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売り場に学ぼう by 太田伸之

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ファッションビジネス

2020.01.22
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米国紳士服デザイナーJeffrey Banks(ジェフリー・バンクス)さんのSNSで、Bill Kaiserman(ビル・カイザーマン)さんの訃報を知りました。

戦後、米国ファッション界には映画のアカデミー賞のようなCOTY AWARD(コティ賞)というデザイナー賞がありました。この賞で三度受賞するとHALL OF FAME、日本語に訳すと「名誉の殿堂入り」となりますが、ビル・カイザーマンは1978年に紳士服部門で殿堂入りを果たしているデザイナーでした。紳士服部門での殿堂入りは3人(ラルフ・ローレン含む)しかいませんから、米国メンズファッション業界ではトップデザイナーの一人でした。


ミラノでジョルジオ・アルマーニの人気が急上昇していた1970年代後半、ビルはアルマーニのような感覚のソフトスーツとカッコいい大人のカジュアルウエアを発表、アメリカントラディショナルを標榜する紳士服デザイナーが多かったニューヨークでは異色の存在でした。とにかく色やバランスのセンスが良く、セクシーな紳士服をつくっていました。

私が大学卒業して渡米したのが1977年ですから、ビルはちょうど全盛期にありました。その頃、ニューヨーク三越駐在事務所にいたのが山懸憲一さん(のちにロロピアーナ日本法人社長)です。山懸さんは当時三越のプラーベートブランド、オスカー・デ・ラ・レンタに次ぐ米国デザイナーブランドの導入交渉を本社から命じられていました。駐在時代に山懸さんとはよく飲みましたが、彼からデザイナーを推薦してくれないかと頼まれ、私はビルを紹介しました。

その後、山懸さんとビルは提携交渉を重ね、ほぼ合意というタイミングで山懸さんから電話、「太田、助けてくれ」、と。三越と合意寸前のところでほかの〇〇百貨店に委託された商社が交渉に登場、ビル本人は迷っているので「助けてくれ」でした。三越は本社役員もビル本人と会って「交渉を進めろ」と指示、失敗したら「俺はハワイに飛ばされるかもしれない」と山懸さんは焦っていました。

山懸さんを紹介した私、すぐデザイナーのオフィスに電話を入れました。ビルから「キミの意見を聞きたいんだ。すぐ会えないか」と言われ、私は高級住宅街にあるビル・カイザーマンの自宅に出かけました。本人から「特定の百貨店と組むより、商社と提携して日本各都市の最良の百貨店にショップを構えたいんだ。どう思う?」と訊ねられたので、ビルにとって米国百貨店ではどこが最重要取引先なのか、当時ファッションに強かったブルーミングデールズなのか、それともコンサバイメージの老舗サックスフィフスアベニューなのかを質問しました。

ビルの答えは「うちはサックス」。「じゃあ日本のサックスみたいな三越の方がベターじゃないか」とアドバイス、ここでビルは三越を選択し山懸さんにすぐ電話を入れました。ビル邸からの帰り、私は彼のロールスロイスで送ってもらいました。生涯でただ一度だけ乗ったロールスロイス、このときデザイナービジネスは米国社会では儲かる仕組みなんだと思いました。

三越とビル・カイザーマンが通常のライセンス提携ではなく商品直輸入の独占契約を結んだ後、今度は〇〇百貨店から委託された商社の駐在員からディナーに誘われました。「これから伸びそうなデザイナーを教えてくれませんか」。当時、日本では西武百貨店のラルフ・ローレン、伊勢丹のカルバン・クラインが人気急上昇、デザイナー発掘の場はパリ、ミラノからニューヨークに移りつつありました。

私は駐在員さんに、「すぐ結果が出そうなデザイナー、それとも将来成長しそうな若手デザイナー、どちらを〇〇百貨店に紹介したいですか」と質問。そこで私が紹介したのが、まだデビューして2年ほどの新人ペリー・エリスでした。商社は八木通商、同社にブランド探しを委託したのは阪急百貨店。八木通商現社長の八木雄三さんがニューヨークに来たとき、「本当にペリー・エリスは伸びると思いますか」と訊かれ、「絶対にニューヨークのトップになるデザイナーだと確信しています」と太鼓判を押しました。

八木通商がペリー・エリスと正式に提携、日本で彼のブランドビジネスがスタートしたとき、ペリーは既にニューヨークのビッグ3(カルバン・クライン、ラルフ・ローレンと共に紳士服、婦人服、そのセカンドラインでも高級百貨店に必ずショップあり)として不動の地位にありましたから、私の見立ては間違っていませんでした。しかし、残念ながらペリーは1986年その絶頂期にエイズで急逝しました。

