2729486 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

あけやんの徒然日記

PR

全361件 (361件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 37 >

鉄道

2020年10月15日
XML
テーマ:鉄道(15548)
カテゴリ:鉄道
先月、北海道へ行った際には車なので列車に乗ることはほとんどありませんでした。せいぜい函館市電くらいでしたが、道路沿いで線路を見かけれると何が通るか気にしていました。まぁ、鉄道ファンの端くれとしては、車に乗っていてもそういったところは気になるものなんです(笑)。

 さて、そんな中で車で走っているときにちらっと見えた駅に行ってみることにしたのが、この駅です。



 函館本線の渡島砂原駅です。



 渡島砂原駅は、森駅の函館方面へ4駅行ったところにあります。地図を見ていただくと、函館本線って森駅から二手に分かれているんですが、特急が走るのはこの渡島砂原駅のある路線ではなく、駒ケ岳の西側をまっすぐ下りて大沼公園駅へ向かっていくのですが、森駅から駒ケ岳の東側を通って大沼公園駅へ向かうこの路線は、のんびりとした光景が広がる路線となっています。

 調べてみると、昭和の初めころに渡島海岸鉄道という路線があって、その後国有化された(路線は渡島海岸鉄道とは別)になったようで、路線はその国有化後に現在の形になったようです。渡島砂原駅は、渡島海岸鉄道当時とは場所は違うようですが、その開業当時から存在したとのことです。



 ホームにあがってみると、こんな感じでしっかりと列車を退避することができる対向式ホームとなっていました。ホーム長もあってかつてはそこそこの長さの列車が行き交っていたのでしょうね。



 駅舎はこんな感じ。北海道の駅ならではの金属製の屋根ですね。木造の駅というのも味わいがあっていいものです。



 駅の中はこんな感じで、無人駅になっています。それでもきれいに保たれていますよね。
 この駅は、国道278号線から少しだけ中に入っていまして、駅の周りは住宅地ではなく、集落は海側になっているようです。

 ところで、私が初めて北海道へやってきた1989年の時には、長万部から函館までローカル列車で移動しました。その時にこの通称砂原支線に乗っているはずなんです。たしかそれを狙って計画したと思うのですけど、3両編成のディーゼルカーでのんびりと車窓を眺めていたと思います。そんな旅も今や鉄道の本数が減ったりして簡単にはできなくなったかな・・・。

 話を戻して、写真を写している間に列車が来てくれたらなおよかったのですが、そんなにうまくはいきませんでした。






最終更新日  2020年10月15日 22時34分06秒
コメント(2) | コメントを書く


2020年08月26日
テーマ:ニュース(88018)
カテゴリ:鉄道
​​ JR西日本は26日、近畿エリアの在来線主要区間で深夜帯ダイヤを見直し、来年春のダイヤ改正で最終列車の時間を10~30分程度繰り上げると発表した。午前0時以降を中心に約50本の列車を削減する。線路のメンテナンスを行う保守作業員の労働環境を改善する狙い。具体的な見直し内容は9月に公表する。  JR西によると、「働き方改革」の一環としてのダイヤ見直しはJRグループでは初。東京発の新幹線最終列車との接続は可能な限り確保する。私鉄各社との接続も配慮し、繰り上げの影響を受ける自治体には既に説明しているという。【共同通信から引用】

 新型コロナウィルスのせいもあるかもしれませんが、JR西日本の最終列車の出発時間を繰り上げるとのこと。私が利用している大和路線は、天王寺が030頃に出発するダイヤになっていますから、0時頃に出発するっていうことになるのかもしれませんね。
 まぁ、そんな時間まで残業なんて・・・って思うけど、私の職場は時折そんなとんでもない仕事が舞い込むことがあるからなぁ・・・。でも、逆に今のダイヤだったら、王寺着が1時すぎ。家に戻って寝るのが2時頃で、4時間余り寝たらもう出勤時間だもんな。そう考えれば、最終列車の出発時間が早くなればそれだけ早く帰れるかなってね。もっとも、そんな仕事はしたくないんだけどさ。

