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うどんのはなし
ネパールで『うどん』に近いものといえば、シェルパたちが食べるシャクパ(雑炊風)に入る『小麦粉団子』だけど、今ではカトマンズのアサンにネパール人が作る『半生うどん風』があり『うどん』と言えばトレッキングや登山隊のコックは解っている。5軒ぐらい製麺所があって、いずれの店も極太ソーメン風、中太の関西風、讃岐風のやや太いの三種類、名古屋のきしめん風のもあるが、いずれも卵入りがお勧めである。食感は日本の製麺と殆ど変わらない。湯がき方も食べ方も日本風とほぼ同じで『かき揚げ野菜てんぷら』『わかめ』『卵』とか、最近のコックは何でも作れるようになった。大阪人は薄味で鰹だし、昆布だし、だしじゃご、などなど。日本人ほどお国自慢の味付け豊富で、うまいノダ。うどんが簡単にカトマンズで手に入るようになったことはうれしい。写真は大阪・阿倍野のうどん屋さん。若い頃から高ヤンちで食べてた あべの発阪堺電車に乗っ て東天下茶屋、下車すぐ ブルガンダキとシャール・コーラの山と自然 2007/10/16 ラマガオンからムーゴンパへ(その1) ツームゴンパと呼ばれていた洞窟内ゴンパとラマガオンの由来となったカパン・ゴンパ ラマ・ガオンという地名は53年の故中尾佐助さんが独りで植物採取にシャールコーラを遡ったときには、多分ツームゴンパと呼ばれていた岩壁の洞窟ゴンパのことであったろう。現在のカパン・コンパがここに大きな寄宿舎と学校を作ったのは最近のことで、今はカパンゴンパと呼ばれている。ここは尼僧のゴンパで女性がたくさんいた。カトマンズのボドナートの北西にある大きな山の上、カパンゴンパは近年巨大な勢力を持って来て、尼僧だけでなくて男性のラマもいる。山麓にも巨大なゴンパが最近になって出来た。アンプルバ・ターメの長男テンジン・ザンブーもこのカトマンズの寺院、寄宿舎にいる。ラマの案内でゴンパを見学した。なかなか立派なゴンパで十一面千手観音(Sahasrabhuja-Avalokitesyara)とパドマサンバヴァの像が祭られてあった。 モザイク模様に間隔を開けて積上げたカルカの カパンゴンパの校舎 石積はみごとな模様となって美しい 寄宿舎と校舎が一体化されていて、ヘリポート完備のめずらしいラマの学校 ラマガオン すぐマニ石のメンダンがつづく 振返ると ラール村 ラマガオンのP.C.LAMAを道案内に雇用、プルベの村のおじさんと、外壁には燃料の糞を乾燥中 ペンジェトン村から 雨の中にキプー・ヒマール北端の5690mの山が霞んでいた ↓ ヒューゼン・ゴンパ チューレー村で雨がひどくなって丘の上にあるヒューゼン・ゴンパとそのパシュップ・コーラの大滝と雨とガスの中にパシュワ(Pashuwa)6177m西壁は見えなかった。帰りにははっきりと見えるのを期待して、この谷の奥には故中尾さんも長さ何キロにもありそうな長い氷河を確認して記録に書いている。決して高い山はないけど氷河の発達が山の高さに比べて注目するべきだとも・・・。村への入口の吊り橋渡る。 チューレーのマニ車のゴンパ ニレ近くのマニ石 紅葉も始まりそうで・・・。 雨宿り お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010/04/08 12:38:45 PM
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