ブラームスはお好き?

2006/02/25(土)04:28

ピン・ポン・パン ~トゥーランドット(荒川静香をたたえて)~

プッチーニ(3)

 トゥーランドット第2幕第1場面。  ピン・ポン・パンが婚礼と葬儀の打ち合わせをしている。  と言ってもこのオペラの筋を知らない人にとってはなんのことかわからない。  説明しよう。  最初に言っておくが,ピンポンパンと言っても,例の子供向けテレビ番組のことではない。  ピンは宰相,ポンは料理頭,パンは大膳職,架空の中国王朝の大臣たちである。  その国には,トゥーランドットという氷の心を持つ皇女がいた。  彼女はまさしく絶世の美女であったが,求婚する王子たちに3つの謎を出し,それに答えられなかった場合はその王子たちをことごとく刑場に送り込み殺してしまうという,恐ろしい所業を重ねていた。  今回,またひとり放浪の王子がやってきて,トゥーランドットに求婚するしるしである鐘を三度鳴らした。  やれやれ,とピン・ポン・パンの3大臣は嘆く。    事務方としては,あの愚かな若者のために,また婚礼と葬式の準備を同時にしなければならないではないか!どうせまた葬式だろうが。今回で20人目だ。やれやれ。  この第二幕のピン・ポン・パンの場面は,このオペラの中での劇中劇,いわば間奏曲のような役割を果たす。  コミカルだけどシニカルな,官僚又はサラリーマンの哀愁漂う,ちょっと大人向けの「見せる・聴かせる」場面である。  最初に言っておくけど,この第二幕の第一場面,この「ブラームスがお好き」は結構好き。  さて,ここは宮殿の大臣たちの部屋。  ポンは婚礼の準備,パンは葬式の準備。  しかし三人とも,実はこの仕事にうんざりしている。  私たちはとうとう刑吏の大臣に成り下がってしまったのか!  ああ,故郷に帰れば,美しい山や竹林や庭や池があるというのに,こんなくだらない儀式のために,私たちは細かいシキタリが書かれた経典を枕に一生を終えてしまうのか・・・  ああ,あの皇女トゥーランドットが生れてからというもの,これではお世継ぎも望めないし,終わりだ,この王朝はもはや終わりだ・・・  3人は郷愁に浸りながらもこの国の行く末を憂えている。  彼らは止めようとした,トゥーランドットに挑もうとするあの無謀な若者を。  女など捨てろ!それができないなら百人めとれ!  気高きトゥーランドットも,  しょせんは顔はひとつ,腕は二本,足も二本,胸は二つ。  たしかに美しく,高貴な血筋だが,足は足,ただの足には変わらぬさ!  百人の女を持てば,馬鹿め,溺れるほど足が持てるのだぞ,  二百本の腕に,二百のやさしい胸だ,どうだ,胸が二百だぞ!  百のしとねだ!百のしとねだぞ!  あっはっはっは!あっはっはっは!  一人の女のために命を捨てようとするやつはキチガイだ,行ってしまえ!若者よ!  ここはうちのキチガイだけで墓穴は一杯なんだ,よそ者のキチガイに付き合ってる暇はない!  それでもあの若者はきかなかった。  やれやれ,どうせまた首がひとつ落ちるだけさ。  姫の謎を解けた者はいない。  ああ,と3人は嘆く。  さらば,愛よ,さらば,わが民族よ!  さらば神聖なる血統よ!  この王朝は終わりだ!    おお,どうか待ちに待った晴れやかな夜が,  姫の幸福な降伏の夜がやってこないものか! (ピン)わしは姫に新床をのべてやりたい! (ポン)わしはやわらかい羽根ぶとんをふかふかにしてあげよう! (パン)わしは寝室に香水を振り撒こう! (3人で)そしてわしら三人で,庭に出て歌おうではないか! (ピン)明け方まで愛の歌を! (ポン)こんな風に! (パン)こんな風に! (ピン・ポン・パン)  この中国には,愛を拒むような女はいない!  かつてはひとりいたが,  その氷のような女も今は火となり燃えている!  姫よ,あなたの帝國ははるか長江を越え広大無辺!  だがあの薄いカーテンの向うには,  あなたを支配する花婿がおれらるのだ!  あなたはすでに口づけのかぐわしさを知り  すでに全身の力が抜けてしまわれた,  いまや奇跡が起こる,このひめやかな夜に栄えあれ!  栄えあれ,この絹のふとんに栄えあれ!  甘い吐息の証人よ,庭ではすべてがささやき  金の釣鐘草がリンリンと鳴いている,  二人は睦言をささやきあい,花は露の真珠でちりばめられている  帯を解いて未知のひめごとをいまや知る,  美しい五体に栄光あれ!  再び王朝に平和をもたらす,  愛に,陶酔に,栄光あれ!栄光あれ!  かなりあけすけな歌であるが,彼らもトゥーランドットの氷の心が溶けるのを心の中では願っているのだ。(「栄光あれ!」は,「グロリア!」と歌われます。)  この3人の三重唱はなかなか聞かせる。  が,いいところで邪魔が入り,3人は「仕事」に戻る。  無謀な若者とトゥーランドットの闘いの儀式が始まるのだ。  はたして「謎が三つで死がひとつ」か。  それとも「謎は三つでひとつの命」か!  希望,血潮,そしてトゥーランドット!    もちろんトゥーランドットは,ハッピー・エンドで終わる。  「誰も寝てはならぬ」(ネッスン・ダルマ)は僕が最も好きなアリアのひとつです。(そしてこのオペラは僕のツボ中のツボです)  壮大なフィナーレは,この「誰も寝てはならぬ」の旋律に乗って,  アモーレ!  永遠の命なる太陽よ!  世界の光たる愛よ!  わたしたちの限りない喜びは  陽光の中で微笑み歌う!  アモーレ!  汝に栄光あれ!愛に栄光あれ!  と大オーケストラと大合唱で感動的に歌われます。    しかしいま,トゥーランドットと言えば,  ビバ!  荒川静香  である。  昨夜の彼女は本当に小指の先までしなやかで美しかった。    「人間の身体とは,女性とは,こんなにも美しいものなのか」  と思ったのは久しぶりだ。  鳥肌が立ち,不覚にも涙が出そうになった。  ため息がでるほど見事に日本女性の美しさを表現してくれました・・・  荒川静香よ,おめでとう!  トゥーランドットとともに,汝に栄光あれ! 

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