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テーマ:学校・教育(264)
カテゴリ:偉人論
「学者勉めざるべからず。」 福沢諭吉のこの一文には、今も変わらない真理が宿っているように思います。 あまりにも有名な書でありながら、実際に『学問のすゝめ』を読んだことのある人は少ないかもしれません。けれど私は最近、あらためてこの本を手に取ってみました。すると、そこには、現代を生きる私たちにも大切な問いと、静かな勇気をくれる言葉たちが、丁寧に綴られていたのです。 *** 「昨日の所信は今日の疑団となり、今日の所疑は明日氷解することもあらん。」 これは福沢先生が第十五編にて書かれた一節ですが、私はこの言葉に深く心を打たれました。 私たちは、時に自分の信じていたものが揺らいだり、反対に、曖昧だったことが腑に落ちたりする瞬間に出会います。その過程を、福沢先生は「学問」の本質ととらえていたのです。 多くの本を読み、多くの人や事象に触れ、虚心平気(=偏りのない心)で、真実を求めていく。 それは、答えをただ鵜呑みにすることではなく、 「本当にそうなのか?」と、自分の目で確かめ、心で感じる作業です。 だからこそ、学問とは生き方の姿勢であり、思考の筋トレでもあるのだと思います。 *** 日々の暮らしの中で、私たちは多くの「当たり前」に囲まれています。 SNSで流れてくる言葉に頷き、ニュースに反応し、時に誰かの意見をそのまま自分の考えだと錯覚してしまうことさえあります。 だからこそ、ゼロベースで考える時間が必要です。 自分の考えは、どこから来ているのか。 誰かの言葉を借りていないか。 心から納得しているのか──。 そう問い直すことで、思考の棚卸ができます。 それは時に、少し疲れる作業かもしれません。 けれど、棚卸をせずに詰め込み続けた部屋は、いつか足の踏み場がなくなってしまいます。 学問をするとは、 自分の中にある「思い込み」や「固定観念」をいったん取り出して、 必要なものと向き合い直すことでもあるのです。 *** 「なにも勉強は義務ではない。」 この言葉に、私はほっとします。 誰に強制されるわけでもなく、 自分のために、自分のペースで、 世界と自分をもう一度結びなおしていく。 それが、**本当の意味での「学び」**なのではないでしょうか。 学生に限らず、大人になってからも、 何かを知りたいと思った瞬間に、学びは始まります。 そして、知れば知るほど、 世界は複雑に、でも豊かに、見えてくるようになるのです。 *** 今の時代だからこそ、『学問のすゝめ』は読まれるべき本だと思います。 100年以上前に書かれた言葉が、今の私たちに 「考え続けることの大切さ」を、やさしく、でも確かに教えてくれる。 そしてそれは、誰かのためでも、正解のためでもなく、 自分自身が、自分らしく生きていくための力になるのです。 学問は、自由への道。 学問は、自分を信じる方法。 時代がどんなに変わっても、 この一冊が教えてくれることの価値は変わらないと、私は思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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