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 四 季 折 々 (俳 句)

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奥の細道

2008年11月03日
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カテゴリ:奥の細道

 

「月日は百代の過客にして 行かふ年も又旅人也 (中略) やゝ年も暮 春立る霞の空に白川の關こえんと そゞろ神の物につきて心をくるはせ 道祖神のまねきにあひて 取もの手につかず もゝ引の破をつゞり 笠の緒付かえ(へ)て 三里に灸すゆ(う)るより 松嶋の月先心にかゝりて 住める方は人に譲り 杉風が別墅に移るに
  
  草の戸も住替る代ぞひなの家

面八句を庵の柱に懸置」(「おくのほそ道」素龍清書本)

以上は芭蕉の奥の細道の書き出しである。芭蕉は雄嶋(をしま)で海に写る月を眺めた。しかし、冒頭に松嶋の月を見たいと言った割には月の描写がないのは芭蕉も月を見なかったのではと思わざるを得ない。

私が訪れた松嶋は繊月のころで、しかも曇り日のため月は見えなかった。今回は月を見る旅ではなかったので致し方ない。

遊覧船から鴎に餌を投げる人たちがいて、鴎も餌を捕ろうと遊覧船に群がっている。私はこんな光景が好きである。海は生憎曇っていて折角の島々がぼんやりしか見えないので船上人もさぞや興ざめであったことであろう。

  餌をもらひ秋の鴎となりにけり

 次は五大堂へ行ってみましょう
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最終更新日  2011年02月18日 09時35分55秒
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2008年11月02日
カテゴリ:奥の細道

 

西行戻しの松のところで茸採りのお爺さんにであった。その方から地元の人しか通らない道を教わり、踏切のに線路を渡り松島海岸駅へ出た。松嶋は今日が5度目なので、ここからは地図を見なくても迷うことはない。ウィンク

「十一日 瑞岩寺に詣 当寺三十二世の昔 眞壁の平四郎出家し 入唐帰朝の後開山す 其後に 雲居禅師の徳化に依て 七堂甍改りて 金壁荘厳光を輝 仏土成就の大伽藍とはなれりける 彼見佛聖の寺はいづくにやとしたはる」(「おくのほそ道」素龍清書本)



瑞巌寺へ行く途中、キャラメル餡のたい焼きを買い、食べ歩きをしたところすっかり疲れがほぐれて元気が出てきた。

瑞巌寺の屏風を初めて見たときは感動したが、今回は観光客も多く、観光客の私語にうんざりしてしまった。拝観料700円は高いとつくづく思った次第。

  鉾杉に神十月の瑞巌寺

 ご覧頂きありがとうございました
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最終更新日  2011年02月18日 09時36分37秒
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2008年11月01日
カテゴリ:奥の細道

 

「日既に午にちかし 松嶋は扶桑第一の好風にして 凡洞庭・西湖を恥ず 東南より海を入て 江の中三里 浙江の潮をたゝふ 嶋々の数を盡して 欹ものは天を指 ふすものは波にはらばふ(中略)
   
    松嶋や鶴に身をかれほとゝぎす  曾良
 
予は口をとぢて眠らんとしていねられず 旧庵をわかるゝ時 素堂松嶋の詩あり 原安適 松がうらしまの和歌を贈らる 袋を解て こよひの友とす 且 杉風・濁子が発句あり」(「おくのほそ道」素龍清書本)

塩竃のあと、奥松島の野蒜海岸近くの民宿に独りで泊まった。1泊2食付き6,800円と安価で食事は早とれの牡蠣づくしであった。生ビールと酒常温で1合呑んだ。はす向かいのおばさんが妙によそよそしくなった。ビール何?かまうものか。びっくり

午前9時仙石線松島海岸駅着。

先ず西行戻しの松へ行くことに。駅前の観光案内所で訊ねるとタクシーで5分位のところにあるという。歩いて行くと言ったら気の毒そうな顔をして20分位かかると言った。もちろん俳句は足で稼げの持論通り歩いた。


観光バスが4台ほど来ていた。この公園は松嶋を眺めるスポット地点になっているようだ。しかし、誰一人として西行戻しの松へは足を運ばない。お陰でゆっくり西行を偲ぶことができた。

公園の碑の右側に細い道があり突き当たりに赤松と碑があったのでこれが西行の・・・・と思いきや、阿部みどり女の句碑。びっくり
あきらかに花粉とびつくうらゝかや  みどり女
この句碑右手に西行戻しの松と碑があり、次のような説明の札が建っていた。すこし長いが引用してみる。

西行戻の松(さいぎやうもどしのまつ)
歌人西行(1118~1190)がこの地にて「月にそふ桂男のかよひ来てすすきはらむは誰が子なるらん」と一首を詠じて悦に酔っていると、山王権現の化身である鎌を持った一人の童子がその歌を聞いて「雨もふり霞もかかり霧も降りてはらむすすきは誰れが子なるらん」と詠んだ。西行は驚いてそなたは何の業をしているのか聞くと「冬萌きて夏枯れ草」を刈って業としていると答えた。西行はその意味が分からなかった。童子は才人が多い霊場松島を訪れると恥をさらすとさとしたので、西行は恐れてこの地を去ったという伝説があり、一帯を西行戻しの松という。西行に関するこのような伝説は各地にあり、古くから語り継がれている。(*桂男=美男子 *業=仕事 *冬萌きて夏枯れ草=麦)


ここからの眺めは素晴らしかったが、当日は霧がかかり、時雨れてきたりで一層趣の深い景色であった。

     西行戻の松にて
  
松に声風に声あり霧時雨

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最終更新日  2011年02月18日 09時43分07秒
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2008年10月31日
カテゴリ:奥の細道