 そういえば、私が就職した1986年当時はまだ国鉄だったけど、最終列車って0時前後だったような気がするなぁ・・・。その後景気が良くなって最終列車の時間が繰り下げられたように記憶しているんだけどな。それを元に戻すっていうことなんでしょうな。

 ​






最終更新日  2020年08月26日 23時54分58秒
コメント(2) | コメントを書く
2020年08月06日
テーマ:鉄道(15548)
カテゴリ:鉄道
南海電鉄の車両というと、私が子供のころは「緑色の電車(正確には、緑の濃淡)」=南海本線、「銀色の電車(ステンレス車両)」=南海高野線、というイメージでした。もちろん例外もあるのですが、概ね主力の車両はそんな感じでした。そのステンレスの車両のパイオニアである6000系は1962年に登場、すでに初期製造の車両は50年を経過しているのですが、これまで廃車もなく高野線の主力として活躍してきたのですが、ついに引退の時が迫ってきているようです。



 これが高野線で長らく活躍している6000系、私が子供のころは紺色や黄色のラインなんて入っていませんでした。関空開業に合わせて「南海=緑」というイメージ払しょくのためか、このようなラインが入れられてしまっています。


 6000系の特徴は、南海標準である20mの車体長に片開き4扉というところです。関西の私鉄で片開き4扉を採用しているのは南海だけです。



 扉が開いてしまえば両開きと変わらないかもしれませんが・・・。



 扉単位でみると、結構大きな扉なんですよね。



 あと、窓も特徴があって、関西の私鉄では上から下へ開く窓を採用しているところが多いのですが、6000系は国鉄やJRの車両のように下から上に開く窓となっています。


 6000系同士の連結部分です。
 中間車両として運転台のある車両が入っていると、私は必ずそこに乗っていました。ちょっとした車掌気分だったりとかね。空いているのもこのスペースだったりするのですが、最近はロープが張られて立ち入ることができないみたいですけど・・・。



 ところで、南海の車両って今の新しい車両は採用していませんが、古い車両は車番の数字が浪漫字体なんです。これがまた南海らしいというか、関西の私鉄では見られない特徴です。



 ついでに、6000系は1962年から1969年までの7年間に72両が製造されたわけですが、初期のものの銘板には、写真のように昭和38年といったものもあります。主力で使われている車両の中で、昭和30年代のものが今でも動いている、ということもすごいことです。

 ただ、冒頭にも書きましたが、近々引退が予定されています。その中で一足先に廃車になった2両が静岡県の大井川鉄道へ移籍しているとのこと。奇しくも大井川鉄道には、同じ高野線で活躍していた急行車両の21001系が今でも活躍しているので、大阪から遠く離れたところで再会することになるんですね。






最終更新日  2020年08月06日 22時50分01秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年06月05日
カテゴリ:鉄道
先日、西宮へ行った際に阪急今津線に乗車しました。今津線は何度も乗ったことがあるのですが、今回は途中の阪神国道駅から乗ってみました。



 今津線の歴史ある太い高架橋の下に駅の改札口がありました。



 駅はこんな感じで高架駅です。この道路は国道2号線、今では阪神国道と呼ぶ人は少ないのかな・・・。そういえば、古いニュース映像を見ていた時に、国道43号線のことを第二阪神国道って紹介していたので、かつては国道2号線は阪神国道、国道43号線を第二阪神国道って呼んでいたのでしょうね。



 歩道橋から東の方向を向いています。阪神バスが出発していきましたが、その横に広がる空き地にアサヒビールの工場があったと思います。
 1975年まではこの国道2号線を路面電車(阪神国道線)がありました。その名残で、阪神尼崎からこの国道2号線を経由して神戸税関前までの阪神電鉄バスが運行されていました。通しで利用する客がいたかどうかはわかりませんが、かなり珍しいものだったと思います。



