1062918 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

あるがままに生きる

PR

Profile


島ペン

Freepage List

Category

Archives

2019.10
2019.09
2019.08
2019.07
2019.06

Comments

まりりん@ Re:夏季シーズンの予約開始(04/01) 島ペンさ~ん♪ お久しぶりです たった今…
守破離@ Re:修・破・離(しゅはり)(11/21) 守破離、守破離、守破離
まりりん@ Re[4]:夏季シーズンの予約開始(04/01) 島ペンさんへ 恐れ入ります(;^_^A 息抜き…
島ペン@ Re[3]:夏季シーズンの予約開始(04/01) まりりんさんへ やっと、探し当てました。…
まりりん@ Re[2]:夏季シーズンの予約開始(04/01) 島ペンさんへ 大した事アップしてないか…
島ペン@ Re[1]:夏季シーズンの予約開始(04/01) まりりんさんへ アメブロで探したけど、な…
まりりん@ Re:夏季シーズンの予約開始(04/01) 島ペンさーん✨ こんにちはー💮 営業開始さ…
島ペン@ Re[1]:琵琶茶? の効能(03/23) COCOさんへ ご無沙汰でございました。 「…

Calendar

全231件 (231件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 24 >

アセンション

2016.08.31
XML
カテゴリ:アセンション

 

