~長い入院生活~とうとう退院!10月10日~22日抗がん剤の副作用が回復したら(下がった白血球が上がったら)とうとう退院だ。 白血球が下がっていても何の症状も無く元気なので、誰よりも元気な入院患者として残りの日を過ごした。 ただ、主治医の先生が腸の病気(後でわかった事だが大腸癌だったらしい)で入院してしまい、代わりの先生だったので、少し不安だった。 その先生から18日退院についての見通しと、退院後の方針を聞かされた。 それは1年半から2年後にもう一度開腹手術をして、再発していないかどうか 確認すると言うものだった。恐い・・・もう手術はしたくない・・・不安、不安。 でも・・・抗癌剤の副作用として聞かされていた脱毛が無かったのは嬉しい。 これは人それぞれらしいが、私は幸いにもほとんど抜けずにすんだ。 それと、卵巣、子宮すべてとってしまうことになるかも、と聞かされていたので、 左の卵巣だけですんだのは、幸運だったと思う。 これで少なくとも子どもだ出来る可能性は残ったし、この年で 更年期に悩まされずにすんだ。 外泊で家に帰っている時、入院中だというのにSデパートの優勝記念セール (所属の野球チームが優勝したため)出かけてしまった。 とにかく気持ちはもうすっかり元気だったので、どこかへ出かけたくて 仕方がなかったのだ。 ところがまだ身体は、本調子ではなかったらしく、デパートの中で脳貧血を起こして倒れてしまう。 セールでごった返し、応援歌の流れるデパートの中をタンカーで救護室と言う所へ運ばれた。 脳貧血というものは、頭に血が行かなくなる事で起きるので、頭を低くして 身体を楽にすれば大抵はすぐに気分が良くなる。 この時もタンカーに横になった時には、もうほとんど元気になっていた。 しかしこのとき一緒に行っていた母は、大慌て! おろおろして顔色も悪くなり、その方が申し訳ないほどであった。 救護室でしばらく休ませて貰った後、急におなかがすいてしまい、 デパートの中のお店でお昼を食べた。 私はもうすっかり元気だったので、パクパク食べたのだが、ショックから抜けきれていなかった母は、ほとんど食べられなかった。 『お母さん、心配かけてごめんなさい』m(__)m |