成績が伸びる子には共通点がある「頭の良さ」より大切な、学び続ける習慣
「入塾したときの成績が、その後の伸び方を決める」塾の現場にいると、ついそう考えてしまうことがあります。最初から成績の良い子は、その後も順調に伸びていく。一方で、入塾時の成績がそれほど高くない子は、なかなか上位に追いつけない。もちろん、そうした傾向がまったくないわけではありません。しかし、長く子どもたちを見ていると、それだけでは説明できない場面にたくさん出会います。入塾時にはそれほど目立たなかった子が、半年、1年と経つうちに大きく伸びる。反対に、最初は非常に優秀だった子が、思ったほど伸びなくなる。つまり、「最初の成績」と「その後の成長」は、必ずしも一致しないのです。では、伸び続ける子には、どんな特徴があるのでしょうか。私が塾の現場で特に大切だと感じるのは、次の三つです。■「テストのため」だけに勉強していない一つ目は、「短期決戦型の勉強をしていない」ことです。テスト前になると一気に勉強する。そして、テストが終わると、勉強したことをきれいに忘れてしまう。次のテストが近づくと、また慌てて勉強する。これは決して珍しいことではありません。しかし、本当に伸びていく子は、勉強を「テスト前だけの特別な行為」にしていません。普段から本を読む。授業で知らない言葉が出てきたら調べる。問題を解いていて「なぜだろう」と思ったら考える。わからなければ先生に質問する。つまり、「学ぶこと」が日常の中に入っているのです。テストは、あくまでその途中にある一つの確認に過ぎません。だからこそ、テストが終わっても学びが止まりません。塾としても、ここは大切にしたいところです。「テストの点数を上げること」はもちろん重要です。しかし、それだけを目標にしてしまうと、子どもは「テストが終われば勉強も終わり」と考えてしまいます。私たちが育てたいのは、「テストがなくても学べる子」なのではないでしょうか。 ■点数よりも「知りたい」が勝つ二つ目は、「知らないことへの好奇心」が強いことです。塾で少しテキストから外れた話をしたとき、「先生、それってどういうこと?」と聞いてくる子がいます。こういう子は強いです。なぜなら、「それ、テストに出ますか?」よりも「もっと知りたい」が先に来ているからです。受験勉強をしていると、どうしても、「何を覚えれば点数が取れるのか」「どの問題集をやれば成績が上がるのか」という発想になりがちです。もちろん、それも必要です。ただ、学びの出発点は、本来もっとシンプルなのかもしれません。「知らない。だから知りたい。」この気持ちです。例えば、虫が好きな子がいるなら、虫の名前を調べればいい。電車が好きなら、路線や駅について調べればいい。スポーツが好きなら、選手の成績や歴史を調べればいい。大人から見れば「そんなことを調べて何になるの?」と思うことでも、本人が夢中になっているのであれば、それは立派な学びです。むしろ、そうした「寄り道」が、後になって大きな知識の土台になることがあります。だから私は、長期休暇などに「勉強だけをさせすぎないこと」も大切だと思っています。もちろん最低限の学習は必要です。でも、遊んでもいい。出かけてもいい。興味のあることを調べてもいい。「自分が知らないことを、とことん調べてみる時間」を持ってほしいのです。塾の先生や保護者が、「勉強しなさい」だけではなく、「それ、面白そうだね」と言えるか。ここには、大きな違いがあると思います。 ■「だいたいわかった」で終わらない三つ目は、「細かく考える習慣」があることです。例えば、国語の文章を読んでいるとします。伸びていく子は、「だいたい意味がわかったから次へ」と簡単には進みません。「なぜここで、この言葉を使っているのだろう」「この文章と前の文章では、何が違うのだろう」「この答えになる根拠は、文章のどこにあるのだろう」と考えます。数学でも同じです。答えが合っていたとしても、「なぜこの解き方で解けるのか」「別の方法では解けないのか」と考える。理科でも社会でも同じです。ただ答えを覚えるのではなく、「なぜそうなるのか」を考える。つまり、「わかったつもり」で終わらせないのです。これは、勉強ができる子だけに必要な習慣ではありません。むしろ、塾として子どもたちに身につけてほしい習慣の一つです。「正解したから終わり」ではなく、「正解したけれど、なぜだろう」と考える。ここから、学力のもう一段上の成長が始まります。■「頭がいいから」で片づけないここまで読んで、「でも、それはもともと頭のいい子だからできるのでは?」