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植木屋の三代目をやってます村野園のブログです。

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2019.03.16
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動じない心 宮城泰年さんの本を読んでみました。
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大峯奥駈道と大峯修行でのお話が満載です。

修験道のはなしから少しそれますが実は2回ほど滝行を行っています。
二度目の時は死ぬほどの苦しみを味わいました。
というのも全然呼吸ができないのです。
呼吸を無理にしようとすると呼吸ができず・・・

滝行の前に副住職さんに呼吸の仕方を教えて下さいとお話したところ言葉では教えられないと言われました。

数人の方が滝に入っていくのですが私は一番勢いの良い場所に入るように指示をうけました。
かなりまずいな・・・案の定呼吸が出来ない状態に。

さてどうするものか・・・と考えていたところ・・・
滝に逆らうのをやめて肩の力を抜き「どうぞ水をあててください」と思った瞬間に呼吸が楽にできるようになりました。

数分間でしたが貴重な体験をさせていただきました。
後で副住職さんにお聞きしたところ私があのような所に入れたのですか?とお聞きしました。姿勢が良かったというお話でした。
姿勢ですか?・・・・

おそらくお寺で掃除をしていた時に副住職さんは私の掃除に対する丁寧に向き合う姿勢をみておられたのかもしれませんね。

話は本の内容になりますがいくつかの
​大峯奥駈道での不思議なお話ですね。

P106ページにこのようなことが書いてあります。

山伏は岩にせよ滝にせよ、あるいは山自体にせよ、それらを拝むときは向き合っている。しかしそれらを対象と見ているのではない。それらの一部として自分がある、と感じている。それらと一体になろうとしている。「向き合う」とはそういうことだ。

わたしはおそらく滝行で一時的ではありますがそれに近い状態になったのでしょう。
かなり深い言葉ですね。

この本に書かれていることを実践することは難しいかもしれませんがこれからも努力をしていきたいと思いました。

最後までお読み頂きましてありがとうございました。









最終更新日  2019.03.16 20:19:37
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