ようこそ、お越しくださいました。


今シーズン4回目の台風休業となっております。

今年は、例年になく台風に気に入られているらしく?、

毎週のようにおいで下さります。

せっかくのバケーションを

網地島で過ごそうとされたお客様が、

中止を余儀なくされて、

とっても可哀そう。

キャンセルの電話をする時に、

皆さんとっても残念そうで、

日にちの変更でしのぐ方もいらっしゃいました。

でも、その変更日もまたもや台風で、船の欠航となり・・・

という事で、どたばたのシーズン後半となりました。



昨日は、台風10号が網地島付近を通過して行きました。

報道されていたほどの風雨ではなく、

先程ぐるっと見回りをした結果、

今のところこれといった被害はありません。

大量に降った雨も、速やかに海に流れ落ち、

強風にも人も自然の木々も慣れっこです。



まったく、有難いことです。

本当に、この島は自然災害?に強い島です。

311でも一人の死者もなく、

悲壮感を漂わせることなく過ごせました。

もっともっと、網地島の波動が上がってくれば、

何の心配や憂いは無くなることでしょう。




さて「日輪に向かって歩く」ということ。

先般、ある本を読んでいたら出てきた言葉です。

「あの日輪に向かって歩いて行け、

さすれば己の影を踏むことはない。」




日輪とは太陽のことですね。

お日様に向かって歩けば、

自身の影は後ろに回るので、

その影を踏むことはありません。

この意味する所は、

日輪は真理とか誠、

愛とかの代名詞。




それに向かって生きれば、

悔いや恐れを生むことなく

真の王道を進める、ということかな。

「言うは易し、行うは難し」で、

これって難しいですよね。

でも、完璧は無理としても、

これに向かって歩けという事ですから、

向かって歩こうとする姿勢が

大切なんじゃあないかな。



今私達が生きているという事は、

やるべきことがあるから生きている。

過去生からのやり残しがあるから生きているわけです。

やり残しが無ければ、

過去からのカルマを解消したことになりますから、

そういう人は生きる場所が

この次元の地球ではなくなります。

だから、やり残しが無い人は、

ここにはいないのです。


往生したという事、

解脱に至ったという事ですから

3次元の輪廻から解放され、

その魂は次のより高い表現の場に昇華します。



私達の今生の生きる最重要のテーマは、

そのやり残しをやり遂げることなのですね。

やり残しを完結させずに、

生きて行かなくてはいけないという理由で

その最重要テーマに手を付けずにいれば、

また再び輪廻の輪からは出られずに

同じことの繰り返しとなるようです。

どういう生き方でも、

それぞれの自由な選択ですからね。


私の場合は、出来得ることなら

3次元の世界から解放されて、

食っていかなくてはいけないという制限のない世界で、

より高次元の世界で生きてみたいな。






Last updated  2016.08.31 08:25:59
コメント(0) | コメントを書く
2016.06.13
カテゴリ:アセンション


ようこそ、お越し下さました。





前回のブログで、

今生の生を終了した後の生は、

今の物質世界でのステイタスである

業績や数字といった「形」は

あまり意味をなさないと書きました。



私がこういう考えに至るには、

島に移住する前の生活で「形」に

拘って生きてきたからに他なりません。

「形」に散々拘ってきて、

そして今になって

「実は実績とか数字とかは何の魂の浄化には関係ないのだ。」

ということにようやく気付いたのです。

関係ないというよりも、

むしろ結果として邪魔なものと思っていいのかな。

しかしそれが、その時は悪いことでは全くないという事なんですね。


その時、その年齢においては、

お金や数字に拘ることが大切な経験だったのです。

発展途上人というか、

人間の成熟度が低い段階で、

学んでおくべき重要なテーマなのでしょう。



一家を構えることは、

必然的にお金が大きく絡んできます。

だから、そこで経済力という事に執着することは、

至極自然なことなのですね。



そういう生き方にたっぷりと頭の先まで浸かった後、

第二の人生が近づいてきて、

「待てよ」と一歩立ち止まります。

「俺の人生、これでいいのかよ」
とね。



人間的に熟成期を迎えるその頃の年齢になると、

余命、残りの人生はどのくらいあるのか、

そしてその先の「肉体の死」も

頭の隅っこには意識し始めます。

体も徐々に無理のきかない状態になり、

老いを感じます。



あとどのくらい生きられるのか、

残りの人生をどんな生き方をすればいいのか、

死ぬまでにお金はどのくらいかかるのか・・・・・

そんなネガティブな考えに苛まされ、

辛い日々が続きます。



当然、この肉体が滅んだ先に、

どんな世界があるのだろうかと

考えるのも自然の成り行きです。



私の場合は、

島に移り住む前の30歳代後半から

こういう形而上的な問いかけに

かなりの時間を掛けました。

どういうわけか、

私は20代中頃から仕事の上での師の影響で、

精神世界に大変興味を覚え、

いろいろな宗教本を読み漁りました。


そして、1999年の世紀末思想、

あるいは2012年のマヤ歴にも大変興味を覚え、

思想的に随分と突っ込んだ覚えがあります。

そんな私の中の結論的な考えが、

このブログでチマチマと書いている所です。



そう、このブログの開設が

2006年3月ですから、10年過ぎました。

この10年間の記事が929回で、

その中の半数近くは「どう生きるか」

という事に関係する記事です。


そして、3次元の

制限のある肉体

という服を脱いだ後、

新しい服を着る===新しい次元で生きるのに、

より良く生まれ変わりたい、

そうするためには今、

どうしたらいいのか、

その事に生きる意義を見つけたのであります。



今までの60年間の私の人生が、

いろいろな紆余曲折を通して、

その事があって今日に至りました。

その事は、すべてが必然で引かれたレールに沿って生き、

霊的進化を遂げたいと意図するに至ったのです。

無駄な時期を過ごしたと思えた時期も、

全く無駄な経験は一切なかったのです。




老いという不安、

お金が減って行く不安、

「死」が近づくという恐れ、

自分の居場所や存在理由が解らない恐れ、

そんな不安や恐れを心に抱いて

「肉体の死」を迎えるのは、

あまりにも虚しいと思いませんか。




「肉体の死」に直面した時、

次の「生」に期待と希望を抱きながら、

残される人たちに「世話になった」と、

そして笑顔で「じゃあ、行ってくる」と

言える末路を迎えたいと思いませんか。



私が常々言っている

「肉体の死は終わりではなくスタートだ」

の所以です。


もし仮に、今辛い中で生きているとしたら、

その経験が大切なお宝だと

思える時期がきっと来るでしょう。

だって、そのつらい経験って、

あなたの霊的進化にとって必要だから

「天」が愛をもって与えて下さった恵みですもの。



自分を許し、相手をも許しましょう。

どこまでも、どこまでも許しましょう。


(これ、私自身に言っています)








