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さすらいの天才不良文学中年

さすらいの天才不良文学中年

南州遺訓 鹿島茂 尾陽雲林菴文庫

勉強の怪

 呉 智英(くれ ともふさ、評論家)が好きである。産経新聞のコラム「断」執筆陣の一人なので、同氏が担当の日を楽しみにしている。


吉田東伍


 その呉氏が11月4日付のコラムで、「学問と勉強」と題し、今騒ぎになっている必修科目の履修漏れを、教育の欺瞞が暴露されたものとして、揶揄していた。

 本日は、同氏がそのコラムの中で紹介していた地理学者「吉田東伍」の話しが白眉の面白さであったので、受売りする。

 吉田東伍は、明治・大正期の大学者で名著「大日本地名辞書」(全8巻。写真)を独力で編纂した。現在でも、この辞書に敵う地名辞典はないそうだ。実際、おいらもこの辞書を行きつけの図書館で見たが、こりゃ凄いゎ。百聞は一読に如かず。地名の研究はその国の文化と歴史の研究でもある。

 さて、この吉田東伍は大先生ではあるのだが、生涯独学の身で、中学を中退している。

 ある人が質問した。
「先生は、何故ちゃんと学校に行かれなかったのですか」

 大先生は答えた。
「そりゃ、君、学問に忙しくて勉強などしている暇はなかったのだよ」

 いやはや、この件(くだり)は大好きだなぁ。教育の欺瞞が衝(つ)かれていて、溜飲が下がる。今も昔も教育のカリキュラムなど、役人のご都合主義で作っているだけなのだ。


  西郷南州遺訓

 西郷南州(隆盛)の遺訓を読んでいたら、思わず唸るものがあった。


西郷南州


「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也。

 此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」(「西郷南州遺訓」15頁、岩波文庫、1939年)

である。

 この文章の後にそういう人物の例として、西郷南州は孟子の云う「王道」を歩む人を挙げている。

「王道」、「覇道」についてはおいらも意見があるので別途項を改めたいと思うが、南州が人を使うときには、まず金で動くかどうかを試したことがこれで分かる。

 人間は、命の次に大切なものは金だと無意識のうちに教えられているのである。金に目がくらむ人間は多い。

 しかし、金で動かない人間も世の中にはいる。その場合は、出世に目がくらむかどうか南州は試したのであろう。立身出世は、昔の男にとっては夢である(今でもそう思っている人は少なくはないだろう)。

 だが、金でも地位でもダメなら、名誉でくすぐったのであろう。勲章が欲しい老人は、いつの世にもいる。

 そうして、それでも云うことを聞かなければ、最後は脅し(命)をかけたのだろうと想像がつく。

 田中角栄が「人たらし」だったことは有名であるが、同じ趣旨のことを云っていたのを何かで読んだ記憶がおいらにはある。

 その角栄でさえ、「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ」人物には手の打ちようがないと嘆くしかないのである。

 しかし、この言葉は、自分の胸に手を当てて真摯に考えなければならぬ重い話しではある。

 おいらは命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人だろうかと。

 さて、あなたは、「始末に困る人」でおありでしょうか。大きなお世話ですか、ハイ。



鹿島茂の講演を聴く(その1)

 神保町にある東京堂書店がリニューアルして「ペイパーバック・カフェ」に変身した。


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 本屋の将来を占う、大変貌ぶりである。だって、本屋とスタバ、いや、カフェが一緒になったのだよん。いわば、ちょっとしたコーヒーを飲みに書店に入るようなものである。


東京堂書店2.jpg

 さて、その東京堂書店が鹿島茂氏の講演会を開催するという。

 鹿島氏はパスカルのパンセ抄訳を上梓したばかりであるし、少し前には国営Eテレビの「100分で名著」でパンセの解説をされていたのである。

 鹿島茂氏。

 不思議な魅力を持った人である。永く共立女子大の教授であったが、最近、明治に移られておられる。仏文学者ではあるが、博覧強記であり、氏のレパートリーは哲学からセックスにまで及ぶ。内容がパンセの講演であれば、これは参加するしかない。

 そういうことで、7月27日(金)夕刻、東京堂書店に出向いた。驚いたのは、書店1階の料金カウンターが行列だったことである。どこで、イベントチケットを買うのだろうと考えていた矢先のことである。氷解した。カウンターに並んでいる客は皆、おいらと同じ講演を聴きに来た連中だったのである。

 おいらも最後列に並び、800円を支払う。ワンドリンク付きなので、カフェコーナーでハーブティを貰い、6階に向かう。

 会場は既にほぼ満席というところか。横に2名、3名、2名で7名が座れ、縦に9列あるので、63名が座れる勘定である。

 見渡すと、男女の比率は5分5分か。若年層と高齢層とでは、やや高齢層が勝つか。

 おいらは前から3列目に座った。後は、鹿島氏の入場を待つだけである(この項続く)。


鹿島茂の講演を聴く(その2)