今朝、ビル・カイザーマンの訃報でニューヨーク時代のいろんなことを思い出しました。合掌。






Last updated  2020.01.23 01:02:17
2020.01.17
一定規模以上の百貨店には商品に関わる組織ラインと販売に関わる組織ラインがあります。現場の職種で言えば、前者はバイヤー、後者は売場マネージャー。これまで多くの百貨店では商販一致(一人の部長の下にバイヤーとマネージャーを配属)と商販分離(MD統括部長の下にバイヤーを、営業部長の下にマネージャーを配属)の組織変更を入れ替えたり元に戻したりを繰り返してきました。首脳陣が交代するたび、あるいは業績が低下するたび組織をいじる、これを何度もやってきましたね。

一方、百貨店の大きな収益源であったアパレルも、担当区域の営業部隊が会社の全ブランドを百貨店に売り込む組織体制もあれば、ブランド個々の営業担当が全国の百貨店とやりとりする組織もありました。取引の多くが委託取引であった時代、アパレル企業の営業は四六時中百貨店の売場や営業本部に顔を出し、百貨店からの追加納品要請や返品をスムーズにさばいてました。だから自分の会社のデスクにいる時間よりも、担当する百貨店にいる時間の方が長く、百貨店ではアパレル企業営業マンの顔を頻繁に見かけたものです。

世の中が消化仕入れ(お客様に売れるまでベンダー側に所有権)体制になると、納品や返品のさじ加減はベンダー主導になり、営業マンは百貨店の本部や売場に顔を出さなくてもよくなりました。近年、百貨店の事務館や売場でアパレルの営業マンの姿をほとんど見かけなくなったのは、取引形態が委託から消化に変わったからでしょう。

委託取引では納品されると商品の所有者は百貨店になりますから、店頭でどのように売れているのか、現時点で在庫がどれだけあるのか、ベンダー側のパソコンでは把握できません。また、追加納品のスタンバイがあるので、東京以外の営業所や支店がある程度在庫を保有し、機動的に納品したものです。地方百貨店のファッションフロアがほとんど大手アパレルメーカー依存なのは、大手企業なら地方の営業所や支店を通じて商品移動を速やかにやってくれるから。小さなメーカーに機動力はないので無理、大手の支店網があったから地方百貨店はなんとか売場を作れました。

しかしながら、その大手アパレル企業も取引形態のほとんど全てが消化形態あるいは定借(定額家賃制)になったので在庫は本社一元管理体制、自社パソコンで在庫の実態を全て把握できるようになり、地方営業所や支店が在庫キープして営業する必要がなくなりました。言い換えれば「問屋の御用聞き」業務はなくなった、あるいは地方の営業所や支店に営業担当が駐在する理由がなくなったのです。



さて、現在日本の百貨店では一部の自主編集、自主販売売場以外ほとんどが消化仕入れ、あるいは定借になりました。在庫調整も品揃えもベンダー側のさじ加減、従来型の「問屋の御用聞き」は不要です。でも不思議なことに依然営業職は従来通りたくさん配属されています。営業職っていまも従来通り必要なんでしょうか。そもそも営業職は何をする職種なのでしょう。取引が消化仕入れや定借になったいま、これまでのような業務は必要ありません。

委託取引がほとんどだった時代、アパレル業界では営業職が花形だったでしょう。営業職の能力とフットワークが売上を大きく左右しました。しかし、消化や定借が大半の世の中では、売上を左右するのは販売現場のスタッフではないでしょうか。その能力、スキル、お客様との信頼関係次第で売上は大きく違います。お客様の動向や趣味嗜好を知る販売職になるべく発注権を与え、マーチャンダイジングや発注スキルを訓練し、処遇改善に取り組む時代ではないかと思います。

一方、百貨店にバイヤーはいまも必要な職種なんでしょうか。自主編集、自主販売、あるいは買取の単品アイテム売場には仕入れを担当するバイヤーはこれまで通り必要ですが、消化や定借の売場にバイヤーは必要かどうか....。商品を発注しない者がバイヤーを名乗ること自体おかしなことです。ブランドとの出退店交渉はバイヤーでなく店の管理職がやれば済むこと、バイヤー本来の仕事ではありません。

かつて小売業の花形職種はバイヤーでした。でも、それは仕入れを采配するからであって、商品構成はベンダーが担う時代に仕入れないバイヤーなんて必要とは思えません。昔からバイヤー職があるから依然バイヤーなる役職を置いているだけ、本当は(一部を除き)もういらないポストではないでしょうか。今後どんどん定借型ビジネスに移行すれば、小売店の担当者は不動産業の営業職同然、バイヤーではありません。

高度成長期は委託取引で売場をどんどん囲い込む有力企業が重宝されました。でも、取引形態もビジネスモデルも大きく変わり、ブランド力のあるベンダーが重宝され、定借の直営店化は今後もっと進みます。従来の営業職やバイヤー職の人員を大幅にカットし、実際に売上を大きく左右する部署(オンラインもその一つ)あるいはブランド力を上げるクリエーション部門、もしくは企業の社会貢献を担う部署をもっと強化すべき時代ではないでしょうか。