Last updated  2016.06.13 10:33:32
コメント(0) | コメントを書く
2016.05.04
カテゴリ:アセンション


ようこそ、お越し下さました。





島の桜が散りました。

ソメイヨシノが散って、次は山桜。

それも散って山は青葉の季節。

私の好きな萌黄色に染め抜かれた島は、

桜から次のステージを迎えました。

例年は、5月連休の時に

満開から散り初めを迎えますが、

今年は幾分早い感じ。

月桂樹の花.jpg

我が家の庭にある月桂樹。
今年は花が多く、その可憐な美しさを楽しませてくれています。




さて、長々と書いてきた因果応報の話、

原因があって結果があるという事実、

話せばきりがなくなりますね。


お断りしておきますが、

私はかつて宗教団体という組織に入ったこともないし、

入る気もさらさらないですね。

基本的に、私は人と群れることを欲しません。

組織の中に入ることを好まないタイプ。

もちろん、人は好きですよ。

でも、長時間に渡って俗っぽい中に

身を置くことは無理なタイプです。

幸いにして、私の場合はそういう我儘が許される環境をセレクトしたため、

どっぷりと俗世に浸かることなくいられることって、とっても有難いことですね。

だからか、「道」を求め続けることができるのでしょう。

宗教団体に入ることをしなくとも、

いくらでも「神」に触れることはできます。

それは、「天を信じる」という事です。



「天」とは、この宇宙を創造された存在とでも言いましょうか。

私のこういった思想は、

「道」を究めたいと真摯に思う心でしょうか。

だって、私達が生まれ変わり死に変わって

生き続けた数千年がそれ以上か、

この結果をゼロに戻す作業を延々としてきたわけです。

ゼロという事は、調和に戻すこと。

それが出来ていないから、

生まれ変わった次の生でその続きをやる。

ゼロに戻すことができれば、

この3次元社会に生まれた宿題を完結したことになるので、

もはや生まれ変わる必要が無くなって状態、

すなわち往生する、または解脱する、

アセンションする、となります。



こんな話は、一般の生活の中で普通の人達の中

植え付けられた常識の中にいる人にとっては、

イカれた?話となるのでしょうね。



確かに、その準備ができていない人に

この話をしても、全く「糠に釘」でした。

そういう人にとって、

まだ時期が早いのか、

精神世界に入る前に体験しておくことが

たくさんあるのか・・・



まあ、全人口の2%も覚醒すれば

上出来とされておりますから、

致し方ないことですね。




先般、大阪からいらした二人の22歳の女の子二人。

「心の田んぼを耕す」というテーマに旅を続けているとのこと。

私の孫と同じくらいの年の二人と

長い時間を共有しましたが、

座右の銘とでも言うのでしょうか

「因果応報」と「足るを知る」だそうです。

これには、少し驚きました。

私が長年追求してきたテーマでもあるこの二つ。

このブログでも、度々登場してきた言葉でもあります。

大学生で、こういうテーマを考えているなんて、

確かに周りの人達と合わないと

言われたことも解ります。



1980~2000年代頃に話題になった

「インディコ・チルドレン」という子供たち。

より覚醒された子供たちで、

地球のアセンションを手助けするために

生まれてきたとされています。

SちゃんとMちゃん、

今はそのほとばしる熱い思いを胸に、

熊本に行っています。

二人には、いろんな経験をしてほしいですね。




わたしは、今生の生の長さを表現するのに、

こんな言い方をします。


「例えば、ここに100cmの物差しがある。

この長さが人の魂の寿命とするならば、

今生の人生80年の長さなんて、

きっと1cmにも満たないんじゃあないか」
とね。



今の3次元社会では長さというものが存在しますが、

そこを超えた高次元では

時空を超越した世界となるらしいので、

100cmという概念はないのですけどね。

私の住む宮城県も、

311という未曽有の災害を経験しました

今は、九州の方々がそれに直面しています。

そういう被害と思える出来事も、

因果応報という真理の表れなのでしょうね。

天の采配には理不尽と思えることもたくさんあるようです。

目先の出来事に囚われず、

大きく俯瞰できる心の目を養いたいですね。










Last updated  2016.05.04 09:39:12
コメント(0) | コメントを書く
2016.03.06
カテゴリ:アセンション


ようこそ、お越し下さました。





旅から帰り、更に春になると何かと忙しくなる昨今。

先月末から海藻類の開口が始まりました。

フノリから始まり、主流はヒジキです。

網地島産の海藻は定評があり、

市場にはあまり出回りません。

