841386 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

つるを備忘録

PR

カレンダー

日記/記事の投稿

バックナンバー

2019年02月
2019年01月
2018年12月
2018年11月
2018年10月

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カテゴリ

ニューストピックス

2014年04月28日
XML

【鄭昌鉉の金正恩時代の北朝鮮を読み解く】(50)

 北朝鮮は3月9日、金正恩時代になって初めて開催した第13期最高人民会議の代議員選挙によって、総勢687人の代議員を選出した。選挙の結果、約55%となる376人が入れ替わった。これは、1998年の第10期で64%が入れ替わった時よりは少ないが、2003年の第11期の50%第12期の45%よりは多少上回る数字だ。

 それからひと月後の4月9日、北朝鮮は第13期最高人民会議第1回会議を開催、金正恩を国防委員会第1委員長として推戴するなど、国家機関における主な人選を終えた。これに先立ち、北朝鮮は3月17日に金正恩が出席して当中央軍事委員会拡大会議を開いて一部委員を交代させ、4月8日には党中央委員会政治局会議を開いて政治局委員(候補委員の一部をはじめ党の部長と市、道党責任書記の人事を行った。党政治局会議には党中央委員会政治局常務委員、委員、候補委員が出席し、内閣副総理や党中央委員会部長、第1副部長、副部長などが傍聴した。

 北朝鮮が党中央軍事委員会と政治局会議を相次いで開き、党組織を整備して最高人民会議第13期第1回会議で国家機関における人事を実施したことで、名実共に金正恩時代の権力陣容を出発させたと考えられる。特に最高人民会議の選挙結果による人事も、一部だが把握できる。

政治局常務委員と委員の変動

 朝鮮労働党の最高意思決定機関は党大会だ。しかし、1980年の労働党第6回大会が開催されてから、党大会は招集されたことがない。党大会と党大会の間には、党中央委員会がすべての当事業を組織・指導するようになっている。党中央委員会が朝鮮労働党の実質的で核心的な意思決定機関である。党中央委員会は「党の路線と政策、および戦略戦術に関する緊急な問題を討議・決定」するために、党代表者会議を招集できる。これまで党代表者会議は1958年3月と66年10月、2010年9月、13年3月に開催された。

表 党代表者会開催現況
第1回 1958年3月3〜6日(4日間)
人民経済5カ年計画、党の統一と団結強化、党組織問題
第2回 1966年10月5〜12日(8日間)
現在の情勢と党の課業、社会主義経済建設のための当面の課業、組織問題など
第3回 2010年9月28日(1日)
金正日の党総書記再推戴、党規約改正、党中央指導機関選挙(金正恩を党中央軍事委員会副委員長に任命)
第4回 2012年4月11日(1日)
金正日を永遠の党総書記に推戴、金正恩を党第1書記に推戴(党中央軍事委員会兼任)、党規約改正(金日成・金正日主義の唯一指導思想を明文化)、党中央指導機関メンバーの補選、選挙、任命

 党中央委員会は全員会議を6カ月に1回以上、招集するようになっているが、党中央委員会全員会議は1993年12月の第6期全員会議以降、公式に開かれていなかった。ところが、2010年9月と13年3月に開催された。

 党中央委員会は政治局と書記局、検閲委員会で構成されている。政治局は北朝鮮の権力の実質的な最高機関であり、すべての政策の方向性と指導方針を立案する。政治局は常務委員と正委員、候補委員で構成される。1980年労働党第6回大会当時、政治局常務委員として金日成とキム・イル、呉振宇、金正日、イ・ジョンオクなど5人が選出されたが、金正日を除く4人が死亡し、それからの常務委員は金正日のみだった。

 北朝鮮は2010年9月の第3回等代表者会と全員会議で、金正日、金永南、崔永林、趙明録、李英鎬を常務委員に選出した。12年4月の第4回党代表者会では、政治局常務委員に金正恩、金永南最高人民会議常任委員長、崔永林内閣総理、崔龍海人民軍総政治局長、李英鎬人民軍総参謀長(12年7月に解任)が選出されている。

 死亡者が多く、数名だけ残っていた正委員と候補委員も2010年月の会議で補強され、正委員は17人、候補委員は15人選出された。北朝鮮はこれ以外にも党中央委員、同候補委員、党中央軍事委員などを新たに選出している。

 2013年3月31日に開かれた労働党中央委員会全員会議の際に確認された政治局常務委員と委員は、以下の通りだ。

常務委員;金正恩、金永南、崔永林、崔龍海
委  員;張成沢、金慶姫、キム・ジョンガク、パク・ドチュン、キム・ヨンチュン、キム・グクテ、ヤン・ヒョンソプ、リ・ヨンム、姜錫柱、キム・ウオンホン、朴奉珠(補選)
候補委員;呉克烈、金養健、キム・ヨンイル、テ・ジョンス、キム・ピョンへ、ムン・ギョンドク、チュ・ギュチャン、クアク・ボムギ、キム・チャンソプ、リ・ビョンサム、呂斗徹、チョ・ヨンジュン、キム・ギョクシク(補選)、チェ・プイル(同)

