「自主育休」のススメ。
何日か前のマコ先生の日記で、「使い古された言葉」の話題が出ていて、なるほどなあ、と思いました。実は去年、Kさんのやってるビューティーハニーという集まりのシェアリングに参加したことがあって、0歳児を連れた人が、「仕事をしていない自分と、社会との折り合いがつかない」というようなことを話して、私がそれに対して、まさに言い古された台詞「子育ても大事な仕事」というようなことを言って・・・なんか違うな、とひっかかったまんまだったんだけど、今、またそのことについて考えることができました。たいていの人は、もともと何にももたないまま、結婚して出産して母になってるんじゃないか、と思うんです。専門分野や仕事は持っていても、それ以外のもの(生活の指針というか視点というか)は持っていない。だから、専門も仕事もうっちゃったところで「育児」をすることになると、不安になる。よくいう「社会から取り残された感」にとらわれる。お金を稼いでいることで保たれていた自尊心も失われる。そこで「子育ても大事な仕事」節が出てきやすいと思うのですが、激しく訂正します。子育ても・・・じゃなくて、「雇われなくても、大事な仕事はたくさんある」ということ。その「大事な仕事」が何かは、人それぞれだと思うんです。子育てや家事は夫婦やまわりの人みんなでやればいいので、そうじゃないところで自分の「仕事」(無給でも)を見つけられれば、次につながる。自分で立てる。あと最近「育休って・・・いいかも」という思いが強いです。たまたま先生やら何やらで1年かもうちょっと長い有給を取得中の人達と、一緒に歌ったりなんだりする機会がありましたが、みなさん、子どもに依存していない。産後○年だけは子どもとの時間、というわりきりがあるから、今、この時を楽しんでいるんですね。そして、自分と子どもと家族、仲間だけに留まらない、さらに広いところに向けた仕事のために、会社や学校へ戻っていく。私が会社勤めして妊娠した頃、育休の取得者はまだいませんでした。育休も考えましたが、産前産後合わせて8週・・・という規定に「無理だ」という結論を出しました。夫と母の仕事が忙しいこと、何よりもそこまでの情熱をその仕事に持てなかったこと、が決定打。もし育休が1年以上取れたなら、また別の判断をしていたかもしれません。でも、疑問を持ちながらしていた仕事をやめることができたのは、ラッキーだったです。モモに関わるようになって、二人目出産の時に「自主育休中で~す」なんて言ってたけど、すべてのいわゆる「専業」と呼ばれる母達も「自主育休」宣言してしまえば、子どもに依存したり、何かに依存したり、の日々に陥らなくて済むのかも。乳が離れる頃には、も~たいがいのことはできるから、それまでの準備も兼ねた育休ってことで。出産で仕事を離れた人達は、自主育休中に、ほんとうに自分達に必要なことを見つけて、そういう仕事をしていけばいいのだと思います。もし就職先がなければ、仕事を作り出せばいいんだと思います。むしろ、お父さんが働いてお金を稼いでくれている世帯の人は、利益第一でなくてもいいわけだから、「好きなこと・みんなが必要としていること」をして、ついでにお金も入ってきたり・・・でもいいんだと思います。男性と同等の仕事でたくさんの給料を・・・ということを第一目標にするのは、もう違うと思う(結果的にそうなるのはいいとして)ので、そういう条件をとっぱらえば何でもできますよね。マコ先生や世古先生からいただいた視点を、マメコバチなりに解釈&こねくりまわして、「自主育休」のススメ。としておきます。それでは、実家に線香あげてきま~す!