目黒雅叙園のことから
辻村寿三郎さんの「源氏絵巻縁起」を開催していた雅叙園の建物は昭和10年に建てられたものです。そして、目黒に雅叙園が出来たのは、昭和6年と書いてあります。 「80周年記念」というのは何だろうと思いました。 調べてみると、石川県出身の創業者・細川力蔵が芝浦にあった自邸を改築し、芝浦雅叙園という「純日本式料亭」を創業したのが、昭和3年で、そこからの創業80周年でした。 それを調べていると、辻村寿三郎さんの人形の展示があった、百段階段の木造建築は、「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルになっていました。 宮崎駿さんは、「千尋が働くことになる湯屋は目黒雅叙園も参考にしています。そこは元禄文化風とされる通俗的な御殿が持つどぎつさがあり、そのどぎつさを出したかった」 と語っています。 たしかに「どぎつい」ですね。 今度「千と千尋の神隠し」を見る機会があれば、今度はそれを意識してみたいと思います。 さらに、目黒雅叙園は太宰治の小説『佳日』にも登場する、とあります。 本を探して、ざっと見たのですが、『佳日』には、結婚式場が「目黒の支那料理屋」ということだけ出ています。 これが、目黒雅叙園のことだとは、聞かないと分かりません。 この目黒雅叙園、今でもそうですが、結婚式場として、名を馳せていたようです。 『佳日』に「4月29日に、目黒の支那料理屋で大隅君の結婚式が行われた。その料理屋に於いて、この佳(よ)き日一日に挙行せられた結婚式は、300組を越えたという。」とあります。 この『佳日』が出版されたのは、昭和19年。その年、東宝映画から『佳日』映画化の申し入れがあり、入江たか子、山田五十鈴、高峰秀子、山根寿子、志村喬らの出演で「四つの結婚」と改題して上映された、ようです。 太宰治の小説の初映画化です。 どんな映画だったのしょう。 ここで面白いのは、この映画で主演した女優入江たか子は、雅叙園の創業者、細川力蔵夫人(東坊城敏子)の妹だった、ということです。 宮中で大正天皇に仕えた東坊城子爵の令嬢で、本名は東坊城英子です。華族だったのです。 写真は目黒雅叙園秘蔵の彩色木彫板や天井画を格調高く配した100m以上続くギャラリー風の回廊です。そして、「京銘竹露京銘露地行灯(きょうめいちくろじあんどん)」が設置してありました。