と思われる方もいるかもしれません。確かに、生まれ持った能力には個人差があります。理解する速さや記憶力にも違いがあります。しかし、塾の現場で長く子どもたちを見ていると、それだけでは説明できないことがたくさんあります。最初はなかなか成績が上がらなかった子が、ある時期を境にぐんぐん伸びる。最初から成績が良かった子が、途中で伸び悩む。その違いを生み出しているものの一つが、「学ぶことへの姿勢」なのだと思います。「知らないことを調べる」「わからないことをそのままにしない」「なぜ?と考える」「自分で考えてみる」こうした小さな習慣が、毎日の中で積み重なっている子は強い。だからこそ、私たちは「あの子は頭がいいから」と簡単に片づけないことが大切なのではないでしょうか。 ■親が「そんなことより勉強しなさい」と言わない子どもが何かに興味を持ったとき、大人はつい、それが成績につながるかどうかを考えてしまいます。「それを勉強したら何の役に立つの?」「そんなことをしていないで、学校の勉強をしなさい」でも、少しだけ待ってみてもいいのではないでしょうか。子どもが夢中になっているものの中に、「学ぶ力」の芽があるかもしれないからです。虫でもいい。ゲームでもいい。歴史でもいい。電車でもいい。スポーツでもいい。大切なのは、「興味を持ったことを、自分で深掘りする」という経験です。その経験をたくさん持っている子は、やがて学校の勉強にも同じ姿勢を持ち込むようになります。「知らないから調べる」「わからないから考える」「もっと知りたいから質問する」これは、受験が終わってもなくならない力です。 ■親も「わからない」と言っていいそして、もう一つ大切なのが、大人自身の姿勢です。子どもに質問されて、答えがわからないことがあります。そんなとき、「そんなことも知らないの?」とならないでほしいのです。むしろ、「お父さんもわからないな。一緒に調べてみようか」「それ、面白いね。どうしてだろう?」と言ってみる。それだけで、子どもにとっては大きな学びになります。「わからないことは恥ずかしいことではない」「わからないなら、調べればいい」という価値観が、家庭や塾の中に根づくからです。以前、ある生徒がこんなことを言っていました。「知らないことは恥ずかしいことじゃない。知ろうとしないことが恥ずかしい。」とてもいい言葉だと思います。問題集を何冊やるか。何時間勉強するか。もちろん、それも大切です。でも長い目で見れば、「わからないことに出会ったとき、どうするか」のほうが、もっと大切なのかもしれません。 ■「あの子は特別」で終わらせない「あの子は頭がいいから」「あの子はもともとできるから」「あの子は特別だから」そう言ってしまうのは簡単です。しかし、それでは、その子が積み重ねてきた努力や習慣が見えなくなってしまいます。そして何より怖いのは、大人が子どもの可能性に蓋をしてしまうことです。「うちの子は頭がよくないから」「この子は勉強が苦手だから」そう決めつけてしまえば、まだ伸びる可能性のある子ども自身も、「自分はできない人間なんだ」と思ってしまうかもしれません。塾の先生にとっても、これは同じです。「この子は伸びない」と決めた瞬間に、指導する側の工夫も止まります。だからこそ、「今の成績」と「これからの可能性」を分けて考えることが大切なのだと思います。 ■「頭の良い子」ではなく「学び続ける子」を育てるでは、親や塾の先生に何ができるのでしょうか。「頭の良い子」に育てようとしなくてもいいのではないでしょうか。知らないことに出会ったとき、「面白いね」と言える子。わからないことに出会ったとき、「ちょっと調べてみよう」と思える子。問題を解いたとき、「どうしてこの答えになるんだろう」と立ち止まれる子。そして、テストがなくても、「もっと知りたい」と思える子。そんな子どもを育てることのほうが、長い人生を考えれば大切なのではないでしょうか。塾の役割も、単に「点数を上げる場所」と考えると、少し狭すぎるように思います。もちろん、成績を上げる。志望校に合格する。それは大切です。しかし、その先にあるのは、もっと長い人生です。受験が終わった後も、自分で学び、自分で考え、自分で成長していく。そのための「学び方」を身につけてもらう。それこそが、塾が子どもたちに渡せる、一生ものの財産なのではないでしょうか。「成績の良い子」をつくることだけを目指すのではない。「学び続けられる子」を育てる。私は、そこに塾教育の大きな価値があると思っています。