2013/01/14(月)06:35
四国お遍路
ようこそ、お越し下さました。
京都から奈良を巡り、
今は四国徳島に居ります。
今回、念願の四国お遍路の第一歩を
踏み出すことが許されました。
昨日の早朝、
1番札所 霊山寺の駐車場に着きました。
日の出時間が島より15分遅く、
AM7時になっても薄暗い感じ。
そこには、すでに十数人の巡礼者が
7時の納経所が開くのを待って、
準備に忙しく立ち動いていました。
札所の納経所は、御朱印をいただける場所です。
御朱印は、帳面や掛け軸、
あるいは白衣に書いていただきます。
お遍路さんは、多くの参拝の
ルールにのっとって行われているようです。
でも、私の場合はけっこう
省略している部分が多く、
真面目な巡礼者とは言えないかも。
服装から巡拝方法まで、
全く決められたルールとは違っています。
でも、その心というか真意は
昔ながらのものには違いないと確信しています。
今のそのやり方は、
札所の権威を高めるためか、
複雑になっているのも事実。
でも、昔ながらの巡礼は、
もっとシンプルなものではなかったろうか。
八十八ヶ所の札所を巡る旅って、
目的は何なのだろうか。
何のために巡るのか。
巡ると、どうなるのか。
四国に限らず、私は奈良や京都の
聖地と言われる場所を巡ってきました。
巡る方法は、人それぞれに違っていいと思っています。
でも、普通の観光や物見遊山の旅ではないのは勿論です。
(物見遊山でもいいのかな??)
四国八十八ヶ所は、
聖地巡礼の極め付けではないでしょうか。
その理由はの第一は、
やはり1400kmを超える
距離にあると思われます。
そして、山岳信仰における神秘性の象徴でもある
山そのものに神性を抱くところ。
だから、札所の多くは山の中腹にあって、
けっこうな坂や急階段を登らなくてはなりません。
そういう厳しい条件の中、
早い人で40日、普通で50日もの
日数をかけて札所を巡る。
そして、そんな道行に
何が待っているのか、
何を感じるのか。
楽しみでもあり、
不安でもあるのでしょう。
今回の私の道行きは、
期間もあまりないことから、
徳島県のみになるのかもしれません。
私は、歩いて遍路道を巡ります。
カミさんは、車で巡ります。
昨日は、1番霊山寺から、
10番切幡寺まで歩きました。
歩数計は46000歩を超えました。
通常の私の歩幅は85cmなのですが、
階段とか急な上りを考えて80cmにすると、
その距離36.8km歩いたことに。
前日も、奈良の室生古道周辺を
同じくらい歩いたから、
ちょっとしんどかったです。
豆も2個作りました。
これを、何日も繰り返してゆくと、
慣れちゃう人とギブアップの人とに
分かれるのでしょうね。