それはそれは、美味しい海藻です。

5月初旬まで、海藻採りは続きます。



そして、桜並木の剪定という仕事があります。

私が島に移り住んで22年、

只の一度も剪定をやったことがないと聞いています。


「桜切るバカ梅切らぬバカ」と言われるように、

桜は切るとそこから雑菌が入ったりして枯れる恐れがあります。

だから、剪定には気を付けないといけません。

でも、てんぐ巣病という病気に侵された枝は、

花芽が充実してくる前の

2月末頃までに切り取らなくてはいけません。

その切り口には、

保護材のトップジン等を

塗布して腐食に備えます。



あたふたと確定申告の書類関係を整備し、

申告が終わったのが2月24日。

それから桜の剪定を始めましたので、

もう4日位続けています。



同時に枝の周辺の樹木も伐採して、

日当たりと風通しを良くします。

状況によっては、梯子をかけて

高い所の枝も含まれ、危険を伴います。



カミさんには、

「年なんだから、危険を冒してまで

ボランティアをすることないんじゃない!」

と強く言われている。

私は「大丈夫だから。」

と言っては作業に出かけて行きました。



好き好んでやる一人の作業だから、

気楽だけど注意が必要です。


ところが、傾斜地で変な位置から梯子を掛けなければならない場面で、

気を付けて梯子を登って作業をしたにもかかわらず、

2.5m位の所から落下してしまった。

背中からドンガリ落ちたけど、

ちょっと足首を捻ったくらいで、

大きな怪我には至りませんでした。

ちょっと痛めた右足をかばいながら、

その日の午前中の作業を終わらせました。



しかし、その日の夕方辺りから

傷みがひどくなり始め、

腫れも酷くなってきた。

カミさんにあれこれ言われていたにもかかわらず、

梯子から落ちたなんて言えず、

「ちょっと捻っちゃってさ~」

と、軽くしゃべっていた。

しかし、翌日はお客様が結構いらっしゃる忙しくなる日で、

まいったな~と頭を抱えてしまった。

痛めた右足は床につけることができない。

過去の経験からすると、

このくらいの痛みと腫れの捻挫は、

最低3日はまったく動けず、

一週間は最低限しか動き回ることはできない。

明日は、どうしようかと悩む。



ところが、夜になったら少し楽になってきた。

おやっ、おかしいな、いつもと違うな。

まずは、早く寝ようと思い、床に就いた。

今は、ちょっと訳があって断酒中。

だから、床に就く時間も早い。

夜中に起きた。

ベッドから降りて、足を床についてみた。

「うむ、痛くない!」

「こんなはずはない、おかしい」

トイレまで歩いた。

普通とまでは行かないけど、問題なく歩ける。

「こりゃあ、奇跡じゃぁぁ!」



捻挫して、アンだけ腫れ上がって、

翌日に腫れが引かない状態で

そこそこ歩けるなんて、

全く信じられませんでした。

私の人生65年の中で、

見たことも聞いたこともない。



奇跡って、映画の世界と違って

小さな小さな驚きで、

一般的には偶然とか言われていますね。

大発見や大事業を為した方々のお話を聞いていると、

偶然が重なってとか言われています。

この世界に偶然なんてありはしない。

ちゃんとした理由があって、

意味があってすべてが必然です。

それらは、すべてが「天」や

ハイヤーセルフと言われている

高次元の存在の小さな「愛」なのかもしれません。

「かもしれません」なんて

無難な言葉を使いましたが、

私は確信しています。



捻挫した次の日の夕方、

いつも通りに10km弱の

ジョギングに行けました。

決して無理もなく、

足を引きずるわけでもなく、

いつも通りに。

ジョギングから返って来ると

家族のみんなも、びっくり仰天。

「何走ってんの~~」

と、非難ごうごう。

だって、痛くないんだも~~ん。


つらつらと考えるに、・・・・・

痛みを感じない体になってしまったのか。

いや、違う。

局部を強く押せば、ちょっとは痛い。


こんなに早い回復は、

神のみぞ知る世界だ。



心当たりがあるとすれば、

先月から始めた食事のとり方を変えたことか。

1、 食事の量を少なくする。

2、 飲酒量は、ビール300ccとウィスキーの水割り1杯のみ。

3、 食事の時間は15分以上とする。

4、 50回~100回はよく噛む。

そして、お客様の関係とか雨降りとか、

何かの理由がない限り毎日

10kmのラン&ウォークをやる。

事あるごとに、感謝の念を抱く。

こんなことを旅から帰ってやりだした。



更に、極めつけは2月末から

“断酒”


に踏み切っちまった。


10代半ばから半世紀にわたって

毎日飲んでいる酒を、断ったのだ。

これには、わっしもびっくりだ。

何故、こんなことをやり出したかというと、

「天」からのメッセージによる。

“体をきれいにしろ”


