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カテゴリ:子育て論
「この人は天才だね」「才能がある人はやっぱり違う」
そんなふうに思う瞬間、ありませんか? たしかに「天賦の才」という言葉があるように、 何かを初めてやったその瞬間から、光るものを持っている人はいます。 絵を描けば美しい線を描き、楽器を持てば自然と音が鳴る。 そういう姿を目の当たりにすると、つい「自分にはそんな才能、ないな」と思ってしまうものです。 でも、そんなふうに見える人たちが、本当に“労せずして”その才能を咲かせてきたのでしょうか? 私は、そうは思いません。 むしろ、そうやって「才能を咲かせて生きている人」ほど、 人の目には見えない場所で、どれだけの時間をかけ、 どれだけの失敗と挑戦を重ねてきたか、想像もつかないほどです。 表には見えない「人並み外れた努力」や「淡々と積み重ねる忍耐」。 才能という木は、肥沃な地面の中でじっくりと根を張ってから、ようやく芽を出すのです。 なのに私たちは、花が咲いた瞬間だけを見て「生まれつき違ったんだ」と思ってしまう。 それはあまりにも、もったいない誤解ではないでしょうか。 子どもたちに「可能性は無限だよ」と語るときも、 その言葉の“奥行き”をちゃんと伝えてあげたいなと思います。 無限の可能性というのは、 誰かが魔法のように与えてくれるものではありません。 そして、勝手に開いていくものでもない。 その人が「やってみたい」と願い、 「続けたい」と思い、 「くじけても、もう一度」と立ち上がって、 その果てにやっと、ぽつりとひとつ、可能性のつぼみがほころび始める。 だから、もし子どもが何かに挑戦しようとしていたら、 「がんばってもすぐに結果が出ないことがあるよ」 「でもそれでも、君がそれを好きなら続けてごらん」 そんなふうに声をかけられる大人でありたいと思います。 少しやってうまくいかないだけで、 「自分には才能がない」と感じてしまう人もいるでしょう。 だけど、そう決めてしまうその瞬間こそが、 本当は眠っているはずの“あなたの天賦の才”が顔を出すチャンスを閉ざしてしまっているのかもしれません。 生まれ持った種は、たしかに人それぞれ違うかもしれない。 でも、どんな種にも水が必要で、光が必要で、何より「育てよう」とする気持ちが必要なのです。 あなたの中に眠っているものは、 少しずつでも手をかけていけば、きっとある日、 「これが自分の才能だったんだ」と気づける瞬間が来るはずです。 そのときはきっと、誰かに「天賦の才だね」と言われるでしょう。 でも、あなたは知っているはずです。 それがただの“偶然”なんかではなく、 自分自身でコツコツと耕してきた、大切な一輪だということを。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2025.05.21 21:42:13
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