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カテゴリ:情報的生活行為
小学生のぼくが見た太平洋戦争 [ 笠原 正雄 ] 読了。 考えてみれば、小さいころから青年時代、高校になるまでくらい、 学校の社会の歴史の授業は、 総じて、明治維新、、くらいで、3学期末を迎えて、それから以降の我が国の有り様をつぶさには、教えてもらっていないような気がする。高校2年からは地理、を選択したし。 あたしは、1948年生まれなので、 戦争を知らない子供たちのうちの一人だ。 「そのちょっと前のひどい個人史-太平洋戦争」を語らずに、世を去った、祖父、祖母、父母、を持つ世代、と言ってもいいかも。 したがいまして、さっぱり時系列がアタマに入っていない。 したがいまして、戦後80年談話、とかのニュースを見出しだけでもみると、 具体的にはどうなの?と茫洋とする、わが脳である。 断片はかなり溜まってはいるが、それは一つの映像にはなかなかならんのだ。。 (たとえば、、父の背中の銃創、母がお米を調達に行った、古い知り合いの農家さんの話とか、、祖母の家庭の子供の数とか(うち二人の息子は戦死)、大阪堂島の空襲で焼け出された事とか) もちろん、この本のような関連書物は世に溢れる。 少しでも、リアルに会得したいとの思いは、引き続いてあるので、 図書館でこういうのを発見するたびに、借りてくる。そして、 さてと、。と読むのである。 まず、印象に残ることは、 「戦争はしてはいけない、絶対に」という言葉が頻繁に出る。 他の読者の方がどう感じるかはわからないけれど、あたしには、 強い説得力があって、この言葉が太字に脳内変換。 戦中戦後の、飢餓状態についてのことは、そうか、と感じ入った。 著者ご本人は、学徒動員も集団疎開も経験しておられない、そして、 食糧も普通、(に毎日過ごして食べる)の状態だったと言う。 地方自治が、今と較べて、格段に整備されていた、のではないか、という 考察や、 食糧に対する、日本の中枢部の政策について、(この80年間) 足りない地獄、余る地獄、と、厳しい指摘をされている。 無いないと言う前に、ちょっと回りも見ましょうよ、 温暖な気候、あふれる自然、工夫次第で、食べ物、、頑張れば国内で、、 輸入せずとも、調達できるのではないか?と、提言とまではいかないが サラッと、述べられている。大いに、共感した。 息子さんが後書きを書いておられる。 著者は、おそらく、、1939年生まれ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2025年10月29日 06時00分33秒
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