSで言い続けました。浴衣は日本固有の夏の風物詩、誰が着てもそれなりには装える、サイズ展開は少なくてローコスト、ダサい洋服よりはずっとマシですから。

そして、先日発表されたのが下の写真のユニホーム。オリンピック初日の開会式では大勢の日本選手団はこれを来て登場します。こういう赤と白になることは想定内でしたが、ニュースを見てがっかり。受注した企業は誰かに勧められて外部のデザイナー(ファッションデザイナーとは限りません)を起用したのかもしれません。外部であれ社内であれデザイナーの原案をファッションデザインに造詣のない偉いさんたちがあれこれ口を挟み、修正に修正が入っていくうち最終的にこうなったのかもしれません。これを企画したデザイナーに責任を全てなすりつけてはいけないでしょう。


(2020東京オリンピック)

(上が2012年ロンドン、下が2016年リオ大会)


それにしても、日本は建築家やデザイナーが世界で高く評価されている国なのに、全世界が注目するオリンピック開会式のユニホームはどうしていつも情けないものになってしまうのでしょう。1964年東京大会からの慣習なのか、赤と白の配色はMUSTなんでしょうか。今回のオリンピックも初日から凹みますね。

オリンピックのユニホームで思い出すのは1992年バルセロナ大会です。

ベルリンの壁が崩壊後バルト3国のリトアニアはソ連から独立、初めてアルベールビル冬季大会にリトアニアの国名で参加しました。選手はたった5人、独立後間もないので準備ができず、選手は自前のブレザーで入場行進に参加したそうです。リトアニア選手団が競技場に入って来た瞬間、独占放送していたNBCテレビはコマーシャルを入れ、リトアニアの入場行進は世界に放映されませんでした。世界の人々に独立国リトアニアの存在を知ってもらえる絶好のチャンスは奪われたのです。

リトアニア選手団のチームドクターは米国在住、イッセイミヤケのお客様だったとか。ドクターは三宅一生さんに直接手紙を書きました。アルベールビルの開会式で選手がカッコ良いユニホームを着ていたらNBCテレビはコマーシャルを入れなかったはず、夏のバルセロナ大会では我が祖国のためにユニホームのデザインをしてもらえないか、と。

独立したリトアニアの名を世界に広めたい、ドクターの気持ちを受け止めた三宅一生さんは快諾、全身プリーツのユニホームを無償でデザイン、これを石津謙介さんが仲介したミズノが生産して提供したのです。数ヶ月後に迎えたバルセロナ大会の開会式、国際的にトップの座にいるデザイナーが手がけた
世界に例がない全身プリーツのユニホーム、当然テレビカメラは行進する選手団を長く追いました。

そのときのユニホームは三宅さんの展覧会でご覧になった方も多いでしょう。が、私の話はここから。

開会式の数日後、CFD(東京ファッションデザイナー協議会)事務局にニューヨークタイムズ東京支局から電話が入りました。記者は大相撲の大関小錦の問題発言をスクープして相撲協会を慌てさせた人物、当然私は警戒します。質問はこうでした。

ーーリトアニアのユニホームが素晴らしいと世界中で話題になっています。どう思いますか?

「日本人として誇りに思います」

ーー日本選手団のユニホームをどう思いますか?

「コメントする立場にありません」

ーーリトアニアのユニホームが好評なのに、日本は評判悪いじゃないですか?
「そうなんですか。知りません」

ーーどうして日本は三宅一生氏にデザインを頼まないのでしょう?
「オリンピック組織委員会に訊いてください。私にはわかりません」

ーーリトアニアが良くて日本が悪い。日本人としてどう思いますか?
「答えられません」

 
電話取材はしつこくかなりの時間でした。記者はCFD議長がリトアニアのユニホームを賞賛する一方、日本を批判したと書きたかったのでしょう。バルセロナ大会の日本チームのユニホームは有名なファッションデザイナーが担当、CFDのメンバーでもあります。公平な立場であるべきCFD議長がコメントできるはずありません。が、ニューヨークタイムズの記者はどうしてもネガティブなコメントをとりたかった。

バルセロナ大会当時、三宅一生さんはジャーナル・テキスタイル紙のジャーナリスト部門デザイナーランキングで1位、つまり絶頂期でした。トップデザイナーが独立したての貧乏な国のために人肌脱いだのです、それだけでも十分感動ストーリー。しかも世にも珍しい全身プリーツ服、世界から脚光を浴びるのは当然なのです。

一方、日本チームは日の丸の赤をどこかに入れるのが暗黙の掟なんでしょう。おそらくデザインに造詣のない偉い人たちから途中あれこれ口を出され、デザイナーの原案がそのままユニホームになったとは思えません。リトアニアチームと比較しても意味ありません。

もうひとつ、オリンピックのユニホームに関して私が体験したこと。

1980年冬季オリンピック、開催地はニューヨーク州北部山奥のレイクプラシッドでした。オニツカタイガーなど3社が合併して誕生したばかりのアシックスが大会役員やジャッジ、コンパニオン、聖火ランナーらのユニホームの入札に勝ちました。アシックスは新会社、知名度を上げるチャンスでした。できれば世界的に有名な日本人デザイナーの高田賢三さんか三宅一生さんにデザインをお願いするつもりだったようです。

ところが、ファッションが基幹産業の1つであるニューヨーク、同州の地方都市で開催されるオリンピックにどうして日本企業が公式サプライヤーに選ばれるのかと現地メディアが批判し始めました。アシックスは日本人デザイナーへの委託を断念、批判の声を鎮めるためにはニューヨークのデザイナーに頼むしかないと決めました。そこでデザイナーの推薦を依頼されたのがニューヨーク在住の私でした。

アシックスの希望は親身になって共に働いてくれそうな若手デザイナー。私は4人のデザイナーを選び、オリンピック公式ユニホームに推薦したいと打診して回りました。急成長のペルー・エリス、そのライバルだったチャールズ・スーポン(サポンと表記する媒体もあり)、ラルフ・ローレン門下のサル・セザラーニ、アンコンユニセックス路線のロナルド・コロッジーの4人です。

この中から、アシックスはレイクプラシッドの土地柄(山奥の田舎町)を考慮して地元市民に理解されやすいアメリカントラッドのセザラーニを選びました。デザイナー本人、アシックスのスタッフと一緒にレイクプラシッドの実行委員会にプレゼンに行ったとき、実行委員の地元スーパーマーケット店主が「このデザインは古いんじゃないか」とセザラーニに向かって文句を言ったのです。田舎の素人がデザイナーに口出しするんですからびっくり。でもセザラーニは我慢強く実行委員たちに丁寧にデザイン意図を説明、その姿を見ながら「この人選は間違いではなかった」と思いました。

数年前、レイクプラシッド市があの一連の五輪ユニホームを美術館に飾りたいと連絡がありました。でもアシックスにはアーカイブの1セットしか保存がなく、市役所とセザラーニには諦めてもらいました。

毎回オリンピックがあるたび、日本選手団のユニホームは酷評されます。4年に一度の恒例行事ですね。そろそろ建築界のようにデザインコンペにするなり抜本的に仕組みを変えないといけない。日の丸はエンブレムだけで十分、赤と白のコンビネーションやめられないんでしょうか。

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Last updated  2020.02.01 10:41:27
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