1198822 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

あるがままに生きる

PR

X

Profile


島ペン

Freepage List

Category

Archives

2021.06
2021.05
2021.04
2021.03
2021.02

Comments

島ペン@ すっかり 無沙汰(03/23) COCOさんへ おはようございます。久しぶり…
COCO@ Re:琵琶茶? の効能(03/23) ご無沙汰しております。 その後、いかがお…
まりりん@ Re:夏季シーズンの予約開始(04/01) 島ペンさ~ん♪ お久しぶりです たった今…
守破離@ Re:修・破・離(しゅはり)(11/21) 守破離、守破離、守破離
まりりん@ Re[4]:夏季シーズンの予約開始(04/01) 島ペンさんへ 恐れ入ります(;^_^A 息抜き…
島ペン@ Re[3]:夏季シーズンの予約開始(04/01) まりりんさんへ やっと、探し当てました。…
まりりん@ Re[2]:夏季シーズンの予約開始(04/01) 島ペンさんへ 大した事アップしてないか…
島ペン@ Re[1]:夏季シーズンの予約開始(04/01) まりりんさんへ アメブロで探したけど、な…

Calendar

2011.03.07
XML
カテゴリ:


ようこそ、お越し下さいました。




高野山にお参りするには、

和歌山県にある慈尊院から

スタートするのが良しとされています。

和歌山県九度山町にある慈尊院は、

弘法大師空海の母堂が四国善通寺より

息子の空海に会いに来て、

女人禁制で高野山に登れなかった

母堂が住んでいた所。

ここから、高野山の表参詣道である

高野山町石道が始まります。

慈尊院.jpg



今回は、積雪を考えて、

町石道の登山は断念して、

車で慈尊院から高野山まで上がってみました。



その途中には、天照大神の妹神が祀られ、

更に空海に真言密教の聖地を探していた空海に

高野山の地を導いたとされる狩場明神も祀られている

丹生都比売(にうつひめ)神社があります。

丹生都比売神社.jpg

この辺りが天野の里と謂われている所。

私の下手な表現より、

的を得た人がいる。

白洲正子氏の『かくれ里』

を引用させていただくね。



《まだかまだかと思ううち、

峠を二つばかり越えたところで下り坂となり、

いきなり目の前が明るくなった。

見渡す限り、まばゆいばかりの稲の波だ。

こんな山の天辺に、田圃があろうとは想像もしなかったが、

それはまことに「天野」の名にふさわしい。

天の一角に開けた広大な野原であった。

もしかすると高天原も、こういう地形のところをいったのかも知れない》



更に「ずいぶん方々旅をしたが、こんなに閑でうっとりするような山村を私は知らない」

「できることならここに隠居したい。桃源郷とは正にこういう所をいうのだろう」




天野の里.jpg


こんなところが天野の里だ。

私が訪れたこの日は、

早春の暖かな柔らかい陽を浴び、

うたた寝をしたくなるような日だった。

(やはり、我慢できなくなって車の中で1時間ばかり寝てしまった・・・)



四方に山々を抱き、

結構高くまで車で登ったのだが、

そんな高い所にこんな盆地が

あろうとは思えなかった。




ここに、西行の足跡があります。

まず、西行の妻娘の墓がある。



西行は、北面の武士を捨て、23歳で出家した。

その経緯は、過去記事にずいぶん書きましたね。

西行絵巻には、出家するにあたって

慕いよる妻子を縁先で足蹴にする

場面が描かれています。

西行物語.jpg


西行を語る文献には、

出家時のことを「妻子を捨てて出家した」

とだけ書いているものが多いのですが、

これのみでは彼がとても冷たい男に見えますね。


実際にはちゃんと弟に後の事を

頼んでいるし、こんな後日談もある。


出家の数年後、京を訪れた西行は、

5歳になったはずの娘が気になって、

こっそり弟の家の門外から中の様子をうかがった。

ちょうど子どもが遊んでいて、

髪が伸びて可愛らしく

成長していたんだけれど、

彼を見るなり

「行きましょう。そこのお坊様が怖いから」

と中に入ってしまった。

娘は後に有力貴族九条家の娘、

冷泉の養女になって西行も喜んだが、

侍女のような扱いだったので、

「娘を養女に出したのは小間使いにさせる為ではない!」

と西行は彼女を連れ出して妻の所に戻したといいます。

西行は妻子のことをずっと見守っていたと思われますね。


そして、天野にある妻娘の墓。

西行妻娘の墓.jpg

中央の五輪塔二つがそれ



西行が出家した後、

奥さんも娘を西行の弟に

預けて出家しています。

そして、当時西行は

落雷で荒廃してしまった

高野山を立て直す為の

資金を集める勧進をしていました。



奥さんはその西行を慕ってか、

高野山の麓にある天野に居を定めた。

更には、15歳に成長した西行の娘も、

京都から母を頼って一人旅で天野に来て出家した。

天野の母娘は、読経三昧の日々を送ったとされます。

そのすぐそばに西行堂が立っている。

天野の西行堂.jpg



思うに、西行の歌は総じて

純粋な心の産物のような気がします。

そのような歌を表現できる人って、

「愛」の深い人なんだなと思うのは私だけか。


西行が一方的に出家して、

残された妻子との空白の時間を、

この天野の地で埋めたのでしょう。



もともと、西行が出家したのは、

仏道に入って仏の道を求道するためではなく、

ただ自由を求める手立てとして、

出家の道しかなかったのではないか。


私が都会を離れ、島に移り住んだのも、

本当の自由を求めていたのかもしれませんね。


そして、西行の愛した待賢門院に

仕えていた中納言の局の墓も、

この近くにあります。

中納言の局の墓.jpg

中納言と西行は、

ともに歌を通じて

交わした友なのかな。



天野の里とは、

過去にどんな経緯があったかは一切問わず、

すべてを許してしまいたくなるような、

そんな思いにさせる地なのかもしれません。




本来は、一切を許されて

存在している私達。

「許されている」という

深い「愛」をもらっている私達。




もらいっぱなしでは

調和が取れないが故に、

「許す」という想いを

周りに与え続けなくては

いけないね。




そのことが、我々人間の

今生における使命なのですね。



この天野の地で、

再び強く感じさせて

いただきました。




天野の若者達は、

都会に憧れて出て行ってしまうが、

判で押したように必ず戻って来るという。

解るような気がします。







Last updated  2011.03.07 07:23:47
コメント(4) | コメントを書く
[旅] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.