 

塩竃神社の東神門を出て裏坂を下ると「芭蕉止宿の地」の碑があった。稲井石の石畳を抜けら塩竃街道へ。この街道を渡り、直進すると信号があり、その左手にお釜神社がある。

お釜神社は塩土老翁神が祭ってある。この神は海水を煮て塩をとる方法を教えたとされている。今でも古い手振りによって塩を作る藻塩焼き神事が行われている。

祭壇は鍵が掛かっていた。社務所に言えば見料100円で中を見せて呉れるが、時間に余裕がなかったので、残念ながら見ることは出来なかった。

  誰も居ぬお釜神社や冬隣

 次はいよいよ松島へ舞台を移します
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最終更新日  2011年02月18日 09時43分51秒
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2008年10月30日
カテゴリ:奥の細道

 

鹽竈神社は別宮に鹽土老翁神(しおつちおぢのかみ)・左宮に武甕槌神(たけみかづちのかみ)・右宮に経津主神(ふつぬしのかみ)の御三神が祀ってある。正面に左宮本殿・右宮本殿がある。別宮本殿は右脇にあったようだが、見落とした。

【鹽土老翁(しほつちのをぢ)】山幸彦が海幸彦から借りた釣針を失って困っていた時、舟で海神の宮へ渡した神。

左宮本殿・右宮本殿の左手に多羅葉の大樹がある。多羅葉の実がびっしりと実り赤く色づいていた。多羅葉にこんなに多くの実がなっているのを初めて見た。

  多羅葉の実を胸元に飾らんや

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最終更新日  2011年02月18日 09時44分33秒
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2008年10月29日
カテゴリ:奥の細道

 

「早朝塩がまの明神に詣 國守再興せられて 宮柱ふとしく 彩橡きらびやかに 石の階九仞に重り 朝日あけの玉がきをかゝやかす」(「おくのほそ道」・素龍清書本)

鳥居から随神門までの石段は202段である。私は一気に駆け上がることはせず、一段一段をリズム正しく上った。この方法だと途中で息が切れることがないので、一度も休むことなく202段を上ることができた。まるで兎と亀の亀みたい。
スマイル

唐門の前で袴姿の男の子が風船を持っているのに出会った。子どもの傍に両親がやさしく見守っていた。七五三は11月15日なのに、早めにお参りをしたようである。

   明神へ二百二段や暮の秋

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最終更新日  2011年02月18日 09時45分49秒
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2008年10月28日
カテゴリ:奥の細道

 

国府多賀城駅から石巻方面の電車で一駅行くと塩竃である。駅を背にして左方向に進み、塩竃曲水を右折するとそこは塩竃街道で、進行方向左手に塩竃神社がある。

塩竃曲水の橋では5・6人の小学生が遊んでいた。此処でも街では見かけない光景に出会った。やはり子どもは外で遊んで欲しいと切に思われた。


  浜菊のさかりを過ぎし時空かな

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最終更新日  2011年02月18日 09時46分39秒
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2008年10月27日
カテゴリ:奥の細道

 

壺の碑からあやめ園にむかっていると、父と子が何やら採取しているのに出会った。自然観察とは縁の薄い都会と違ってこの子どもは幸せだと思った。同時に、この父も今のこの瞬間幸せだろうと思った。

  虫狩りの親子と遭ひぬ多賀城址

   草ぼうぼうの世界が懐かしい
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最終更新日  2009年10月12日 13時56分45秒
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2008年10月26日
カテゴリ:奥の細道

 

JR仙台駅から東北本線に乗り、15分で国府多賀城に着く。駅前に「史都多賀城観光案内所」がある。壺の碑への道を尋ねると2方向の行き方を教えてくれた。私は線路沿いを5メートルほどの小さい丘を登る近道を選んだ。徒歩10分程で壺の碑の裏側に出た。

「〈あやめ草足に結ん草鞋の緒 芭蕉〉(中略)むかしよりよみ置る歌枕 おほく語傳ふといへども 山崩 川流て 道あらたまり 石は埋て土にかくれ 木は老て若木にかはれば 時移り代変じて 其跡たしかならぬ事のみを 爰に至りて疑なき千歳の記念 今眼前に古人の心を閲す 行脚の一徳 存命の悦び 羇旅の勞をわすれて 泪も落るばかり也」(「おくのほそ道」素龍清書本)

壺の碑を眼前にして芭蕉が泪にむせんだ碑は今覆い屋の中にある。碑文の文字は薄れ判読は出来ない。

  その上(かみ)の壺の碑草の花

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最終更新日  2011年02月18日 09時48分04秒
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2007年05月31日
カテゴリ:奥の細道

 

陰暦3月27日(今の5月16日)に深川の採と庵を出て奥の細道へと旅だったことは5月16日に書いた。その後の芭蕉の足取りを追ってみよう。

〈草加〉、〈室の八島〉、〈仏五左衛門〉の章を過ぎようやく日光で句を詠んでいる。

〈日光〉

 あらたうと青葉若葉の日の光  芭蕉
 剃捨て黒髪山に衣更        曾良

きょうは陰暦4月11日。曾良の日記によると「小雨降ル。余瀬翠桃ヘ帰ル。晩方強雨ス。」とある。

ここまで書いたところで急に空がかき曇り雷が鳴り出した。昨日も今日もテレビの天気予報の通りとなった。芭蕉と曾良の旅はさぞ、雨で難儀したことであろう。







最終更新日  2011年02月18日 09時49分25秒
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