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MFT連絡所~珠祈嘉隆~

ラスト・ノート(ショートショート)

「シュナイゼル様、ご報告申し上げます。例の実験体に変化が…」
「わかった。すぐにそちらに行こう」
大画面との会話もそこそこに、シュナイゼルは実験室に向かった。
ここは国の中核となる特殊医療センターであり、現在彼が管理を任されているものだ。
特殊医療…、通常のクリニックの機能を表向き兼ね備えたここには、公にすることのできない部門がいくつかある。
今回の報告を受けたのも、そのうちの一つからだ。

「R」、その実験室にある唯一の表示である。
指紋認証でしか開かない厳重なロックがなされているのも無理はない。
「あれから7年か…」
シュナイゼルはただ白いだけの無機質な通路を歩きながら、誰に言うでもなくつぶやいた。
空調の音がやけに頭に響く。癖になりつつある痛みに少し眉をひそめた。

皇帝ルルーシュ崩御、あの事件からもう7年が過ぎようとしていた。
その間、彼が内々に依頼を受けて行っていたこと、それがこの生体実験。
死んだ存在の蘇生、神への冒涜行為であるとわかってはいるが、これはあくまで実験である。
既に死んだものが生きようと死のうと、科学の前には問題ではない。
現代医療の粋を集めてどこまで可能なものか、これは一つの挑戦でしかないのだ。
実のところ、似たような研究を過去にも行ったことがあるので、今回も簡単にいくだろうと高をくくっていた。
それが、7年だ。
よほど実験体自身に生への執着がないか、自分に生き返させられるのが嫌なのか、理由などあってないようなものだろう。
所詮倫理に反しているこの時点で、誰も答えなど用意できようはずもない。
私とて、ゼロからの依頼でもなければ…、シュナイゼルは軽く歯噛みした。
だが、いつものやわらかい表情を取り戻すのに、そう時間はかからなかった。

7年前のあの日、人払いをしたところで自分に何を言ってくるかと思えば、こんな言葉だった。
目の前に見慣れたものが転がされていた。
よくあの喧騒からここまで運び込めたものだ。
ナナリーを引き剥がすのにも苦労しただろうに。
それを見下ろしながら、ゼロは私にこう言った。
「彼を生き返らせて欲しい」
「はい」
逆らう理由など私にはないので、すぐにその提案を受け入れたのだが、
「でも、何故?」
あなたが殺したのに、という言葉を飲み込んで、ただそう発した。
「できるなら…、彼の生き様を見たいから」
ゼロは言葉少なにそう答えた。
それから、生命維持装置が取り付けられ、カプセルの中での培養が行われることとなった。
心肺停止した、生き物とは既に呼べないそれを、私は見守りつづける命を負ったのだ。

滑り込んだ実験室の中は心なしかいつもよりあわただしく見えた。
「シュナイゼル様、こちらがここ数時間の心電図と脳波です」
「驚いたな」
このような波形、今日まで一度も出たことがない。
「よし、カプセルから出してみよう」
カプセルに浮かぶその裸体は遜色なく復元されている。
伸びるままの髪が身体に絡みつき、その性別すら妖しく見えるところだ。
見とれるべきものではないのかもしれないが、見るものを捕らえて離さないのは無を有する美しさからかもしれない。
「マリアンヌ様…、似ているな」
「どうかされましたか?」
「いや、こちらの話だ」
研究員の手でカプセルから出されている様子を見ながら、一人思い出していた。
「すぐに目覚めることはないのだろう。誰か人をよこしなさい。髪も髭もすっきりさせて、整えておくんだ。これではまるで原始人だからな」
「はっ」
それを受けて、研究員の一人が連絡を取る準備をする。
「いや、その前に、ゼロに連絡してあげるといい」
台から落ちる伸びた髪に自然に手を伸ばしていた。
永い…時だったな。
彼は眠り人の額にかかった黒髪を梳き上げると、その部屋を後にした。

「悪趣味だな」
目の前の人物に向かって、黒髪の青年は吐き捨てるようにそう言った。
「殺せと言ったはずだ」
その部屋に立つもう一人、仮面の人物は、すぐ横でただその言葉を受け止めている。
「何とか言え!スザク!!」
声を荒げては咳き込む。
今まで使っていなかった機能をいきなり再起動させたのだから仕方ない。
彼はベッドの上に体を起こした人物の背をさすりながら、でもまだ言葉を発することはできないでいた。
肩がその嗚咽を捉えてはいたが。
「ごめん、俺のわがままで」
仮面を取ると、彼はようやく言葉をつむいだ。
ルルーシュはその声に顔を上げた。
「君にも生きて欲しいと、この世界を見て欲しいと…これは俺の欲だ」
「スザク…」
「だから、君が今こうして目覚めたことは俺とシュナイゼル、そして医療スタッフしか知らないことだ」
「ナナリーには?」
「言っていない。夢を見せるだけになったら、悲しむと思って」
「ナナリーはどうしている?」
「元気だよ。今は公務が忙しくて引っ張りだこさ。そうそう、もしかしたら今の君よりも歩くのが上手になったかもしれない」
「歩くのか?歩けるのか?ナナリーは」
「そうだよ。皮肉なことだけれど、あの日から目も見えるようになって…」
「そうか、ナナリーが…」
ルルーシュはうつむきながら感慨深げな笑みを浮かべた。
そしてスザクに向き直る。
「じゃあ、そのまま、知らせないでいてくれ」
「ルルーシュ!?」
「過去は振り返らないでほしいんだ。もう何一つ。今が順調であると言うなら尚更」
「…そうか」
窓の外に視線をやったルルーシュの目が細められる。
風を入れようと、スザクはカーテンを開けて、部屋に光を招き入れた。
開いた窓からは、いつかのように柔らかく甘いアイリスの香りが運ばれてきた。


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