 今津線は、今津~西宮北口と西宮北口~宝塚の2つの路線からなっています。元々は直通の路線だったのですが、1984年に現在の形になりました。そして、1998年からは今津~西宮北口間でワンマン運転されており、6000系3連で運行されています。今津~西宮北口間の途中駅は、この阪神国道駅だけなので問題ないでしょうけどね。

 阪神国道からほどなくして西宮北口に到着。今回乗ってみて気がついたのは、以前だったら西宮北口に到着するときに踏切があったはずなのに、なかったこと。それもそのはず、2010年に阪神国道~西宮北口が高架工事が完成していたのでした。前回に乗ったのは10年以上も前だったのかな、それとも気がつかなかったのか・・・。
 ちなみに、その踏切って確かかつて阪急ブレーブスの本拠地だった西宮球場の西側にあった踏切で、何度か西宮球場へ野球を見に行った際に、気になる存在だったのを覚えています。



 今津~西宮北口間が全線高架となっても、使用する車両を送り込むための路線はこのように残っています。新たに引き直したようにも見えますね。そこにはちゃんと踏切もあります。ここの踏切が降りるのはかなり珍しいのでしょうね。

 ところで、1984年までは今津線は今津~宝塚間が直通運転されていたのですが、この西宮北口駅の構内で平面交差をしていたんですね。路面電車でも珍しいのに、゚大私鉄の阪急が平面交差をしていたというのはかなり珍しいものだったんでしょうね。

 話を戻して、久しぶりに今津線や西宮北口に行くことができて、まだ上の娘が小さかった頃にベビーカーに乗せてここまで来たなぁと懐かしく思い出していました。






最終更新日  2020年06月06日 00時06分09秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年05月26日
テーマ:鉄道(15548)
カテゴリ:鉄道
先日、デリカSWの12ヶ月点検のために西宮へ行きましたが、その際に足を伸ばして阪神武庫川線に乗ってきました。現在、使用されている7861型と7890型が近く引退するということだったので、例によって葬式鉄の連中がやってくる前に行くことにしました。



 この日運行されていたのは、7864+7964の編成でした。かつては本線や西大阪線(現・なんば線)でも活躍していたのですが、今日ではこの武庫川線のみで使用されています。本線や西大阪線で使用されている時には何回も乗っています。



 このうち、7964号に乗車、車内には銘板もありました。
 阪神の車両は、今では川崎重工などで作られていますが、以前は武庫川車両でつくられたものがほとんどでしたね。



 武庫川線では、7890+7990の編成がメインで使われているのですけど、このようにお休みしていました。
 阪神の車両は、この7890型のように車体の裾の方を丸く加工した車両と、1枚目の7861型のように加工していない車両がありました。現在、普通車用として使用されている5001型は前者の方ですが、こんな細かいところで表情が変わるものなんですね。どちらが好みかは人それぞれかもしれませんが、私は加工していないいわゆる経済車の方が好きなんですけどね。



 武庫川線には、あまり撮影ポイントというところがないので「乗車する」ことがメインになってしまいます。武庫川線の途中駅である東鳴尾、洲崎ともにホームが狭いのでホームで撮影するのは難しいし、沿線は住宅地がすごく近いし。よって、この日も終点の武庫川団地前まで乗車しました。
 武庫川団地前もゆったりと写真を写せるようなものではないのですが、なんとかこのように撮影しました。7861型は今では珍しくなった「片開き扉」が特徴です。

 さて、私は1996年7月から約3年間の甲子園在住時に阪神を利用したのでしたが、阪神といえばこのクリーム色にオレンジ色のいわゆる急行色の車両でした。当時最新の車両がステンレス車体の9000系と普通鋼の5500系であまり阪神らしくないと感じたものでしたが、大半は阪神らしい車両が多くてこの日もこの7861型に乗車すると、結婚して縁もゆかりもない甲子園で生活の第一歩を始めたこと、子供が生まれたこと、建物は古かったけど環境が素晴らしかったことなど若かりし日のことを少し思い出しました。