ということ。

“リセット”に近づけることだ。

高次元からのメッセージを受け取る

受信機としてのこの体を、

もっとピュアにしなくてはならないようだ。

そういえば、20年前に

喫煙をやめたのも、同じ理由だったな。

喫煙や飲酒、薬物の依存は、

霊的に退化する最たるもの。

特に喫煙と薬物は番外と言われている。

飲酒は、百薬の長の範囲を越えちゃって、

依存となれば問題になるのだろう。

この体の、言わば「改造」を始めたことが、捻挫事件の原因か。

これしか思い当たらないな~



ある程度の自分で納得できるところまでは

断酒で行ってみよう。

どこまでやれるかは知らねども、

今より少しでも光の方向に行ければいいな。







Last updated  2016.03.06 07:24:59
コメント(0) | コメントを書く
2016.02.29
カテゴリ:アセンション


ようこそ、お越し下さました。



旅から帰って1か月。

毎日、結構忙しい日々を送っています。

まずは、毎年のことですけど確定申告。

そして、桜並木の剪定やらのメンテ。

本業の料理人としても、少し忙しい感じ。

そして、旅の間おろそかになっていた運動不足の解消。

まあ、それらも何とかなりそうな今日この頃です。





数日前、変わった夢を見ました。

大変リアルで、時計を見たらAM1時。

このまま目を閉じて、その続きが見たいという思いと、

メモしなければ忘れてしまうという思い。

迷ったが、メモを取ることにした。

どうしても、覚えていたい夢だから。




夜空に大きな渦が現れ、

グルグルと回っていて何もかも吸い込み、

そしてそれはどこかに繋がっている。

それは3重の円で、

中心の円は立体的に内側に向かって

うねりながら回り込んでいる。

色はオレンジ色から茜色だ。


その外側2つは、それぞれ違った青色だったと思うが、

夜空のせいではっきりとしない。

青色の中に、何隻もの飛行物体が

中心のオレンジの渦の中に入って行く。

そこには選ばれた人々が乗っている。

UFOは地上に立つ私達の傍に降り立ち、

まるで重力が無いように地上30cm位の所に浮いている。

長さ5m位の小さなUFOは、

徐々に近づいてきて私の脇に停まる。

いつの間にか、指導員のような男が傍にいて

UFOの乗り方を教えてくれる。

それは、大変妙な乗り方だ。



乗るという事を心の中で決意すると、

UFOはまるでその意思が解るかのように

ゆっくりの上下逆に引っくり返る。

UFOのお腹を見せる格好になり、

私はその上に仰向けになって横になる。

すると、徐々に開口部が現れ、

その中に私は吸い込まれていく。

と同時にUFOは通常の飛行体制の上下を正常に戻し、

私はUFOの右側の助手席に座っている。



コックピットの運転席には

赤と白でデザインされた宇宙服を着た

異星人らしき男が座っている。

一見して欧米人のような

イケメンの30代くらいの紳士の男だ。



男はUFOを水平状態のままゆっくりと上昇させ、

数十メートル上昇すると船首を立て、垂直にする。

すると、そのまま垂直に上昇すると思いきや、

真後ろに猛スピードで飛び立った。

行先は、勿論オレンジの渦の中だ。



次々とたくさんのUFOが

同じようにして渦の中に飲み込まれていく。

そんな中で私はというと、

意識のみが地上に戻っている。

地上は昼間になっていた。



真っ青な青空に、

オレンジ色だった中心の渦は、

美しい青色になっていた。

その周りの2つの大きな輪も青色だ。

その中に、白い線のようなものが光りながら中心に向かっている。

渦は、おそらく地上から5000mくらい離れているか。

富士山のふもとから富士の山頂を眺めた時、

それよりも少し高かったくらいの高さか。

渦と二重の円の大きさは、

きっと数kmはあろうかと思われる。

私の意識は、準備の整った人々を

サポートするために地球に残っている。

準備が整った人々は、一目見ただけで解る。



こういう状況になることを解っていたというか、

高次元の存在から知らされていたか。

落ち着き払って、笑顔と喜びに溢れている。



私の家族の番になり、

私がUFOに乗るよう促すと、

「○月の初めころ(○日???)、

それに間に合うように出発します。」との事。

(都合上、日付は出てきたけどここには書きません)

私は「解った」と言って、

UFOなしで単独で青い渦に

吸い込まれるように一人で向かう。

この時の私は、すでに第一次アセンション

(次元上昇)を完了していたようだ。

渦に向かった人たちは、

渦の先は地球とは違う異次元に繋がっているという事を

しっかりと認識しているようだ。




京都高山寺の中興開山の人、

明恵上人(1173~1232)は、

19歳から始まり40年に渡って

夢の記録を書き留めた方ですね。

夢記(ゆめのき)として記録されたものが、

今も高山寺の残されておりますが、

きっと明恵さんも眠気を押して書き綴ったのでしょうね。




当ブログでアセンションについて

書いたのは、久しぶりです。


今までも、夢で何かのメッセージを

残して下さった例はいくつもありました。

今回の夢は、どんなメッセージが隠されているのでしょうか。

私が見たこの夢、誰か他にこんな感じの夢を見た人いないかな。








Last updated  2016.02.29 06:39:35
コメント(0) | コメントを書く
2012.11.01
カテゴリ:アセンション

 


ようこそ、お越し下さました。




どうも、ブログ更新が遅れています。

10月は、たった一回でした。

今は、すっかりシーズンオフとなって、

お客様はほとんどいらっしゃらない毎日。

では暇か、と言えばそうじゃあなく、

毎日ほどほど忙しく過ごしています。



1年半も待った新船が納艇され(今回は28フィート)、

新艇の常備係留するための確実な係船システムを作ったり、

11月から開口になるアワビ漁の準備をしたり。

更には、友人の別荘の物置やウッドデッキを作り、

そして今は、行政区の20艇のシーカヤックを

収納するための小屋に取りかかっています。

(約30畳くらいの広さかな)

その間に、我が家の越冬対策も講じなければなりません。

都会では、業者に頼んでやってもらうという選択もありますが、

島では自分のことは自分で、更には人のことも自分で・・・ということに。

まあ、そういうお声がかかるということだけで

ありがたいことですよね。



暇があまりないということが、

ブログ更新ができていない理由の一つではありますが、

本当の理由はそれとは違います。



仏教の「唯識」(ゆいしき)という教えを、

踏み込めば踏み込むほど人間社会の物事や、

森羅万象に執着や囚われることが薄くなってきています。


何があろうと起ころうと、ほとんど気にしなくなっていて。

一喜一憂も薄く。

喜怒哀楽も薄く。

ブログに書く気持ちに行きつかず・・・

でも、大いなる天の計らいには、

日々感動しております。


私の周りでは、特に不都合と言えるものは見当たらない、

大変充実した毎日を送っているといった感じ。



唯識思想、、、

自身の内面=心の在り方により、

目の前に展開される出来事や人間関係が

形成されるという真理に気付かされると、

永遠の安寧が約束されます。




人間として逃れることのできない苦しみを、

仏教では四苦八苦と言われていますね。

まず四苦の「生老病死」そして

愛別離苦(あいべつりく) 愛する者と別離すること

怨憎会苦(おんぞうえく) 怨み憎んでいる者に会うこと

求不得苦(ぐふとくく) 求める物が得られないこと

五蘊盛苦(ごうんじょうく) 五蘊(人間の肉体と精神)が

思うがままにならないこと

というふうに言われていますが、

本当に、これって苦しみなのでしょうか。



私は、そうは思えません。

唯識で言えば、四苦八苦という

起こるべく出来事のすべては、

自身が作り出したもの。


そこで、自身の浄化が進めば、

四苦八苦というものがまったく

別なものへと成り替わります。



私は、今の生が自分の世界のすべてだとする

唯物主義的哲学は持ち合わせていません。

むしろ私たちは、「肉体」という服を脱いで

物質世界を離れた世界が

本来の生きる世界、表現世界と言えましょう。


だから生老病死をそのまま受け入れ、次に備えればいい。


次に言っている「愛する者との別れ?」肉体の死で一時的な別れはあるね。

「嫌な奴に会う?」自分が嫌な奴だから引き寄せる。

「ものへの欲?」自身の準備が整っていないから、来るものも来ない。

「体と心が思うようにならない?」不調和だからね。

となると、

「四を受け入れ、八を学ぶ」

ということになるのかな。




人間の究極の不安はなんでしょうか。

私が思うには、「死」に繋がることなんじゃあないかなと。

再三言っていることですが、

「死」は「肉体の死」であって

服が破れたり着古したりすることと考えます。

三次元という物質社会では、

一切の物質は経年で滅していく営みです。

しかし、精神や魂といった物質ではないものは、

この範疇には帰属しませんね。




聖徳太子の言葉に、こんなのがありました。

「世間虚仮、唯仏是真」

(せけんこけ、ゆいぶつぜしん)