個人的には、クリエーション醸成のためのものづくり人材と発注スキルのある販売人材の育成、全国の店頭にスムーズに商品を届ける物流システムの強化、ベンダー側は経営資源を集中させるべきではと思います。百貨店であれば、自主開発商品の比率を増やしてバイヤーにしっかり発注業務をさせるか、それとも逆に売場人員を減らし不動産業に徹するのかのどちらか、中途半端が一番良くないでしょうね。






Last updated  2020.01.18 00:04:49
2020.01.14
ファーストコレクション以来8年間ずっと日本の伝統美を現代の衣生活に注入してきたmatohuのデザイナー堀畑浩之さんと関口真希子さん、その展覧会「日本の眼」に行ってきました。お邪魔したときちょうどお二人のトークショーでした。伝統美のいろんな要素の中から、何に注目し、それをどう解釈して現代衣服に反映させ、これまでコレクションをつくってきたのか、お話を伺ってよく理解できました。





いわゆるファッショントレンドに左右されず、ひたすら日本の伝統美を深掘りして自分たち独自のコレクションをつくるmatohu、しかも全国の織物産地の職人さんたちと共に丁寧な仕事をしている。その姿勢がなんと言っても素晴らしいです。現在も展覧会開催中のミナペルホネン皆川明さんとは異なる世界観ですが、職人さんたちの制作する布に注ぐ愛情は皆川さんと同じようなものを感じます。



数シーズン前のコレクションでこんなことがありました。ショー終了後、デザイナーのインタビューのため楽屋へ急ぐ新聞記者にひとつ頼みごとをしました。コレクションの素材、もしかして◯◯さん(元テキスタイルメーカー社長)が作っているか本人たちに訊いてみて、と。
◯◯さんは既に廃業、もう素材づくりはしていないはずなんですが、どう見たっていくつかは彼の工場が織ったとしか思えなかったからです。

◯◯さんが廃業を決心なさったとき、私は直接電話をもらいました。廃業の理由を伺ったとき、「若いデザイナーに◯◯さんの生地は値段が高いのでもっと安くしてくれと言われましてね」とひどく落胆なさってました。若いデザイナー(ブランドデザイナー本人なのか、それともアシスタントなのかは不明)にものづくりのことよりも値段のことを先に持ち出され、手間暇かけて一生懸命ものづくりして貢献してきた◯◯さんはショックを受け、廃業を決断したそうです。

数時間後、質問を託した新聞記者さんからメールが届きました。答えは私の予想通り、廃業した
◯◯さんが特別に織機を動かしてmatohuのために制作したものでした。廃業した◯◯さんを再びその気にさせる何かがmatohuの二人にはあったということでしょう。

私の勝手な見立てですが、matohuのものづくりに一本筋が通っているから、そして彼らの意図が非常に明確だから、一徹な◯◯さんは再び織機に向かったのでしょう。職人魂を揺り動かすクリエーションと人間性、デザイナーにとって最も重要なことだと思います。

「日本の眼」展、展示作品数は多くありませんが、matohuの世界観、デザイナーの人間性がよくわかります。
会場は南青山スパイラルビル1階、入場無料。1月22日まで開催。まだご覧になっていない方はぜひ。







Last updated  2020.01.18 16:25:22
2020.01.07
謹賀新年
あけましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます


数年前、友人から紹介された建築家の平沼孝啓さんに誘われ、平沼さんや建築家の藤本壮介さんらが主宰するNPO法人AAF(アートアンドアーキテクトフェスタ)と関わることになりました。建築の門外漢である私ですが、同法人が運営する「建築学生」(全国の大学生が比叡山延暦寺や伊勢神宮など伝統ある場所で合宿してデザインを考案発表するワークショップ)の講評者の一人になっております。

そのご縁で、今月23日と24日の夕刻、大阪で開催されるAAF連続トークイベント「ファッション・テキスタイルデザイナー編」でデザイナーの対談相手を務めることになりました。

23日に登壇するのは、長年BAO BAO ISSEY MIYAKEに携わった松村光デザイナーです。彼はかつて私が主宰していた私塾「月曜会」のメンバーであり、10年間私の部下でもありました。あの三角形バッグ誕生のヒントとなったスペインのビルバオ・グッゲンハイム美術館の建物(フランク・O・ゲイリー氏設計)を観る目的のため、二人でビルバオに出張したこともあります。現在はイッセイミヤケから独立、(株)ヒカルマツムラデザインを設立し、52 BY HIKARUMATSUMURAやTOMOEのバッグデザインなどを手がけています。


(松村光デザイナー)


24日はWrittenafterwardsのデザイナーであり、ユニークなデザイン塾ここのがっこう代表でもある山縣良和デザイナー。ロンドンのセントマーチンズ美術大学を卒業後、彼と仲間数名が私のオフィスを訪ねてきました。私がJFW(日本ファッションウイーク推進機構)の理事として若手デザイナー支援に力を入れていたので、日本デビューの相談でした。

そのとき私は「普通のファッションショーではなく、面白いインスタレーションを企画してはどうか。資金はJFWが用意する」と彼らにハッパをかけ、「ヨーロッパで出会った新人たち展」を一週間開催しました。MIKIO SAKABE(坂部三樹郎さん)、AKIRANAKA(中章さん)、TARO HORIUCHI(堀内太郎さん)らと共に山縣さんはこのイベントから巣立っていきました。

