070743 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

反カルトからの自由

PR

Profile


TT早川

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

まだ登録されていません

Free Space

2010.08.12
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
(この物語は、近未来の日本を舞台にしたフィクションである。)

玄関先で、吉屋牧師が小月教授と話している間、A子さんは大声で叫ぶことができなかった。誰かの手によって口をふさがれていたわけではないが、小月教授の「騒いだら猿ぐつわをはめるよ」という言葉で身体が硬直し、声が出せなかったのである。

吉屋牧師が帰った後、小月教授の説得が再開された。

「さあてと。じゃあA子さん。イエスが存在したことを物理学的に証明してよ」

「……」

「な~んだあ、できないんだってさ。わっはっはあ」

小月教授は笑った。すると、同じように「わっはっはあ」と取り巻きたちも笑った。取り巻きたちとは、小月教授がキリスト教から脱会させた元信者である。教授とともに数人が、A子さんの説得現場に来ていた。

「イエスが存在したのかどうか分からないのに、あなたはイエスの言葉を信じているってわけかい。これだからマインドコントロールは怖いんだよなあ」

「先生の言うとおりです」と相槌を打つ取り巻きたち。

「聖書に書かれていることなんて、歴史的事実かどうか分からないんだよ。イエスがいたかどうかも分からない。イエスが語ったという言葉も、本当にイエスが語ったのか分からない。むしろ、作り話やおとぎ話だと考えたほうがいいんだよ」

その教授の言葉を受け、取り巻きの中の一人の女性が、煙草の煙をフーッと勢いよく吹き出しながら言った。

「たとえて言うならね、A子さんは『それいけ! アンパンマン!』に出てくるジャムおじさんの言葉を熱心に信じて、ジャムおじさんに毎日お祈りしているのと同じなのよ。バカらしいと思わない?」

「わっはっはあ」

「……」

無言でうつむくA子さん。

小月教授は、鞄からおもむろに新約聖書を取り出した。広げてみると、聖句が「red、pink、gray、black」の四色に塗り分けられている。5年間のキリスト教生活の中で、A子さんは一度も見たことがない聖書だった。それに気づいた小月教授が言った。

「ああ、やっぱりこの聖書、見たことないんだねえ。カルトは、自分たちにとって都合の悪い情報を信者に一切与えないからね」

「先生の言うとおりです。僕も教会にいるときは見せてもらえませんでした。情報を遮断するのが、マインドコントロールの常套手段ですよ」と取り巻きの男性。

小月教授が説明を続ける。

「この聖書はねえ、Jesus Seminarで作ったものだよ。Jesus Seminarっていうのは、新約聖書の中でイエスが本当に語った言葉と、後世の者が加筆・捏造したものとの峻別を研究する学会だよ。その年代の歴史的研究をしている専門家たちが集まって、科学的に検証しているのさ。イエスの言動である可能性が高い順に『red、pink、gray、black』に色分けされている。見て分かるだろう。歴史的に研究すれば、イエスがどんな人物でどんな言葉を語ったかということは、まったく不確定なんだよ。加筆や捏造の方が、圧倒的に多い」

煙草をふかしながら取り巻きの女性元信者が合いの手を入れる。

「先生の言うとおりです。フーッ。だからイエスのイメージが、各宗派によってバラバラなのは当然なのよ。フーッ。だから私なんか、イエスは女ったらしで屁理屈ばかり言って世間の常識を守らない、迷惑男だったと思うようになった。フーッ。だから世の中からバッシングされて死刑になっちゃったんでしょ。まぬけな奴!」

「そもそも、2,000年前には録音テープもビデオテープもないんですからね。イエスの本当の言葉なんて、正確に伝わるはずがないです」と男性元信者。

「そうそう。米国の教会なんて、イエスの肖像画の目が青く描かれているのよ。知ってた? イエスは中東の人間なんだから、目が青いわけないじゃん。フーッ、フーッ」

「わっはっはあ」と笑う、教授と取り巻き一同。

A子さんの心の中で、キリスト教への信仰が壊れ始めていた。聖書がこれほどまでにお粗末な書物だとは、確かに今まで考えてこなかった。聖書は人が書いたとしても、神がそこに関与しているのだから、正確に綴られていると信じて疑わなかった。毎週、礼拝で聖句を与えられ、それを一週間の心の糧にしてきたことが、「それいけ! アンパンマン!」のジャムおじさんを信じていることと本質的に変わらなかったというのか?