世間は虚で仮なり、ただ仏(ほとけ)の教えのみ是れ真(これまこと)なり


世間を無視する必要はないけれど、

ある程度の距離を置いておくことが肝要です。

何を仏の教えとするかは、それぞれの選択ですね。



世間が言わせている四苦八苦も、

見方を変え生き方を変えれば、

「苦しみ」ではなくなります。



ということで、今回も「唯識思想」に

行きついてしまいました。



さて、今日から11月。

天候により、今日からアワビ漁が開口となりますが、

海がまだ荒れているので開かないようです。

栃木県益子では、益子焼陶器市が今日から始まるとか。

ちょこっと行ってこようかなと。

その前に、宮城県美術館に寄り道して、

東山魁夷展なんか覗いたりして・・・

013.jpg

何かが天から落ちてきた???
 






Last updated  2012.11.01 04:34:18
コメント(5) | コメントを書く
2012.09.13
カテゴリ:アセンション

  メールはこちらから



ようこそ、お越し下さました。




ペンション晴耕雨読のホームページをアップしました。

http://www13.plala.or.jp/seikoudoku/


以前からのHPは、ある事情により閉鎖してしまいました。

それから、多くのお客様から問い合わせ等があり、

それではということで急きょ安直なHPを作りました。

今回のは、いたってシンプルで

簡単なもので月額480円のHPです。

今後少しずつ、体裁を整えていきますね。





さて、今年の暑い夏は平年なら30度に届く日は少ない島でも、

連日それを裏切られています。

でもここに来て、朝晩はすっかりと秋めいてきて、

早朝ジョギングの再開ができるようになりました。

お客様も、ぐっと少なくなりましたからね。



やはり、夕方よりも早朝の方が走るのに気持ちがいい。

朝食前だから、走るエネルギーは

体の中に貯めこんだ脂肪を燃やします。

その燃焼度は、夕方の1.5倍とか。



まず、血中脂肪から始まり、

内臓脂肪、皮下脂肪と移ります。

疲れの原因である乳酸が筋肉に残らない程度の

心拍数で走ればいいのですけどね。

心拍数を120程度に抑えればいいのですけど、

どうもそれ以上に走ってしまう。

今は、平均で125~135くらいか。

これは、有酸素運動と無酸素運動のギリギリの境。

ただ、走った日の午前中は、

少し下半身に疲れが残るかな。


8kmを60分かけてゆっくり走るのですけど、

高低差100mのアップダウンがありますから心拍数も上がります。

61歳という年齢からすると、少しやり過ぎかも。



いつも、折り返し地点のお地蔵様に手を合わせ、

こうして自分が存在していることへの感謝の気持ちを伝えます。

そして、般若心経を唱え、マントラを唱和する。


最近は、この般若心経にのめっています。


「般若」とは、

「人には知ることのできない原理」

を指すそうです。


ここで言うところの「人」というのは

一般的衆生を意味します。

多くの一般大衆には、

とても知り得ぬことのない

宇宙の真理を「般若」というのですね。

般若心経は、それを解りやすく紐解いた

大乗仏教の入門書と言えるかもしれません。


そして、般若心経を語るには、

避けて通れない

「唯識思想」

があります。



「唯識」は、4~6世紀にインドの

無著(むじゃく)と世親(せしん)によって

大成されたものが日本に伝わったもの。



私がよく引用させていただいている

「目の前に展開される現実とされるものは、

自身の内面の投影である。」


という考え方が、この「唯識思想」です。



般若心経の「空」という思想、

「無」という概念に通じます。



これは私の・・・否、求道者の永遠のテーマでもあり、

これからも当ブログで私なりの観方を

展開していきたいと思っています。



さて、唯識で言うところの

「内面の投影」というのは何なのか。

これを一言で言えば、

自分自身の波動レベルが

どれだけかということかな。



刹那刹那の波動ではなく、

過去生から今生までの

総合的波動レベルを意味します。

未精算のカルマから、

3次元世界の最終章と言われる

今生での「調和」レベルが問われます。

その調和の度合いによって、

現実が展開されていくということか。



糖尿病で例えるなら、

採血時の血糖値がどうあれ、

血液中のヘモグロピンA1Cの数値が、

過去数か月の実態を写し出す

「糖尿病値」ということを

内科医の先生が言われます。



人間の波動とは、

もっともっと長期のスパンでの

総合人間力とでもいえるのでしょうね。

勿論、現実とされる事象に、

本人がどう向かって行くかが

調和度を高めていく要諦であるのは

ご承知の通り。



不都合な現実が展開された時、

学びの為の不都合ですから

それを逃げていたのでは

前には進めませんね。



そこには「感謝」という、

調和に戻す強力なすべを為せば前進できます。


そしてまた不都合、それを感謝。

更にまた・・・・・


これの繰り返しで、波動レベルがどんどん上がり、

目の前の現実から一切の不都合が消滅されていきます。




私が島に移住しようと決心した20年前、

子供のころからの極貧生活から

家族には金の苦労をさせたくないというトラウマが育ち、

強かったお金への執着心。