その後デザイン活動を続ける一方、山縣さんは寺子屋形式のデザイン塾を開いて多くの若者たちを育ててきました。また、渋谷パルコを会場に「絶命展」なる若者たちの自由奔放なプレゼンテーションを主導するなど、次世代デザイナーの育成、支援でも注目されています。


(山縣良和デザイナー)

セミナーでは、対談と言うよりも私がインタビュアーとなって両デザイナーの創作理念や現在の活動、将来展望などをお聞きしようと思います。建築関係の若者のみならず、関西方面でファッションデザインを学ぶ若い方たちにも参加していだだきたいです。概要は以下の通り、ぜひご参加を。


◉日時 1月23日(木)24日(金)とも
    開場午後6時半、開演午後7時、午後8時半終了

◉会場 平沼孝啓建築研究所  
             大阪市西区南堀江2−9−14 4階

◉参加費 千円

◉定員 60名

◉申込 アートアンドアーキテクトフェスタ
    06-4390-7056    info@aaf.ac

席数に限りがあるので、当日会場エントランスで整理券が配られ、先着順に着席だそうです。
なお、1月30日(木)にはアーチストの名和晃平さん、31日(金)にはアーチストの宮永愛子さんが美術評論家で元森美術館館長の南條史生さんと対談します。こちらも定員は同じです。






Last updated  2020.01.08 00:21:00
2019.12.26
2019年、いろんなことがありました。
1年を振り返ると....。

何と言ってもネット通販に主導権を奪われ、小売業とそのベンダーには厳しい淘汰の年でした。かつてインキュベーションストアとして多くの新人や若手デザイナーを世に送り出した米国HENRI BENDELの閉鎖から今年は始まりました。その後、3年ほど前に旧ワールドトレードセンター跡の再開発エリアにオープンしたばかりのSAKS FIFTH AVENUE新店が閉店。そして五番街で営業してきた老舗百貨店LORD & TAYLOR本店もついに閉店でした。

衝撃だったのはBARNEYS NEW YORKの2度目のチャプター11(倒産申請)。全米のBARNEYSの店舗は消滅することになりました。ニューヨークに住んでいた頃お手伝いした店、個人的には大変ショッキングな出来事でした。さらに、ファストファッションの台頭と共に成長したFOREVER XXIの倒産。生活価値観が大きく変わり、使い捨て消費からものを捨てないサステイナブルな消費への大転換の年でした。


(全店閉鎖後のHENRI BENDELのサイト)

(倒産後のFOREVER XXIの日本語サイト)


今秋ニューヨーク視察したときに目にした百貨店の人影のなさ、リアル店舗は消費者にもう必要とされていないってことでしょうかね。化粧品フロア改装で大失敗したSAKS本店を筆頭に、ニューヨークに初出店したばかりのNEIMAN MARCUS、かつて世界の百貨店業界を牽引したBLOOMINGDALES本店もガラガラ、全米で最もラグジュアリーなBERGDORF GOODMANでさえも2階特選婦人靴売場を除けば閑古鳥状態。お客様のいないお店を回っていると元気が出なくなります。日本もいずれこうなるでしょう。

店舗の規模は決して大きくありませんが、ネットビジネスでファンを広げたEVERLANEのニューヨーク店ではちょっと安心、「やり方次第ではまだやれる」と思いました。昨年サンフランシスコ店でも感じたことですが、多くのお客様が楽しそうに服を買っている。正直ホッとします。

全商品の素材と付属の原価、縫製工賃、運送量、関税をネットで情報公開し、しかも生産拠点の画像や映像も公開して消費者の信頼を得ているファッション企業は消費者に評価されている。これからのファッションビジネスのあり方に大きなヒントがあります。

百貨店にさっぱり人影はない一方、EATALYの賑わいは今年も凄かった。ここで販売している食料品はこだわりのものばかり、決して値段は安くはありません。「美と健康」を強く意識する一定以上の所得があるアメリカ人にはとても魅力的。食料品をBUY(買う)、そこでEAT(食べる)、調理方法やワイン選びをLEARN(学ぶ)、つまりEATALYはただモノを並べて販売しているだけではありません。コトもトキもお客様に提供しています。今後リアル店舗が生き残るためにやらねばならないことを示唆してる、と改めて感じました。

日本でも百貨店を含む大型商業施設の淘汰が進んでいます。大手のベンダーにとって、ひとつの館が閉鎖されると一気に十数ショップ閉じることになり、そこで働いてきた販売スタッフは行き場がなくなります。閉鎖店舗が地方で急増した1年でしたから、一気に数百人の販売スタッフを整理しなくてはならない、ベンダー側には厳しい年でした。が、それは来年もさらに増えるでしょうし、場合によっては都心部の館でも閉館は増えるかもしれません。

