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2020.02.25
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カテゴリ:本日の壱枚の写真

​​本日の壱枚の写真 熊野三山編 
その弐拾壱
​​​


樟霊社 胎内くぐりの入り口


那智大社のHPより参照いたしました。

樟霊社(しょうれいしゃ)
 樹齢約850年の樟を御神木として祀っています。
 幹が空洞化しており、護摩木(300円)を持って通り抜けることが出来ます。
 平重盛の御手植えと伝わっています。



苔ののり方が何とも言えませんね~



平重盛公をちょっと調べてみました。
Wikipediaより参照いたしました。

​​平 重盛(たいら の しげもり)は、平安時代末期の武将・公卿。平清盛の嫡男。

保元・平治の乱で若き武将として父・清盛を助けて相次いで戦功を上げ、父の立身に伴って累進していき、最終的には左近衛大将、正二位内大臣にまで出世した。嫡男ではあったが継室の時子の子である宗盛や徳子とは母が異なり有力な外戚の庇護はなく、正室が藤原成親の妹・経子であったため、成親失脚後は一門のなかでは孤立気味であった。政治的には平氏一門の中で最も後白河法皇に近い立場にあった。清盛の後継者として期待されながらも、清盛と後白河法皇の対立では有効な対策を取ることができないまま、父に先立ち病没した。
​​

​​​​​好青年で戦に強い方だったようです。
父である平清盛に後妻をとってからは苦難の連続だったようです。42歳で亡くなったのですがそれにより平清盛公を抑える力が無くなって行きます。

この辺は豊臣秀吉公の弟である豊臣秀長公的な存在だったのかもしれませんね~
人と人の間を上手く調整する役目は本当に重要だと思いました。
身近にいた方がいなくなったことで運命が変わっていくんですね・・・
もし平重盛公がもう少し存命であったら歴史も変わっていたのかもしれません。

本日も最後までお読み頂きましてありがとう御座いました。






最終更新日  2020.02.25 11:28:02
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