008345 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

ゆんたく物語

2021年04月24日
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
『沖縄對話』とぅ護得久按司朝常

 『沖縄對話』や明治12年(にん)3月(ぐゎち)ぬ廃藩置県から1年半後(あとぅ)んじ、沖縄県(うちなあちん)学務課(がくむか)が沖縄人(うちなあんちゅ)ぬ日本語(やまとぅぐち)ゆ習(なら)あする為(たみ)なかい纂(つく)たる教科書(しゅむち)やいびいん。
 あんし、うり書(か)ちゅる事(くとぅ)、県から言(い)い付(ち)きらったしえ、護得久朝常んでぃ言(ゆ)る按司(あじ)(尚泰3年~明治43年)なやあい、廃藩置県前(めえ)から学校所(がっこうず)んかい関(かが)なとおたる人(ちゅ)やみせえいびいたん。
 国学(くくがく)奉行(ぶじょう)、真和志平等(まあじふぃら)学校所奉行、真和志等総横目(すうゆくみ)、御系図(ぐちいじ)奉行んでえんかい当(あ)たてぃ来(ち)ゃるまぎいやみせえん。
 うんにいぬうちなあぐちんでぃ言いねえ、諸(むる)またいいくる、開音(かいうん)ぬ文語表記なやあに、合音=口音(ごううん)なかい書ちゅしえ、慣(な)りてえ居(をぅ)いびらんくとぅ、よねえあいあらんたる筈(はじ)やいびいん。
 やいびいしが、くぬ時代(じでえ)ぬ人ぬうちなあぐちえ、今(なま)ぬ、いいくるヤマトゥグチなかいみんぐゎっさとおるうちなあぐちとお違(ちが)てぃ、当(あ)たい前(めえ)ぬ事(くとぅ)、しょうむんやいびいたん。護得久んうぬしょううちなあぐちさあぬ一人(ちゅい)やみせえびいたん。

続(ちぢ)ちゅん。
註:按司=尚真王世ぬ前や按司。後おゆかっちゅ(さむれえ)、大名(でえみょう)とぅしちぬ身分。

【語句、訳】
『沖縄對話』と護得久按司朝常

 『沖縄對話』は明治12年3月の廃藩置県から1年半後に沖縄県学務課が沖縄人の日本語教育を目的として編纂された教科書です。
 そしてそれを編纂する事を県から委託されたのが、護得久朝常という按司(註:身分呼称)(尚泰3年~明治43年)であり、廃藩置県前より教育に携わった人間でした。
 国学奉行、真和志平等学校所奉行、真和志等総横目、御系図奉行等の経歴を持つかなりの人物でした。
 当時の沖縄語といえば、殆どが開音の文語表記でしたので、口語音で表記するのは慣れていませんでしたので、すんなりとできたわけではなかったはずです。
 この時代の人々の沖縄語は、現在の、およそ日本語の影響を受けた(毒された)沖縄語とは違い、当然ならが、「純粋」なものだったでしょう。護得久もそのネイティヴ話者の一人でした。

続く。
註:按司=尚真王時代以前は地方豪族。以降は士族(大名)としての身分呼称。
廃藩置県以降はそれらの身分は(自動)消滅した筈であるが、当時の史料(国による教育事情調査等の)を見ると(慣性的?に)廃藩置県以降も使われていたようである。






Last updated  2021年04月25日 19時10分01秒
コメント(0) | コメントを書く


PR

X

Calendar

Keyword Search

▼キーワード検索

Freepage List

Free Space

うちなあぐの書きことばの普及に役立てればと思ってはじめました。
よろしくお願いいたします。

Headline News


© Rakuten Group, Inc.