百貨店との取引が多いベンダーには、この先百貨店とどう向き合うのか、真剣に考えねばならない時期に来ました。私はかつてベンダー側の社長になったとき、幹部社員に「脱百貨店」を宣言しました。これは百貨店との取引をやめるという意味ではありません。もちろん、直営店を増やすという意味もありましたが、百貨店に主導権がある取引からの脱却しか生き残る道はない、と。なので曖昧な「委託取引」条件の店舗を時間をかけて全てやめ、不採算店はスクラップしました。時代は大きく変わったのです、お互い馴れ合い関係はやめるしかありません。


今年、松屋は創業150年周年、感慨深い年でした。山梨県から生糸を横浜港に運んでいた創業者が横浜で呉服店「鶴屋」として開業。その後東京神田の「松屋」を傘下におさめ、ロゴマークは「鶴」、社名は「松屋」として受け継がれてきました。上場企業ながら依然創業一族が経営をしている百貨店、いまではかなり少なくなりました。NHKニュース「おはよう日本」が注目して取材したのはこの点でした。

松屋にも試練は何度もありました。戦前神田の大火事で焼け出され、太平洋戦争では店舗が爆撃され、戦後銀座店はGHQに占領されて営業が許されず、復活してからは政商に乗っ取られそうになって防戦、危うく破綻しそうになりました。何度も危機的状況を乗り越えて今日があります。変化の激しい世の中、企業が長く続けられるかどうかはマネジメントの采配次第でしょう。自分も改革をお手伝いした会社、創業150周年は本当に嬉しかったですね。


デビュー前から見守ってきたミナペルホネンのデザイナー皆川明さん(写真・右)と久しぶりに会食しました。なかなか機会を作れずにいましたが、やっと先日実現しました。ミナペルホネン/皆川明 つづく展」(東京都現代美術館で2月16日まで開催)の慰労会のつもりで仲間共々お誘いしました。作り手の思いがよく伝わる感動的な展覧会、そしてアーカイブのショー形式のプレゼンも素晴らしかった。彼が注いできた職人さんたちへの愛情、デザイナー予備軍にはぜひ見習って欲しい。

今年も多くの友人知人の訃報が届きました。私の育ての親でもある大恩人、パリ出張のたびグルメ紀行に付き合ってくれたパリのジャーナリスト、世界のトップブランドに素材提供するまで家業を伸ばした素材メーカーの社長、セミナーで日本招聘したことがある米国専門紙の元編集長....。みなさんのご冥福をお祈りします。

2020年は東京オリンピック開催。でも市場環境は激変、変化のスピードはこれまでとはかなり違います。オリンピックに浮かれていると痛い目に、気を引き締めて行きましょう。どうかよいお年を。






Last updated  2019.12.26 17:41:00
2019.12.25
ここへきてファッションの世界でもサステナビリティーへの関心が急浮上しています。生地メーカー、ニットメーカーやブランド企業の間で地球環境を重視した持続可能なものづくりが進みつつあります。

今秋シーズンからPRADAは再生ナイロンを使用したバッグの販売を開始、2021年にはナイロン製バッグの全てを再生ナイロンにすると宣言しています。そのPRADA公式WEBサイトを覗くと、ブランドロゴの下の項目トップは「Prada Re-Nylon」、2020年春夏コレクションの紹介よりも先にサステナビリティーの説明なんです。企業の姿勢を強く感じます。「Prada Re-Nylon」欄をクリックすると、再生ナイロンの詳細とこれまでのサステナブル活動の取り組みが時系列に紹介されています。各地でサステナビリティーを考えるセミナーを開催、PRADAなりに啓蒙運動をしてきたことがよくわかります。

ちなみに競合ブランドのWEBサイトをチェックすると、ほとんどは販売商品、ニューコレクションの紹介、オンラインショッピングや店舗所在地の項目ばかり、PRADAとはちょっと様子が違います。いかにPRADAが持続可能なものづくり、地球環境の保全を意識しているかがわかります。













PRADAの再生ナイロンはイタリアの生地メーカーLIMONTA(リモンタ社)のもの。原料は使いものにならなくなった漁網の再利用だそうですが、世界各国の漁業者が廃棄する漁網がそんなにも量があるんでしょうか。プラダが宣言通りナイロン生地を全て再生ナイロンに移行したらとんでもない量になるはず、リモンタ社の供給量は追いつくのでしょうか。個人的にはちょっと疑問を感じますが....。

以前にも書きましたが、プラダは高密度ポリエステルの第一織物(福井県)のロゴをアウターの下げ札に記載し始めるとか。世界的トップブランドが生産者情報を消費者に開示するとは異例のことです。第一織物の生地を使用しているとあえて情報開示するのは、お客様に「品質の高い素材メーカーの生地を使用している」と安心感を提供するためでしょう。

米国のネットアパレルブランドEVERLANEは製造原価の情報も生産工場の実情もすべて消費者に公開していますが、ものづくりの情報を開示することで消費者の信頼を得ようとする動きは今後ますます加速するかもしれません。これまで一流ブランドの生産工場の社名は秘密にされてきましたが、これからは情報開示することが一流の証になるかもしれません。ブランド企業の姿勢、大きく変わりそうな予感がします。






Last updated  2019.12.25 13:57:07
2019.12.24
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Season's Greetings

Wishing you all the peace and joy in this Holiday Season.





