最後じゃない・・・またいつか
1月31日はつきみの命日。早いものであの日からもう3年が過ぎていった。 色んな事があった3年でもあった。 私の1型糖尿病の発覚 転職 転居 ひすいのお迎え ・・・こんなに激動で中身の濃い期間は私の人生でもそうはあるまい。 つきみが逝ってしまいペットロスから救ってくれたのはひすい。どれだけひすいには助けられたことか。 未だにつきみの介護が始まってからの記事は読み返す事が出来ない。ましてや写真なんて見ようものならたちまち涙腺崩壊してしまうだろう。 それほどまでに大切な存在だったつきみ。 そんなつきみの為に始めたこのブログ。何の疑いもなく2023年の卯年はつきみと一緒に謹賀新年の記事で始められると思っていた。 私が糖尿病を発症したのはつきみの足の麻痺が始まった頃とほほ同じ。当初は生活習慣とか遺伝で発症する事が多い2型糖尿病と診断されていた。 つきみが逝ってしまい程なくしてコロナの猛威。その真っ只中血糖値の異常な高さに今までの病院とは別の病院にかかり1型糖尿病が発覚した。 すぐに総合病院に紹介されて転院。すでにひすいを迎えていたので入院はしたくないと通院でインスリンの自己注射を始めた。 そのころにはすでに目の合併症は発症していた。モノが二重に見える両眼性複視。 いつかは良くなるか。多少は軽減するのか。そんな期待も虚しく3年経った今も症状は変わらず。 むしろ悪化傾向でもある。この目の障害のせいで色々諦めたモノ出来なくなったモノがある。 良くなる事がないのならばそろそろ限界・・・かな。 ここ最近は週末ブロガーとして頑張ってきた。けどそれさえも目の負担となってきたと感じてしまう。 年と共に老眼も進み眼鏡も毎年作り替えなければならない中二重になったモノをしっかり見ようと目を酷使してしまい益々両眼性複視が悪化するという負のスパイラルに陥っている。 このままでは数年後の運転免許の更新も危ぶまれる。実は前回もかなり際どく何回もトライし直しギリギリで視力検査が通ったという。 日々血糖値に振り回されながらコントロールしているのは合併症が怖いから。透析にはなりたくない 失明したくない 足の切断も嫌。 でも神経障害は血糖値コントロールが良好でも起こりえる。そして傷ついた神経はなかなか回復しない。 これはつきみの時に嫌というほど実感した事。神経障害が起きるともう回復は難しい。なんか・・・ね。凄く悔しい。まさかこんな形で終わる事になるなんて。 つきみが逝ってしまった後悩みに悩んで継続を選んだブログ。それなのに。でも最後の悪あがき。タイトルにもあるようにいつか復帰する可能性も残しておこうかと。 だから最後じゃない。 いつか 両眼性複視が治ったら 膵臓移植がもっと一般的になったら 1型糖尿病の根治の治療法が確立したら。 そんな期待を込めて2015年から始めたこのブログだけれど一旦キリをつけようと。 長期のお休みに入ります。永らくありがとうございました。またいつかここでお会い出来るその日まで。 ひすいの今後はインスタを覗いていただけると嬉しいです。「ひーちゃんからもごあいさつしよっか」「またいつかね」 つきちゃん。いつまでもつきみは一緒。ここではまたいつか・・・ね。にほんブログ村↑ランキング参加中。クリックお願いします。押してくださった方へ ありがとうございます。