小月教授は、取り巻きに顎で合図を送った。取り巻きの若い男性が、ノートパソコンを取り出し、LANをつなぎ、インターネット上のあるサイトを開いた。取り巻きの若い男性が、その画面をA子さんの顔の近くに突き付けると、小月教授が口を開いた。

「ほら、A子さん、読んでごらん」

「……」

「あ、A子さんは英語が読めないのかな」

くすくす笑う取り巻きたち。小月教授も嘲笑しながら、話を続けた。

「このサイトのタイトルは、『How many has God killed?』。つまり『神は何人の人を殺したか?』だよ。ノアの洪水で殺された人、モーセを追って紅海で殺されたエジプト人、ソドムとゴモラに住んでいて殺された人などなど、聖書に出てくる『神による殺人の被害者』を全部数えて合計したものだ。それによると、神による殺害人数が約3,300万人だそうだよ」

「えっ……」と、驚いて顔あげるA子さん。そんなことを考えて聖書を読んだことなど、なかったのだ。

「おもしろいことにねえ、聖書の中でサタンが殺した人は、わずか10人しかいないんだよ」

「悪魔よりも、神さまのほうがたくさん人を殺している、って主張している本が聖書なのよ。フーッ」と、煙草の元女性信者。

「怖い本ですねえ」と、他の取り巻きが相槌を打つ。

「例えば、ヨシュア記。これなんか、まさに略奪戦争の記録だよね」と小月教授は言うと、取り巻きにヨシュア記を輪読させた。

「ヨシュア記6章16~21節。七度目に、祭司が角笛を吹き鳴らすと、ヨシュアは民に命じた。『ときの声をあげよ。主はあなたたちにこの町をあたえられた。町とそのなかにあるものはことごとく滅ぼしつくして主にささげよ。(中略)金、銀、銅器、鉄器はすべて主に捧げる聖なるものであるから、主の宝物蔵に収めよ。』角笛が鳴り渡ると、民はときの声をあげた。民が角笛を聞いて、一斉にときの声をあげると、城壁が崩れ落ち、民はそれぞれ、その場から町に突入し、この町を占領した。彼らは、男も女も、若者も老人も、また牛、羊、ろばに至るまで町にあるものはことごとく剣にかけて滅ぼしつくした。」

「きゃー、こわい。フーッ」と、煙草の元女性信者。

「ヨシュア記8章1~26節。主はヨシュアに言われた。『おそれてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も周辺の土地もあなたの手に渡す。』(中略)その日の敵の死者は男女合わせて12,000人、アイの全住民であった。ヨシュアはアイの住民をことごとく滅ぼし尽くすまで投げ槍を差し伸べた手を引っ込めなかった。」

「ひどいですねえ、12,000人の全住民を、男女の見境なく殺しちゃうなんて」と男性元信者。

「ヨシュア記10章22~26節。ヨシュアは命じた。『洞穴の入り口を開け、あの5人の王たちを洞穴からわたしたちの前に引き出せ。』彼らはそのとおりにし、エルサレム、ヘブロン、ヤルムト、ラキシュ、エグロンの5人の王を洞穴から引き出した。5人の王がヨシュアの前に引き出されると、ヨシュアはイスラエルのすべての人々を呼び寄せ、彼らと共に戦った兵士の指揮官たちに、『ここに来て彼らの首を踏みつけよ』と命じた。彼らは来て、王たちの首を踏みつけた。ヨシュアは言った。『恐れてはならない。おののいてはならない。強く雄々しくあれ。あなたたちが戦う敵に対しては主はこのようになさるのである。』ヨシュアはその後、彼らを打ち殺し、5本の木にかけ、夕方までさらしておいた。」