今年はいろんな倒産、店舗閉鎖、ブランド廃止がありました。
今秋NYに行ったとき、高級百貨店に人影はほとんどなし。
五番街、マジソン街、SOHOやミートパッキングは空き店舗だらけ。
でも、物件の家賃は一向に下がらない。
米国株価は上昇のまま。
景気が良いのか悪いのか、さっぱりわかりません。

日本も消費税が上がり、いよいよ二桁時代に。
年金制度の問題から定年を遅らせる構想が浮上。
先進国の中で日本だけ給料が上がっていないという報道も。
働き方改革とは言っても、なかなか変わりませんね。
日韓関係の悪化はあれど、インバウンドは今年も増えました。
インバウンド消費がなければ日本はかなり苦しい。

百貨店の地方店はどんどん閉鎖されます。
商品供給してきたベンダーは一気にショップが消滅。
当然ながらそこで働くスタッフを維持できません。
都心店でもインバウンド効果のないところは厳しい。
海外ブランドも淘汰の時代、日本撤退は増えます。
市場の二極化はさらに進み、格差ははっきり。

これから日本でも倒産、店舗閉鎖、ブランド廃止が増えそう。
ネットショッピングの競争はかなり激化、淘汰も始まります。
ネットでは「小売店 VS ベンダー」ガチンコ勝負時代に。
「昨日の友は今日の敵」、これは時間の問題です。
リアルとネットを結ぶビジネス、そう簡単ではありません。
リスクを負わない仕組みの中でオムニチャネル化は無理。

この先、改革できない企業には消滅しかありません。
ビジネスモデルを変える?、簡単じゃないですから。
オリンピックが終わったら日本は一気に下降線、は明白。
でも、改革できた企業やブランドのみさらに発展。
改革断行して激動の時代を乗り切るか。
改革できずにドボンするか。
いまこそ経営者のリーダーシップが重要ですね。

みなさん、穏やかなクリスマスを。






Last updated  2019.12.25 13:45:46
2019.12.23
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(銀座2丁目交差点のブルガリ旗艦店)


クリスマス直前、都心のショッピングエリアはどこもLED照明の装飾で眩しいくらいです。今秋に消費税が10%にアップ、果たしてクリスマス商戦にその影響は出ているのか、それともほとんど影響はないのか、締めてみないとわかりません。週末、店頭スタッフに聞いたところでは、思ったほどの影響はないようで、前年比20%増で推移しているという元気なブランドもありました。
今日の本題はクリスマス商戦のことではありません。ぜひ読んで欲しいインタビュー記事のこと。WWDジャパン紙のインタビュー記事、ちょっと感動しました。

LVMHグループにティファニーが買収される寸前、ティファニーの取締役を退任したフランチェスコ・トラーパニさん。数年前LVMHグループに買収されたブルガリの創業者のひ孫であり元ブルガリCEO(最高経営責任者)、そして買収した側のLVMHウォッチ&ジュエリー部門のCEOも務めた人です。インタビューでは、買収寸前のティファニー取締役退任の理由やLVMHグループ買収のメリットなどに答えていますが、この記事の中で最も注目したいのは「ラグジュアリーとは何なのだろうか」に対する彼のコメントです。以下、数行だけ抜粋します。

<<では、ラグジュアリーとは何なのだろうか。同氏は、「財力があれば、高価な物を買うのは簡単だ。問題はハイエンドなサービスを受けられるかどうかだろう。ラグジュアリーブランドにとって、サービスは非常に重要なものだ。製品の質を管理することはさほど難しくないが、ブランドにふさわしいレベルのサービスを提供することは難しい。だからこそ、ラグジュアリーブランドは販売員のトレーニングに多大な投資をする」と語った。>​​>




トラーパニさんの言葉、「ラグジュアリーブランドは販売員のトレーニングに多大な投資をする」に共感です。ブランド価値を上げ、それを保ち続けるには店頭スタッフの人材育成が欠かせない、そのために多大な投資をする。当たり前のことなんですが、日本の場合そんなことをしているファッション系企業はほとんどありませんよね。

このブログでもずっと言い続けていることなんですが、お客様に日々接する販売スタッフの教育をしっかり行い、スタッフにプロ意識が持てるようにしなければ売上は上がりません。ちゃんとした育成プログラムを作って人材を育てる、同時に彼らがプロとしてのプライドを持って仕事できるように処遇の改善もする(日本は待遇が悪すぎます)、この2点を抜きにしてブランドビジネスは発展しない、ブランドの格は絶対に上がらないのです。