 しかし、4月8日に開催された党中央委員会政治局会議では、一部の委員に人事があったようだ。まず、内閣総理を解任され、最高人民会議常任委員会名誉副委員長から退いた崔永林に代わり、現在の朴奉珠・内閣総理が常務委員に選出された可能性があるが、まだ確認されていない。今回、政治局常務委員に任命されていなければ、次期党中央委員会全員会議が開かれれば、補選で入るものと思われる。

 政治局委員のなかでは、第13期代議員から脱落したムン・ギョンドク書記、リ・ビョンサム人民内務軍政治局長、ヒョン・ヨンチョル元人民軍総参謀長が除かれるだろう。代議員には選出されたが、現職から退いたキム・ヨンチュン前国防委員会副委員長、キム・ヨンイル前国際担当書記、チュ・ギュチャン国防委員、キム・ギョクシク前国防委員などの政治局委員(候補委員)が残留したかどうかも確認されていない。

 反面、チェ・プイル人民保安部長兼国防委員が政治局候補委員として補選され、チャン・ジョンナム人民武力部長兼国防委員、リ・ヨンギル総参謀長、キム・スギル新任平壌市党責任秘書などは、政治局委員や候補委員に補選されたり、今後補選される可能性がある。

書記局の変化

 政治局と政治局常務委員は政策決定権があるといっても、実務的執行権限は持っていない。かえって党中央委員会書記局が実務的執行権限は持っている。労働党規約によれば、書記局は「党内部事業において発生する問題とそれ以外の実務的問題を主に討議決定し、その執行を組織指導」する。書記局には各部門を担当する10人前後の書記を置いている。一部の書記は政治局委員、および候補委員を兼任する。

 4月8日の党中央委員会政治局会議では、書記局書記の一部人事も行われたようだ。まず、国際担当書記に金永日書記(代議員職は維持)が退出し、姜錫柱副総理が後任に任命された。党国際部指導員、課長を経て内閣の外交部副部長、外務省第1副部長として活動し、2010年に内閣副総理に昇進した姜錫柱書記は、1994年のジュネーブ基本合意書を引き出すなど20年を超える核関連の交渉と対米外交を主導してきた経験がある。

 また、最高人民会議第13回第1回会議では、内閣外務省が朴義春からリ・スヨンに交代した。姜錫柱書記が中国にも幅広い人脈を持っているが、これまで長い間対米交渉に携わってきたこともあり、リ・スヨン外相が中国よりは欧州、中東外交に強みを持っている人物であるため、今後、外交の多角化と対米外交を強化しようとする布石であると思われる。

 また、金慶姫書記の後任として、クアク・ボムギ書記が軽工業担当書記となった可能性も高い。計画財政部門を担当していたクアク・ボムギの後任には、内閣副総理と咸鏡北道党責任書記を歴任したオ・スリョンが昇進したものと思われる。彼は伝統的に財政計画部長、または財政計画担当書記が兼任してきた最高人民会議予算委員長に新たなに選出された。

 ムン・ギョンドク書記(平壌市等責任書記)も、張成沢事件の余波で解任された。これ以外に、キム・ギナム(宣伝)、崔泰福(教育・科学)、金養健(対南)、パク・ドチュン(軍需)、キム・ピョンへ(幹部)の各書記は留任した。

 党中央委員会傘下には20あまりの実務部署が設置されている。党中央委員会全員会議は書記局を組織するが、党の実務を担当する実務部署については人事権を持っていない。

 専門部署の変化のうち、最も目立ったのは、やはり張成沢が部長だった行政部の廃止だ。行政部はもともと本部党部門、全党部門、軍事部門などとともに組織指導部の一部門だった。それが2007年6月に党中央委員会行政部(張成沢部長)として独立、張成沢処刑とともに廃止され、再び組織指導部に吸収されたという。行政部として独立した当時、張成沢部長–リ・リョンハ第1副部長–チャン・スギル副部長など約50数人(各道、市、軍の行政部を除く)で構成されていたという。

 また、金慶姫書記が退陣し、彼女が管轄していた党軽工業部も一部改編され、ペク・ケリョン軽工業部長が退いた。公認は確認されていない。党計画財政部長はオ・スリョン書記が、国際部長は姜錫柱書記が兼任しているものと思われる。

 勤労団体部はリ・ヨンス部長が退き、リ・イルファン前金日成社会主義青年同盟第1書記が任命された。1960年生まれのリ・イルファン部長は、第13期最高人民会議代議員には選出されなかったが、「革命第3世代」として98年から2001年まで、金日成社会主義青年同盟第1書記となるなど、青年同盟幹部として長期間活躍し、平壌市党書記から党部長に起用された。祖母であるキム・ミョンファが抗日パルチザン出身であり、父親のリ・ゴンイルも愛国烈士稜に眠っている。労働党が徐々に世代交代されていることを示す人事の一つだ。

 第13期代議員としては選出されたが、国防委員から解任されたチュ・ギュチャンが党機械工業部長から退いたかどうかは確認されていない。







最終更新日  2014年12月30日 19時30分10秒
[鄭昌鉉の金正恩時代の北朝鮮を読み解く] カテゴリの最新記事

Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.