最終更新日  2020年05月26日 22時34分11秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年05月24日
テーマ:鉄道(15548)
カテゴリ:鉄道
​​​​​​​​​​ 緊急事態宣言​は​31日の宣言期限を待たずに全面解除の見通しとなったが、​​コロナ禍​で​時刻表の発売が中止になる珍事が起こった。今日25日発売予定だった「小型全国時刻表」6月号、「​​コンパス時刻表」6月号(ともに交通新聞社)が休刊となった。交通新聞社時刻表編集部の大滝真理さんは「新型コロナウイルスで運行状況が日々変わり、正確な情報提供が難しくなった。休刊は初めて」と話している。​​​​​​
 ネットで時刻も運賃も乗り継ぎも調べられることから、時刻表は大きく部数を減らしているが、鉄道ファンのバイブルであることは変わらず、「小型」「コンパス」とも7万部を発行している。【日刊スポーツから引用】

 近々新型コロナウィルスの緊急事態宣言が解除される見通しになりましたが、影響はまだまだこの先も引きづりそうですね。そんな影響の一つとして、こんなところにも影響がと思って取り上げたのがこの時刻表の話です。
 ところで、みなさんは時刻表を使って任意の出発地から目的地までの時間を調べたり料金を調べることはできますか? 最近はネット検索でするのが普通なので、時刻表を使って調べなくても大したことはないですけどね・・・。私は、鉄道ファンの端くれなので子供の頃からそのようなことは朝飯前で、それは就職してからも何ら問題なくできましたが、同じ部署の先輩職員が苦労しながら調べているのをみると、見かねて私がたちどころに調べたり、もっと効率的なルートを案内したりと鉄分の多い人なら当たり前のことをしていました(苦笑)。

 さて、そんな場面で使用する時刻表。駅のみどりの窓口や旅行会社では常備されていますし、私の職場でも毎月ではないのですが購入していました。それらはいずれも大判と呼ばれる国鉄線(JR線)の全路線・全駅の時刻が詳細に書かれたものですが、本文にある「小型全国時刻表」「コンパス時刻表」というのは、大判よりももっと小型でB6版くらいの大きさだったかな。だから、カバンに入れてもあまり大判ほど邪魔にならないものなんです。ただ、その大きさゆえに全駅の時刻が載っているわけではないので、そこに載っていない駅が目的地だったりするとなかなか大変だったりします・・・。

 そんな小判の時刻表、一時発行休止になるんですね。大判の小型バージョンと思っていたのですが、いろいろと手間がかかるのかな。あとネットで簡単に調べられる世の中になった、というのもあるのかもしれません。大判のものは、前出のとおり駅や旅行会社では必需品でしょうけど、小判は一般の旅行者がユーザーでしょうからね。
 
 そういえば、私は今のようなネットが普及する以前は、ダイヤ改正の際に大判の時刻表を買っていました。そして、旅行するときには重いしかさばるけどそれを持って行っていました。時刻を調べるのは楽だし、どの駅で何分停車するとか、単線区間だったらどの駅で対向待ちをするとか、いろいろ調べることができるし今のネットのように検索する条件とか入れなくても、ページをめくればいいだけですからね。あと、座席に座れない時は、デッキに時刻表をおいてそこに座って座布団替わりにすることもできるし(笑)。
 本文にあったコンパス時刻表は、東北に行った時か九州に行った時に必要に駆られて買いました。大判の時刻表を買っていなかったのと急遽買うにはお金と荷物のスペースがなかったので。ただ、普段の大判の時刻表に慣れている身にしては、手になじむ大きさなんだけど、情報が少なくなっているので使いづらかったかな・・・。

 話をもどして、一時的な休刊ということなのでまた復活するでしょう。根強いニーズがあるようなので、ネット社会になっても使われているのはいいことだと思います。
​​






最終更新日  2020年05月24日 23時22分46秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年04月01日
テーマ:鉄道(15548)
カテゴリ:鉄道
昨日、息子の見送りに大阪空港まで行きました。大阪空港へ行くには、リムジンバスが乗り換えがないし便利なのですが、渋滞の恐れがあることから私はいつも阪急と大阪モノレールを乗り継いで向かっています。今回もそのルートで行きました。