入社する販売スタッフにはお客様との会話の注意事項と商品のおたたみの指導があるくらいで、あとは現場で「先輩の背中を見て学べ」、つまり名ばかりのOJTが日本ではほとんどでしょう。お客様をしっかりマーケティングすることも商品知識を身に付けることもありませんし、私の経験では「定数定量」なんて言葉まず聞いたことないのが実態です。これはスタッフの問題ではなく、会社側の責任でしょう。

販売現場の人材育成と処遇改善を本気でやらなければ、人口減少の世の中ですから販売員のなり手はいなくなりますし、いいスタッフがいてもトラーパニさんのような経営者がいる外資系ブランドに引き抜かれるだけ、これじゃ売上アップなんて期待できません。

ファッション流通業界の幹部のみなさんにはこのWWDジャパン紙のインタビュー記事を読み、手遅れにならないうちに販売現場の改革を早急に取り組んで欲しいですね。







Last updated  2019.12.24 11:08:19
2019.12.21
国民のほとんどがキリスト教徒でもないのに、バレンタインだクリスマスだと騒ぐのはどうなんだろう、その時期が来るたびに思います。親しい人や家族にプレゼントを贈ること自体は悪いことではないし、消費を盛り上げるにはもってこいの行事なんでしょうが....。

クリスマス時期になるとパーティー需要でドレスのニーズが高くなるという定説、これにもずっと違和感がありました。年末、おめかししてクリスマスパーティーに出かける女性って日本でそんなにいっぱいいるんだろうか、ずっと疑問でした。少なくとも私の周囲にそんな人はほとんでいません。

クリスマスが近づくとファッションフロアのVPマネキンのまわりに赤、緑、金、銀色で作ったクリスマス装飾を毎年並べるブランドが少なくありません。これにも、効果はあるんだろうか、ほかの方法もあるだろうにとずっと疑問を感じてきました。悪いとは言いませんが、本当に効果テキメンなんだろうか。そんなことよりも、VPマネキンでお客様に訴求する服の着せ方そのものにもっと工夫が欲しい。軒先のマネキン左右2体になんの脈絡もない安易な着せ方があまりに多過ぎますから。

(基本を守っているVPの一例)

先日ある教育機関のセミナーで、事務局スタッフから「VMDをやってくれるところはないでしょうかと相談されるんです」と聞いたので、どんな流通企業が頼んでくるのかと思ったら、国内の某ブランドから斡旋依頼があるとか。自社に知見のある人材が育っていないなら外注は仕方ありませんが、社名を聞いて驚きました。社内でキチンと組み立てができない会社とは思えないからびっくり。

今朝、国内外数十店舗を有する伸び盛りの雑貨ブランド経営者Yさんから久しぶりにメールをいただきました。Yさんは自社のVMDを強化したいと社内研修を相談した相手がたまたま私の元部下、とメールにありました。元部下のHくんは売上をアップさせられる店長という触れ込みで私が所属する企業に入社しましたが、そのセンスを見込んでVMDを統括する本社スタッフに抜擢しました。

その後、外資ラグジュアリーブランド日本法人でVMD担当としてさらに経験を積み、VMDの指導コンサルをする会社を起業。ときどき専門メディアと組んでセミナーもしているようです。「彼はセンス良く、粘り強く仕事をする貴重な人材です」とYさんには太鼓判の返信をしました。Yさんの会社をHくんがサポートしてあげれば、店頭はもっと生き生きした表情を見せるはず、貢献して欲しいですね。

このクリスマス商戦、売場を回っていてつくづく思うのは、どうしてこんなにVPがどのブランドも滅茶苦茶なんだろう、です。ショップのブランド表記下にセットされるマネキン2体にいったいどんな意味があるのか、どんな効果を狙っているのか、担当している人(それがショップ店長なのか、それとも本社のVP指針を出す人なのか)に質問したい心境。

意味不明で魅力的でもなんでもないマネキンのコーディネーションはかえって逆効果、これじゃマネキンの前でお客様の足は止まらないし、ショップの中に入ってみようという気にはなれないでしょう。そもそもマネキンを飾るのはなんのため、どんな見せ方がベスト(あるいはベター)なのか、ちゃんと基本を勉強して欲しい。

消費税がアップして世間一般財布のひもは固くなっているのに、店頭表現に創意工夫がないとファッション商品は売れません。せっかく素敵な商品を作って店頭に並べても、見せ方が悪ければ消費には結び付かない。そのことをアパレルの経営幹部はもっと意識し、早急に改善しなきゃ。自社でできる人材がいないなら本当にVMDを理解している外部に委託してみませんか。






Last updated  2019.12.21 16:56:09
2019.12.17


24時間営業の小売ビジネスモデルを牽引してきたセブンイレブンをはじめ、コンビニ大手チェーン各社が揺れている。全国津々浦々に広げた店舗網、オーバーストアは明らか。うちの近所の大きな交差点にはファミリーマートが2つ、セブンイレブンが1つ、4つの交差点の角を3店舗のコンビニが占有、ここを通るたびに「3つもいるのかなあ」と思います。