その命の次に大切と思っていたお金が、

どんどん強制的に奪われたあの頃。

そして、島での移住先の家の全焼というアクシデント。

さらに、消火活動での一酸化中毒による入院。

生死を彷徨った中での、いただいた命。

そして、1年半前の地震と津波・・・・・

そんな、選択の余地すらない強制的な天による剥奪。


無理やり私から余計なものをどんどん剥ぎ取られ、

生かされた命のありがたさと、

心からの「感謝」を学ばせていただいた。



通常の不都合を展開させて・・・

なんていうものではなく、

もっと波動アップの

スピードを速める手立てとして、

こんな形で「調和」への道をつけて下さった。


そして今、私の目の前からは

「不都合」というものは

消滅したかのような平穏な日々。

ありがたいですね。


「鏡(かがみ)から、

我(が)を取ると

神(かみ)になる」


と言われています。


私達のすべきことは、

「唯識」という大乗仏教の

哲学を学ぶことではなく、

自我が織りなす不都合という形の

「不調和に生きているよ」

という教えを謙虚に受け入れ、

それを超えて安らぎの心静かな日々を送り、

究極の目的である

「解脱」に近づこうということですね。


今日はこの辺で。

002.jpg

キノコ雲のような・・・・・


007.jpg


田代島の向こうの、奥羽山脈にその身を隠そうとしているお日様







Last updated  2012.09.13 04:59:50
コメント(8) | コメントを書く
2012.04.23
カテゴリ:アセンション

メールはこちらから




ようこそ、お越し下さました。




旅の出る前の私の体重は、

70kg プラマイ0.5kg位。

この体重は、記憶が定かではないけど

15年くらいは続いていると思われます。

身長が178.5cmだから、

理想的な体重とされているようです。


でも、旅の期間中に、

少し太ってしまったんですよ。




4月1日に島を出て、

最初の予定地の京都に8日間いました。

この時は、京都市街から外れた

大原や鞍馬、嵯峨野や高雄といった所を

ウォーキングしていましたから、

毎日が結構な運動量でした。



京都から北軽井沢、益子、茨城、

そして水沢温泉に至っては、

ほとんど運動はなし。

食っちゃあ寝、食っちゃあ寝の繰り返しで、

島に帰った時は2.5kgオーバーの72、5kgでした。

「こりゃあ、いかん!」と・・・。




19日の夕方のジョギングはいきなり体が軽く、

あわや記録更新かと思えるほどの好調さ。

走り終えて、風呂上がりでの

体重計の数値は72、4kg

「う~~ん、変わらん!」



20日は、たまっていた

作業を朝からビシバシ。

食事もいつも通りにモリモリと。

そして、夕方の風呂上がりの後の

体重計の数値は、なんと

70、6kgとなっている。

あれ、ちょっとおかしいかな

と思ってもう一度体重計に。

体重計は狂ってはいなかったのです。

2日間で急激に2kgの減量です。

そして、昨日の夕方の測定は、70.0kg

いつも通りのベスト体重に戻ってしまった。




思うに、私の体の調和という観点から、

常にその状態を維持しようと、

自動的というか、

きっとハイヤーセルフと

繋がった仕組みが展開され

このようになるのではないかと。


「願えば叶う」

という言葉があります。

これは、宇宙の仕組みの一つでもありますね。

思いが(想念が)現実となる仕組みです。



地球がアセンションした後は、

アセンションを選択した人達に訪れる現象です。

5次元以降の世界では、

それが当たり前の世界と言われています。

思えば、それが現実となっちゃう世界。

素敵ですね。



それが、波動形態の低い今の3次元地球では、

具現化するスピードが著しく遅くなっている。

でも3次元でも、より5次元的に生きている人には、

「願えば叶う」ということが確実に

起こり始めているのでしょう。



「調和に生きよう」と

選択した人へのご褒美かもしれません。

私の場合、5次元に片足を突っ込んでいるのかな。

やはり、今までの常識とされることは、

私には該当しなくなってきているのかも。




私にとっての2012年は、

ドキドキの年のようです。

竹で編んだごみ入れ.jpg

さすが京都。

こういうところにも気配りが。

美しいですね。







Last updated  2012.04.23 07:18:05
コメント(4) | コメントを書く
2012.02.23
カテゴリ:アセンション

メールはこちらから



ようこそ、お越し下さました。




今まで震災後の6月から

9か月にわたって

実施されていた、

水産庁が音頭取りの

漁業者支援策である

瓦礫撤去作業が

この3月いっぱいで

終わるようです。




これは、国民の食を担う漁業者が、

被災を理由に漁業から離れてしまうことを

防ぐ目的で設けられました。

船は流され、

地盤沈下で港が冠水し、

磯が無くなり、

高齢化も相まって

漁業に見切りをつけるには

格好の時期でありましたね。


しかし、この施策で

網地島の漁業離れは

食い止められました。




漁業に直接的に携わっていない

私達のような宿泊業者にとっても、

とてもありがたいものでしたね。

なんせ、観光で訪れる人は震災からぱたっとなく、