「残酷ぅ~、フーッ」と、煙草の元女性信者。

「ヨシュア記10章29節~11章15節…」

「やめてください!」

A子さんは泣いて叫んだ。それは、自分が信じている聖書を批判されたからではなかった。自分が信じていた聖書が、殺人を正当化している書物であることを悟ったからである。

「私、マインドコントロールされていました」

A子さんは「自分の意志」で、はっきりと言った。

満面の笑顔を浮かべた小月教授は、その後、キリスト教が2,000年間行ってきた大量殺人の歴史を講義した。A子さんは熱心に聴くようになった。

「人殺しの神を書いた聖書なんていう書物を信じるから、人殺しのカルトになる。キリスト教徒の十字軍は、各地で異教徒とみなした者は女子供に関係なく皆殺しにしたのだ。教皇イノケンティウス3世などは、十字軍が行った異端者への大虐殺を祝福したくらいだ。異常としか思えないね。今日の米国によるベトナムとかアフガンとかイラクなどの大量殺戮も、根っこは同じなのさ」

A子さんは特に、391年の出来事に驚いた。キリスト教徒が、人類の知的遺産の宝庫であるエジプトのアレキサンドリア図書館を邪悪な異教異端の巣窟として焼き払い、異教徒の偶像もすべて破壊しただけではなく、猫や蛇は異教の守護神だとして抹殺、狼や梟は悪魔の化身として根絶やしにしたのだ。

「キリスト教は、人間だけでなく動物たちも虐殺してきたんですね…。私は、なんと酷いカルトにマインドコントロールされてきたんでしょうか…」

小月教授は、鞄から一冊の本を出した。機械と神 生態学的危機の歴史的根源 (みすずライブラリー) 著:リン・ホワイト・ジュニアであった。

「この本を読んでみたらいいね。キリスト教の問題点がよく分かるよ」

そう言うと、小月教授は取り巻きとともに部屋を出て行った。A子さんは、むさぼるようにその本を読み始めた。次のような文章に出会うたびに、A子さんのマインドコントロールは解けていった。

「キリスト教の、とくにその西方的な形式は、世界がこれまで知っているなかでももっとも人間的な宗教である。(中略)キリスト教は古代の異教やアジアの宗教とまったく正反対に、人間と自然の二元論をうちたてただけではなく、人が自然を搾取することが神の意志であると主張したのであった。」(87~88P)

「キリスト教徒にとっては一本の木は物理学的事実以外のなにものでもありえない。神聖な森という考えそのものがキリスト教に無縁のものであり、西洋のエストに無縁のものである。2,000年近くもの間、キリスト教の伝道師は神聖な森を伐り倒してきた。それは自然に精神を前提にするゆえ、偶像崇拝になるのであった。」(92P)

「われわれが生態についてなにをなすかは、われわれが人=自然についてもつ考え方に依存している。(中略)われわれが新しい宗教をみつけるか古い宗教について考え直すまでは、いまの生態学上の危機からわれわれを救い出してくれそうにない。」(92~93P)

A子さんの顔は、イエスに祈るときに見せる恍惚の表情ではなく、カルトを憎む闘志にみなぎっていた。

「キリスト教は異教徒を殺し、自然を破壊してきたのね。まじでカルトじゃないのさ! 私は騙されていた! マインドコントロールされていた! キリスト教は全人類、いえ、全地球に対して犯罪行為を行ってきた最大のカルトだったんだわ!」


数日後、境田教会の礼拝堂で、A子さんの帰りを願って必死に祈りを捧げている吉屋牧師のもとに便りが届いた。それは、A子さんの脱会届と、献金の返還を要求する内容証明郵便であった。

(つづく)






Last updated  2010.08.12 16:42:10

Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.