評価軸の話―「いいもの」「売れるもの」「残るもの」「バズるもの」はなぜ違うのか
「いいもの」と「バズるもの」と「売れるもの」と「リピートされるもの」は、実はまったく別物です。私はこれを、若手起業家や高校生で起業を目指す人、美大や芸術系学部に通う卒塾生、そしてクリエイターを志す人たちに、繰り返し伝えています。なぜなら、この違いを知らないまま走り続けることが、才能や努力よりも先に「心」をすり減らしてしまうからです。■「いいもの」「バズるもの」「売れるもの」「リピートされるもの」の正体まずは、それぞれを丁寧に分けて考えてみましょう。「いいもの」とは、「誠実さ」と「美意識」の結晶です。作り手が逃げずに向き合い、手を抜かず、納得するまで積み上げた結果として生まれるもの。そこには間違いなく「価値」があります。一方で「バズるもの」は、「時代」と「アルゴリズム」と「偶然」が重なった結果です。良い・悪いとは別軸で、広がる構造にたまたまハマったという性質を持っています。「売れるもの」は、「相手の課題をどれだけ具体的に解決できたか」です。感動よりも、共感よりも、「これがあると助かる」「これなら使える」という実用性が評価されます。そして「リピートされるもの」は、「信頼」と「体験」の積み重ねです。一度きりではなく、「また選びたい」と思わせる理由が、時間の中で育っていきます。■評価軸も寿命も、必要な才能も全部違うこの四つは、・評価される基準・注目される期間・求められるスキルが、すべて異なります。それなのに、「全部を一発で取りにいこう」としてしまう人が、あまりにも多い。その結果、「刺さらない=価値がない」と勘違いしてしまう。本当は違うのに。評価の物差しを間違えただけなのに。■本当にしんどいのは、実力不足じゃない本当に苦しくなるのは、「実力がない時」ではありません。「評価の物差しを間違えたまま、全力で走り続ける時」です。いいものを作っているのに売れない。誠実に積み上げているのに反応が薄い。そのたびに、自分の感性や努力そのものを疑ってしまう。でもそれは、「作品」や「技術」が否定されたわけではない。ただ、測られた場所が違っただけなんです。■若手にこれを言い続けるのは「優しさ」だと思う私は、この話を何度でもします。正直、耳が痛い人もいると思います。それでも言い続けるのは、守りたいのが「技術」や「成果」ではなく、「心」だからです。心が折れてしまえば、どんな才能も、どんな努力も、続かない。■「売れる」までに必要な、現実的なプロセスでは、「売れる」とはどういう状態なのか。現実は、かなり地道です。・「初期露出」があり(観測され)・「魅力」がわかりやすく(理解され)・「共感」や「フック」があり(拡散され)・「類似品」との比較に勝ち(選択され)・「価格」と「需要」が噛み合い(購入され)・「学習曲線」がなだらかで(使われ)・「顧客の課題」を解決し(満足される)……これらが揃って、ようやく「売れる」に到達します。■「いいもの」は、売れるための一要素にすぎないここが一番、誤解されやすいところです。「いいもの」であることは、「売れる」や「儲かる」にとって、交換可能な部分要素の一つにすぎません。「いいもの」が「安いもの」に負けることもある。「いいもの」が「有名なもの」に負けることもある。それは不正でも失敗でもなく、市場の構造として、普通に起こることです。■「いいもの」を「売れる」に変える覚悟だからこそ、「いいもの」を「売れる」にしたいなら、作品やプロダクトの外側――見せ方、伝え方、導線、比較、価格、体験設計……周辺を、徹底的に整える必要があります。正直、「めんどう」です。でもその「めんどう」を引き受けることが、「誠実さ」を現実に届ける唯一の道でもあります。■最後に「いいもの」を作れる人は、もう十分すごい。でも、それだけで世界が優しく評価してくれるとは限らない。だからこそ、評価の軸を正しく持ち、自分を削らず、心を守りながら、次の一手を選べる人であってほしい。この文章が、誰かの「才能」を守るクッションになれば、それ以上の価値はありません。