 氏は、6時5分に入場された。


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 開講一番、1時間の講演時間だとのたまわれる。当日は6時から8時までと聴いていたのだが、7時から質疑が始まり、その後、サイン会の予定なのだろうと納得する。

 氏は、一七世紀のフランス文学が専門ではないと話されながら、パスカルに興味を持ったのは、同じく仏文の大家、河盛好蔵氏と共立女子大で席を同じくされたのが原因だとのたまわれる(鹿島氏は約30年間、共立女子大に在職)。

 河盛好蔵氏。云わずと知れたモラリスト研究の大家である。その昔、「新釈女大学」がベストセラ-になったことでご存知の方も多いはずだ。

 ただ、このモラリストと云う意味は、おいらたちが考える道徳家と云う意味とは根本的に異なる。

 鹿島氏はのたわまれる。日本のモラリストは「お前は悪党だ」と云うが、フランスでは、「お前は悪党だが、おれも悪党だ」となる(らしい)。

 実際、モラリストの代表は、モンテーニュ、ラ・ロシュフコー、パスカルなどで、モラリストたちは「人間とは何か」を探求し続けたのである。そして、それを突き詰めると、最後は悪に行きつくのである。

 そのモラリストの思想を背景に成り立ったのが、バルザックやモーパッサンなどの19世紀のフランス文学である。悪の文学が大輪の花を咲かすのである。

 ここで鹿島氏は、フランスの誇る政治思想家アレクシ・ド・トクヴィルの話しをされるのである。

 お~、何という博識。資本主義陣営と共産主義陣営との冷戦以後は、トクヴィルに真相ありというのが、鹿島氏の持論である。

 トクヴィルによれば、政治の最終形は民主主義であり、そのためには民衆を知らなければならない。その民衆の本質は善よりも悪だと説かれる。

 トクヴィルの著書「アメリカの民主政治」は古典でありながら、今なお民主主義を考える場合に欠かせない教科書と云われる。トクヴィルは大衆の持つ愚劣さを早くから見抜いていたのだ。

 彼の名言。

「民主主義国家は、自分達にふさわしい政府を持つ」

="In every democracy, the people get the government they deserve."

 だから、日本の政治はこの程度なのである。

 さて、超訳ニーチェがベストセラーになったので、文芸春秋からパスカルについても同様の依頼が鹿島氏に話しがきたらしいのだが、氏の連載本数は尋常ではないので、なかなか原稿にならなかったようである。

 しかし、鹿島氏によれば、仏文学者前田陽一氏の訳によるパンセ(中公文庫版)がしっくりこないので(前田氏は今上天皇の語学教育係。フランス語が出来すぎたという)、自ら訳すことを考えられたというのである(この項続く)。


鹿島茂の講演を聴く(その3)

 鹿島氏は、ここからパスカルの話しに移られる。


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 パスカルは法服貴族の下に生まれたのである。フランスアカデミーの一員である。英才教育が行われ、自然科学の分野で天才ぶりを発揮していたが(台風のときのヘクト・パスカルはパスカルの名前そのものである)、パスカルが28歳の時に実父が早世する。

 このため、人間とは何か、神とは何かを徹底的に考え始めるのである。パスカルは社交界にデビューした後も、人間の心の観察をし続けたのである。

 また、この当時、ジャンセニスム(ヤンセン主義=人間の本性は罪である)が台頭していたことも見逃せない。キリスト教や人間の本性の解釈を巡って、フランスの貴族階級でこのジャンセニスムが流行り、パスカルは論争家として頭角を現わすのである。

 ここで、鹿島氏はキリスト教について話し始められる。

 氏のたまわく。

「キリスト教は変な宗教である。

 だって、マリア様が懐胎するのである。大ウソに決まっている。

 だから、キリスト教とは、マリアの懐胎が真実だと仮定することによって始まる宗教である。

 つまり、間違った前提条件が事実だとしたら、それをどう考えるかという宗教であり、間違った前提条件から正しい結論を導くというすさまじい思想なのである」

 という趣旨を述べられるのである。

 う~む、名著「不思議なキリスト教」に近い考えである。

 再び、脱線して今度はアウグスティヌスの「告白」(岩波書店)に話しが移る。

 告白録はアウグスティヌスの自伝だが、デカルト、カント、ニーチェなどにも影響を与えたという恐るべき本である。

 彼の芸術的感性はパーフェクトなのだが、大の女好きで(性欲が強いのである)、快楽が好きだから、どうしたらよいかと悩んだ人生である。告白はその顛末を洗いざらい書いた天下の奇書である。

 しかし、何と云っても彼のすごいところは、キリスト教の啓示を受けて、キリスト教ではこれをどう考えるかと行き着いたところである。そして、彼の結論は、官能大好き人間は神に選ばれし人間だと行き着くのである。

