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カテゴリ:情報的生活行為
洛陽堂河本亀之助小伝 損をしてでも良書を出す・ある出版人の生涯 [ 田中英夫 ] 日ごろのルーティンに支障が出るほどではないが、 最近は、これ1本で、過ごす。 分厚い本で、しかも字は細かいし、読めない漢字も目白押し。 引用するにも普段のキーボードからの変換では太刀打ちできぬ。 かてて加えて、 ご先祖様、、のことが書いてあるのは確かにそうだが、とてつもなく多数の 明治人の氏名、出身地、誕生日、なぜこの本に登場するか、というのが 問わず語りに綴られている。 時に応じ、その登場人物の書簡の紹介が多い。必然、明治時代のどちらかと言えば、、 「意識高い系」の方々である。手紙文も読みにくい、、ってか、ムツカシイ。 そういうわけで、 結局、まだ半分くらいまでしか進まないでいる。 それでも、 後書き除いて636p、今、382pのところにおります。 以前書いたが、高島平三郎、というのが、亡夫の曽祖父、と思っていたと。 誰も、曽祖父母の数は8名いるわけだから、平三郎はそのうちの一人、と思えば 河本亀之助、が同じく亡夫の曽祖父でも、不思議はない。し。 不純な?動機で読み始めたものではあるが、 こうなったら、最後まで読んだるわ!みたいなヘンな動機である。 でも、明治時代始まって、(だから最初のころの人びとは皆、慶応生まれとかなんだけど)20年代30年代の頃の、郵便事情とか、出版事情とか、そういうの、かいま見れて、一定の問題解決の感じがして、これはこれで、面白いのではあるが・・。 135pに、突然、赤松麟作の名前が出て来る。画家である。 関西ではちと有名であった洋画家、だ。 (丁度、鍋井克之、のように。) その4文字は、本の中で光った。 この赤松麟作については、あたしの、祖母の姉が嫁いだW家が、 スポンサーじゃなくて、なんて言うのだっけ、、 そうそう、パトロン?であった、(ので)ということは、そのW家から嫁いだ、 としこさん(あたしが子育て中、お世話になった)の お家で、若いころから見せてもらってる。 そもそものキッカケは、そのとしこおばさんの絵羽織に、 彼の「つわぶき」の油絵が、描いてあり、 「これなに?」と聞いたので、おばさんが説明してくれたことによる。 和服の羽織に、油絵、というのが、違和感があって聞いたのだった。 赤松麟作、作、なわけで、。。 嫁ぎ先なので、W家のコレクションじゃないけれども、 大判の金屏風に、鶴、 家具の扉に風景画、と、だらけだった。 それとて、もう、その作品群を観たのは30年も40年も50年も前の事である。 その赤松麟作が、 河本さんの出す本の、表紙絵を描いたとある。 当時関西にも、人脈があったらしい。 河本亀之助は、竹久夢二を世に出した人、と言われてる。 当然、本中は夢二ばかりが出て来るのだが・・。 本の途中から、著者の事が気になりだした。 これほどの、文章を書くまでには、資料とか集めて、探偵のように、根掘り葉掘りしないと、書けないではないか。大変だよね、と、。 ま、そんなわけで、 ぼちぼちの視力は、ぼちぼち、弱っとりま。(すねん) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026年03月07日 15時22分36秒
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