これまで黙ってきたコンビニフランチャイズ店舗のオーナーたち、一斉に声をあげ始めました。24時間営業はもう続けられない、人手不足で肉体的に限界にきている、と。そりゃそうでしょう、アルバイトが集まらなければ自分たちが店頭に立つしかない、しかし休みがほとんどとれずぶっ倒れる寸前まできてしまった。もう休みなしの365日24時間営業は不可能、深夜の営業はやめる、元日営業もやめると言いたくなるのはわかる気がします。

コンビニのスタッフは覚えなければならないこと、やらなければならないことがいっぱい。こまめにデリバリーされてくる商品をその都度ストアの棚に並べるだけでも大変な作業、それに加えておでんの出汁の管理にお弁当の温めサービス、税金や公共料金の支払い受け付けもあれば宅配便荷物の預かりもあり、各種ポイントカードの扱いにも気を配る。コピー機やATMの不具合があればお客さんに説明しなくてはなりません。多種多様な仕事を覚え、それらをこなし、店内掃除もする、その割にはバイト料が格別いいわけではないからなり手がいませんよね。

都内店舗には近年中国人だけでなく、ネパール人やベトナム人アルバイトが増え、日本人学生アルバイトは少なくなりました。これから人口減少が進みますからますますなり手はいませんし、近隣諸国からの外国人だってもうちょっと割りのいい職場に転じます。高齢化するフランチャイズのオーナーたち、人手不足をカバーするには自ら店頭に立つしか道はありませんが、それも限界ギリギリ、廃業を考え始めるオーナーは少なくないでしょう。

(Bergdorf Goodman2階婦人靴売場)

ファッション系流通業でも販売スタッフの不足は深刻です。このところ廃業や閉店する百貨店が増え、そこで職を失った多くの人たちが人手不足を解消できる要員になりそうな感じもしますが、どうやら店舗数が減少しても販売スタッフは慢性的な不足状態のまま、なり手がいません。販売スタッフが確保できなければ退店するしかない、この先人手不足でクローズするブランドショップ数は急上昇します。

米国の歩合制と違い、日本は固定給、しかもその待遇は本社の総合職に比べたらかなり低いのが現状です。バブル期のブランドブームのときから、総合職と販売職の処遇の格差はかなりありましたよね。そもそもこれがおかしい。日々お客様と接する重要な戦力が、どうして本社の事務系の従業員よりも悪い処遇なんでしょう。東京コレクションを運営しているときから私にはとても不思議でした。ここにメスを入れなければ絶対に販売職は不人気となり、出店要請があってもお店を開くことができない、そんな日が必ず来るとあれこれ発信してきました。

だから、自分が経営側になったとき、販売スタッフの教育を重視、彼らにプロ意識を持たせて仕事してもらうことと待遇格差の是正に心血注ぎました。もちろん簡単ではありませんでしたが....。

「自動販売機だってものを売ることは可能なんだ」
「販売職は自動販売機になってはならない」
「マーチャンダイジングの基本を身につけ、プロ意識を持て」
「受動的な販売ではなく、販売計画を立て能動的な販売を心がけて」
「定年までこの仕事を続けてほしい」
こんなセリフを在職中はずっと言い続けました。

かつてはオシャレな商品を身にまとい、ご来店のお客様にはハウスマヌカンのように接する、これがブランドビジネスの流儀でした。顧客分類や商品分類、定数定量管理なんて知識はほとんどありません。どういうお客様に、どのタイミングで、どのような商品を、何と組み合わせてご提案し、想定予算をどれくらい消化できるのかあらかじめ緻密な販売計画を立てる。いわば店頭ビジネスの基本中の基本、これを若い販売スタッフまでもができるようになればものすごい戦力になります。これこそ販売のプロ、徹底して仕事の仕方を教えたら他社とは大きな違いになります。

仕事には刺激が必要です。ある程度処遇も良くなければ長続きしません。全国各地でファッション販売の人材不足が深刻化する根本原因は、企業の姿勢にあります。まず教育プログラムを作り、店頭のスタッフ自ら考え行動する人材を育てる。そして専門職として相応の処遇をする。プロとしての誇りが持てる仕事でなければ長続きしませんし、良い人材は集まりません。

ファッション商品もネットで買える時代、リアル店舗を強化するにはプロの販売スタッフを育てなくてはならないと思います。それなりの処遇をすれば人件費が高騰するじゃないかと反対する人もいるでしょうが、プロ意識の高い販売スタッフが増えれば売上は確実に上がりますし、何よりプロパー消化率は上がるんです。人件費を抑制して低い収益率のままだと人手不足はもっと深刻になります。処遇改善してやる気のある人材を増やして効率を上げる、なぜこう考える経営者が増えないんでしょうね。

人手不足がもっとひどくなる中、店頭最前線の販売スタッフはこれから貴重な存在。どう育て、どう処遇するかを真剣に考え、具体的に行動しないといつまでたっても人手不足は解消しませんし、この先収益は上がりません。販売職問題を放置している会社に未来はないと思います。






Last updated  2019.12.18 11:04:03
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