復旧に関わって下さる業者さんは、

公共の施設で宿泊されていましたから、

ペンションや民宿に泊まる人は

あまりいませんでした。



だから、この支援策があったため、

島外へ出稼ぎ?に出なくても済んだのかな。(笑)



多くの島の人達と毎朝集まり、

参加者の写真を撮って

今日の作業に向かう。

島の仲間と共に過ごし時間は

とても有意義な

楽しい時間でもありました。


あの3月11日から、

「島のお年寄りたち」

という言い方から

「島の仲間」

という言い方に

変わってしまいました。

変えるに足る、

中身の濃い時間を

共に過ごしてきました。




そんな中での私の世俗との付き合い方は、

「接して交わらず」

というスタンスに変わりはありません。


ちょっと冷たい言い方に聞こえますね。



モロ3次元的な話題になると

(人の悪口や噂話、賭け事やテレビの話題)、

それをサラッと受け流す私のテクニックは

上級者の域に達していますよ(笑)。





人それぞれ、目指す領域は違っていておかしくない。

いや、目指すものすら見いだせないで、

その日その時を世間に流されて

生きている人が多いのかな。


でも、そんな人でもいつかは

霊的道しるべを見いだせるものと信じます。


だから、どんな世界に身を置いている人でも、

仲良く手を携えて生きていける。



でも、あなたはあなた、

私は私だから、

深く交わることはできませんね。


深く深く交わることが

できるのは、自分だけかも。




自分と自分が深く交わることって、

いったいなんだ。

今生の自分と、

ハイヤーセルフとのやり取り。



それは、自分探しということか。


うん、ずい分やったな、それは。

散々やっても、果たして自分を探し出せたのか。

うん、今3次元に身を置いている場面においては

充分探し出せたと思う。



あとは、後の身を置く場面での自分は、

その時に考えることにしよう。


震災からのこの1年を、

どう過ごすことができたのか。

それによっては、

これから訪れようとしている

分離と統合の狭間に、

大きく影響を及ぼすであろうと考えます。

被災された方、それを見守る方に関わらず、・・・ね。










Last updated  2012.02.23 07:41:21
コメント(3) | コメントを書く
2012.01.04
カテゴリ:アセンション


ようこそ、お越し下さました。




明けまして、おめでとうございます。

昨年は、多くの方が訪れて下さりました。

本当に、ありがとうございました。

本年も、よろしくお願いいたします。




今、秋田県の後生掛温泉にて

湯治をしながら、

静かに正月を迎えております。



離島に移住してから、

早いもので20年となろうとしております。

世俗の喧騒から一歩離れて、

静かに自分の生の仕上げをするつもりで

島に移り住みました。

光陰矢のごとし。

過ぎた月日は早く感じるものですね。




生の仕上げ・・・

どこまで出来たのだろうか、

ふと考えます。



完璧とまではもちろん行きませんが、

まずまずいい線なんじゃあないかと、

静かにほくそ笑んでおります。




世間では何かと騒がしい、

2012年がスタートいたしましたね。

まあ、私のスタンスは今まで通り、

外部に答えを求めずに、

生の仕上げを続けることのみなのですがね。


そういう意味では、

生の仕上げの中の更なる

仕上げの段階に入るのかな。



それって何をするの? となると。


朝から寝るまで、

(寝てる最中もかな)

心平らかにできるかに

かかっています。


そして、存在することの

一切に関して感謝の念を抱きながら、

残された時間を過ごすことに尽きます。


外部からの雑音は軽く受け流し、

一切振り回されず、

自分の内面に答えを見出します。




今は、ありがたいことに

そういう環境がほぼ

出来上がっています。


後は、自分の軸が

天地をどこまでも貫き通す、

微動だにしない選択をすることです。




今となって、特に軸ブレするような

罠を仕掛ける闇的存在はいなくなったし。



私の周りでは、

家族を含め波動の高い人が

集まっていますから、

心強い限りです。



今年は、その人に観合った

2012年があると思います。


その人の波動に相応しい年にね。

自身の周りで起こる出来事に、

謙虚に見つめなくてはなりません。


その人の波動に感応した

出来事や人が集まるのも、

自然の摂理です。




どうか、不都合が起こっても

人のせいにしないでね。



それでは、今年もあなたにとって

素敵な年でありますよう。

IMG_1197.jpg

最初に滞在した八幡平ペンション村。

雪、雪、雪。


IMG_1198.jpg

こんな感じの道路を更に走って、後生掛温泉へ。









Last updated  2012.01.04 07:08:03
コメント(14) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全231件 (231件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 24 >


Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.