 さて、その帰りも大阪モノレールと阪急を乗り継いだわけですが、阪急梅田駅に着いてから乗ってきた車両をよくみるとちょっと懐かしいものがあったので写真を撮りました。



 これが蛍池から梅田まで乗ってきた8000系です。(行き先表示は折り返し運転のために、雲雀丘花屋敷行きになっていますが)。なにが懐かしいかというと、先頭車両のところに・・・



 昔の阪急の車両に取り付けられていた「H」のマークがありました。「Hankyu」の頭文字ですね。



 拡大するとこんな感じ。スピード感のある表記ですね。
 私はあまり阪急を利用することはなかったのですが、阪急といえばこのマークって覚えていました。ただ、私が就職した1986年頃は見かけることは少なくなっていたような・・・。



 ところで、阪急の車両には車体中央部にこのマークが入っておりました。私にとっては「H」マークもそうなのですが、このマークは現在のマークに代わるまで長らく使われていたのでこちらのマークもよく覚えています。
 このマーク、よく見ると大阪市の市章と神戸市の市章が中央に重なっていて、その外側に京都市の市章をイメージしたかのようなマークが組み合わさっているのがお分かりいただけるかと思います。阪急は今では「阪急電鉄」という会社名ですが、その昔は「阪神急行電鉄」、さらに今の京都線(かつては新京阪)を傘下に収めて「京阪神急行電鉄」と社名が変わっていていますが、いずれも通称が阪急だったんですね。

 話を戻して、「H」マークと旧のマークが取り付けられているのは、とりあえず見かけた中ではこの8000系の8004の編成だけのようでした。






最終更新日  2020年04月01日 23時51分09秒
コメント(0) | コメントを書く
2020年02月17日
テーマ:鉄道(15548)
カテゴリ:鉄道
函館から札幌へは特急「スーパー北斗13号」で向かいました。



 JR北海道のキハ261系です。
 函館から特急で移動するのは初めてです。青函連絡船があった当時だったら、ここから札幌、釧路や旭川を経由して網走へ特急が運転されていたし、急行も同じ区間や稚内などへも運転されていたでしょうけど、今ではそんな面影はありません。



 当日の切符です。
 JR北海道の区間の利用ですが、購入したのは地元の王寺駅。だから、切符の地模様はJR西日本仕用となっています。
 
 さて、北海道新幹線との接続駅である新北見北斗駅で新幹線からの乗り継ぎ客で車内はいっぱいとなりましたが、私の隣の席は札幌まで空いたままでした。札幌着は1753、函館から4時間もかかりました。車両は良くなってスピードアップされていますが、それでも4時間もかかるんですね。北海道って広いです。



 ところで、函館駅には函館本線の起点となる0キロポストが駅構内にありました。



 札幌市内では、札幌市電に乗車しました。写真の255は1961年に登場した車両で、昔の札幌市電の標準的な表情の車両です。古い吊り掛けモーターを響かせながら走っていました。



 この写真は3303号、1999年にさらに古い車両の車体などを更新して製造されたもので、車体は新しいが音は古い吊り掛けモーターでした。札幌市電には新しい車両もあるのですが、私は鈍重な音を響かせて走る車両が好きです。

 ところで、この3303号の正面の行き先表示をみていただくと、「循環」とかかれていますね。普通は行き先が書いてあるはずなのに、循環行きなのか?
 そうではなくて、札幌市電は路面電車では珍しい循環運転をしているんです。要するに大阪環状線や山手線のように「外回り」「内回り」というイメージですね。元々はそんなことはしていなかったのですが、2015年にすすきのと西四丁目の間を接続して循環運転ができるようにしたんですね。すすきのと西四丁目が近かったこともあるんでしょうけど、循環運転するようになって利用客数が増えているとか・・・。