 苦しむ人間ほど神の恩寵(おんちょう)を与えられるのである。精神的に困難な状況にある人ほど神のご加護を受けるというのである(この項続く)。


鹿島茂の講演を聴く(その4=おしまい)

 実は、この考え方がパスカルにも影響を与えるのである。


樹木と蝶.jpg


 パスカルは、社交界がくだらないと思いながらも、何故、人はくだらないことに熱中するのかと問うのである。

 そして、世の中はくだらないことに満ちている、つまりは、全ては気晴らしであると結論付けるのである。

 気晴らしがなくなると、死のことを考えなければならなくなり、だからこそ、人間はくだらないことをする=これこそが大罰であると考えるのである。キリスト教は、罰と恩寵とが背中合わせの宗教であると考えるのである。

 人間の苦しさの原点は、考えることである。それが、天罰であり、恩寵である。

 世の中で一番幸せな人は、貧乏人である。なぜならば、必死で働くからである。考える暇がないのである。実際、中世は人口の95%が農民であったという。だから、ほとんどの人が考える暇はなかったのである。ところが、産業革命で人々に余力が生まれると、人間とは何か、自分とはだれか、何のために生まれてきたのか、生きているのかと考えるようになったのである。

 さて、パスカルの「全ては気晴らし」以外のもう一つの考えが、東海林さだお氏の云う「どーだ理論」だと鹿島氏は述べられるのである。

 東海林氏のマンガに、つまらないことを「どーだ」と云いながら威張っているのがある。この「どーだ」は、俺はすごいだろうという意味であり、つまりは、神に褒められたい=神のためだと鹿島氏は喝破するのである。

 おいらはこれを一歩進めて、「どーだ、まいったか理論」と名付けたい。人間は、所詮、自分のことを自慢したい、しょもない存在なのである。

 パスカルは、この二つを原罪と呼ぶのである。ま、人間は生まれたときから天罰を受けており、百億円の借金を一生かけて返済することが人生なのだというのである。

 最後に。

 最終的にパスカルが考えたのは人間である。

 実は、デカルトもパスカル同様に人間とは何かを考えた二大巨頭のうちの一人である。デカルトは合理的近代的な思考の創始者である。神は存在するかという前提を疑えと説くのである。鹿島氏はここでデカルトの「方法序説」を読むことを勧められるのである。これは万能の書であると。


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 う~む。おいらは思うのである。西洋の思想は、突き詰めていくと最終的には宗教に行きつくのである。恐るべし、キリスト教。

 さて、最後は、鹿島氏のサイン会となって講演会は終了となったのである。メデタシ、メデタシ。

 ところで、鹿島氏の、あの旺盛な知識欲はどこから来るのだろう。まるで日本のバルザックみたいじゃのぅ(この項終り)。


「尾陽雲林菴文庫」って、知ってるかい

「尾陽雲林菴文庫」を知っている人は少ない。


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 おいらは、浮世絵にはまってしまった。物好きも問題である。必然的に春画を調べるようになると、歌麿や北斎にならんで渓斎英泉が好きになってしまった。

 そうこうしているうちに英泉が挿絵を描いている草双紙をみつけたので欲しくなった。まったく蔵書は増えるばかりである。

 さて、今日云いたいことはそのことではない。

 草双紙が好きになると洒落本や滑稽本などに目が移り、珍本に巡り合ったのである。

「志ん作ゑほん柳だる(新作絵本 柳だる)」である(写真上)。

 この本には「新吉原里案内」や「吉原七ふしき」が収録されているのであるが、なぜ珍しいかと云うと、「尾陽雲林菴文庫」の蔵書だったからである。

「尾陽雲林菴文庫」とは、名古屋の素封家で狂歌本、俳書を中心とした軟派雑本の収集家、俳諧狂歌研究者である富田新之助(昭和十九年頃没)の蔵書である。

 富田の蔵印「尾陽雲林菴文庫」が3箇所押されている(表紙と裏表紙のほかに真ん中当たりの頁にも無造作に押されている。本によほど愛着があったんだろうねぇ)。


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 そこで、おいらは富田新之助氏のことを調べ始めたのだが、上に書いたこと以外は何も分からないのである。

 ウエブで検索すると大学の蔵書で尾陽雲林菴文庫であったものを見つけることができるが、それ以上のことは分からない。

 この本はネットオークションで入手したのだが、どういう経緯でネットに出されたかも全く分からない。

 一代で「尾陽雲林菴文庫」を創り上げて散逸させた、名古屋の素封家の富田新之助さん。

 俳諧や狂歌を研究しているうちに狂歌本、俳書などの軟派雑本を収集し始め、誰もが羨む「尾陽雲林菴文庫」が成ったんだろうなぁ。

 しかし、やはり、その蔵書も散逸するしかなかったんだろうなぁ。世は、やはり諸行無常。


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