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さすらいの天才不良文学中年

著作権余話(漱石全集事件)

著作権余話(漱石全集事件)(前編)

 著作権の本を読んでいたら、夏目漱石の死後、「漱石全集事件」というのが昭和21年にあったことを発見した。面白い、ので紹介する。


漱石


 一言でいえば、終戦直後、紙のない時代に、新興出版社である「桜菊書院」と天下の「岩波書店」とが漱石全集の発売を巡って争った事件である。

 岩波は大正2年の創業で、処女出版は漱石の「こころ」であった。その後、数回に渡り漱石全集を刊行していたが、漱石は大正5年に死亡、死後30年経った昭和21年末を持って漱石の著作権保護期間は切れることになった(なお、現在の保護期間は50年)。

 それを機に、ヤミ紙を抱負に持っていた桜菊書院が、翌年1月から「漱石全集」の発売に踏み切ることにしたのである。時節柄、出せば必ず売れる全集である。

 驚いたのは岩波だ。岩波と言えば漱石、漱石と言えば岩波である。岩波は度重なる漱石の出版に基づき出版権を主張したが、出版契約を漱石側と結んでいなかったため、対抗要件がなく、逆に、桜菊書院は漱石側と出版契約を締結していたので問題もない。しかも、岩波側にヤミ紙はないのだ。

 実は、これには訳がある。夏目家の財源は漱石の印税であったが、その印税も同年末には切れる。戦後の混乱期ということもあって、夏目家の生計は楽という訳ではなかったようだ。漱石の遺児夏目伸六氏(随筆家。文芸春秋元社員)の夫人が新橋でバーを開いていた位である。桜菊書院は、その伸六氏を擁して(桜菊書院の小説雑誌の編集長と遇す)出版契約を締結、漱石全集の刊行に踏み切った。

 天下の漱石全集を巡る抗争である。世間は騒いだ。当時の出版界は老舗の岩波を擁護して、新興の桜菊をモラルの欠如と叩いたが、契約書を締結していない岩波に落ち度があったのは明白で、如何ともし難い。ここらあたりは、新興ホリエモン対老舗フジテレビ騒動を想起させる。

 併し、老練の岩波も黙ってはいなかった。著作権保護期間が翌年切れるや、他社から用紙を買い入れ、同年1月から漱石全集を出すことにしたのである。ここに、漱石全集が両社から同時に発行され、「漱石全集対決」の全面戦争が幕を切って落とされたのであった。

 さて、この抗争の行く末であるが、(次回お楽しみというのは止めて)結論を述べると、老舗の岩波に軍配が上がったのだが(岩波の圧勝となった。ホリエモン騒動とは逆の結論である)、この話し、実は、それだけでは終わらなかった(続く)。


著作権余話(漱石全集事件)(後編)

 全面戦争で一敗地にまみれた夏目家も、併し、黙ってはいない。


漱石


 岩波の漱石全集がいくら売れても夏目家には1円もお金が入らないのである。ここで、夏目家は奇策を打つ。長男夏目純一氏が漱石と名のつく全集(漱石全集、文庫、作品集等漱石と名のつくあらゆる名称)の商標登録を特許庁に出願したのである。昭和22年6月のことである。

 さあ、この出願によって、漱石と名のつく全集は事実上一切発行出来なくなり、出願が受理されてしまえば、刊行中の岩波全集も発行が不能となる。

 いやはや、夏目家の執念、恐るべし。これには、世論も沸騰した。漱石の親友の安倍能成氏までが夏目家を非難し、大方の批判も「すでに夏目家は漱石の印税によって十二分に潤っている。著作権が公有になってまで利益を得るのか」と非難轟々、遂には著作権一代説まで登場することになった(火に油を注いでしまった)。

 これに対し、松岡譲氏(漱石の娘、筆子の夫)、久米正夫氏(筆子と譲氏との三角関係で筆子に振られた)、門弟の森田草平氏らは、生活に困れば商標登録は当然と論陣をはったが、多勢に無勢、しかも、生活に困っては何事ぞと世論はさらに夏目家を叩くことになった。溺れる犬は今も昔も叩かれる。

 以上のような世論騒然の昭和23年6月、特許庁審査部は遂に出願却下(夏目家の敗け)とする。

 併し、夏目家はこれを不服として抗告し、執拗に執念を見せる!!が、昭和24年10月、抗告却下(夏目家の負け確定)として、遂にこの事件は終結することになったのである。ジャンジャン!

 要は、(当時は書名の登録は合法であり、「広辞林」や「言海」等は登録済であったが)書名は商標法上、保護すべき利益には該当せず、漱石の作品自体を表す全集とか文庫はその性格上全集等なら当たり前の名称であり、商標にはなり得ないと特許庁が判断したのである(したがって、それが著作とは関係のない漱石石鹸や漱石羊羹なら保護に値することに(理論上は)なる)。

 以上、事件の紆余曲折は別として、著作権法上の結論としてはまともなものとなった。

 いやはや、事実はやはり小説より奇なりである。


死せる漱石、生きるひ孫を走らす

 このブログで夏目漱石を取り上げ、著作権を論じた(「著作権余話(漱石全集事件)」参照)。


漱石全集


 その漱石のひ孫らがこの4月に「一般財団法人 夏目漱石」を設立したのだが、孫らが新設に異議を唱えるという夏目家のお家騒動に発展しているようだ。

 新設財団の代表理事は、夏目漱石のひ孫である夏目一人氏。漱石の次男で随筆家の故夏目伸六氏の孫である。それに反対しているのが、漱石の孫でマンガコラムニストの夏目房之介氏らである。

 漱石財団のホームページによれば、「夏目漱石の偉業を称えるとともに、文芸の復興を図り、豊かな社会の実現に寄与する」と設立目的を示し、事業内容として漱石の人格権や肖像権などの管理、漱石記念館の設立、漱石賞の創設などを挙げていた。

 しかし、夏目房之介氏らの設立反対によって、このホームページは現在削除されているという。

 夏目房之介氏によれば、6月中旬に漱石財団から設立の知らせと協力要請の手紙を受け取ったが、「漱石の著作権は戦後すぐに消滅している。漱石という存在はすでに我が国の共有文化財産であり、その利用に遺族や特定の者が権利を主張し介入すべきでないというのが私の理念」と本人のブログに記したという。

 なるほど、この騒動は夏目房之介氏の方に分があるように思う。それにしても夏目伸六氏の血筋は、どうも懲りないようですなぁ。


本日と明日はお休み

 本日と明日は休日につき、お休みです。


漱石碑


 写真は、神田神保町「お茶の水小学校(旧・錦華小学校)」隣にある夏目漱石碑。

 錦華小学校に通った夏目金之助(漱石)を偲んで、同小学校OBが建立したものです。

 漱石の小説「行人」の主人公は云います。

「自分のしている事が、自分の目的になっていない程苦しい事はない」

 こりゃ、重い言葉ですなぁ。


 月曜日より再開いたしますので、皆様よろしゅうに。


平成21年11月28日(土)


 謎の不良中年 柚木 惇 記す




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