最終更新日  2020年02月17日 21時53分08秒
コメント(0) | コメントを書く
2019年12月27日
テーマ:鉄道(15548)
カテゴリ:鉄道
今回の金沢・七尾への旅の最大の目的は、415系800番台と413系が置き換えられる前の普段の状況を撮影して乗り鉄すること。来年秋から順次置き換えられるとのことですから、タイミング的には寒くて天気がすっきりしないこの時期だったら最適かと思っていくことにしました。



 この写真は、113系改造の415系800番台。種車は阪和線や大和路線などで使われていた113系ですから、私が阪和線ユーザーだった時に乗車した車両も含まれています。赤い色が褪せてしまったり、錆こぶが目立つ車両もあって痛々しいのです・・・。(本津幡駅にて)



 この写真は、413系。足回りは北陸本線で急行列車として使われていた車両の車体を載せ替えたものです。急行列車当時の外観は失われてしまいましたが、足回りは急行車両当時のままなので前出の415系800番台と比べると格段にいいのです。ただ、塗装はこのように褪せてしまっているものも多かったりします。
 ちなみに、写真のクモハ413-101他の編成は、1形式しか製造されなかった473系を改造したものです。(横山駅にて)



 でも、中にはこのように色を塗り替えられた車両もあります。本来はこんな色なんですよ。赤系統の色ってどうしても褪せやすいですよね・・・。(本津幡駅にて)



 これらの編成は、3両編成で使われることが多いのですが、このように6両編成で使われることもあります。(千路~金丸間にて)




 七尾線で使われている415系800番台や413系の中で変わり種は、片開き2扉という急行型電車の面影を残すクハ455ー701とー702。写真は702ですが、今回は両方の車両に乗車することができました。



 車内は残念ながら一部はロングシートが配置されてしまっていますが、車体中央には急行当時のボックスシートが残されていて、ここに座るとかつての急行列車に乗っているような感じになります。七尾線は駅間が長いところが多いし、結構飛ばすんですよね・・・。



 青春18きっぷ利用であったので限られた時間でしたが、それでも何度も乗ることができたし、写真も撮ることができました。変な鉄道マニアを見かけることもなく、もちろんのことですがほかの利用客の迷惑にならないようにしながら写真を撮っていました。
 
 ちなみに、左の車両がクハ455-701で思いがけなくやってきたので、本来の予定になかったのですが、写真の本津幡から横山まで乗車しました。おかげでそのあとの予定が若干ずれてしまいましたが・・・。






最終更新日  2019年12月27日 22時58分13秒
コメント(0) | コメントを書く
2019年12月25日
テーマ:鉄道(15548)
カテゴリ:鉄道
先日の東京・伊豆への往復は、青春18きっぷを利用したのはこれまでにも書いていますが、その時に見かけた車両を紹介します。関西住まいの私にとっては、あまり馴染みのない車両ばかりですが・・・。



 特急「踊り子」号に使われている185系です。1981年から登場した車両で、特急車両でありながら当時の急行型車両をベースにしたような車両になっています。登場当初もあまり人気があるように思えましたが、「踊り子」のみならず東京から群馬方面への特急にも使われていました。



 この185系も近々置き換えられるそうです。乗ったことがなかったのですけど、何かの機会に乗れたらいいなぁってね。



 同じ伊豆方面への特急では、この特徴的な251系もあります。「スーパービュー踊り子」号として使われています。パッと見では「イモムシみたい」って思ったんですけど、かなりインパクトのある車両ですよね。



 サイドからみても天井まで回り込んだ窓が特徴です。
 ただ、写真からもわかるように結構汚れているし、傷んでいました・・・。



 先ほどの185系の「踊り子」同様、この251系も置き換えられるとのことです。



 伊豆急行では、2100系のリゾート21が普通列車で使われていました。特別な料金も不要なようで、伊豆の海を見ながら乗車することができるんですね。車内も海沿いを見ることができるような配置になっていました。
 この車両も、残念ながら乗ることはできませんでした。もっとも、終点まで乗るつもりでないともったいないですけどね・・・。






最終更新日  2019年12月25日 21時57分55秒
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全361件 (361件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 37 >


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.