算数・数学が苦手になる本当の理由|子供の思考力を伸ばすために大人ができること
算数・数学の学びにおいて、本当に大切にされるべきものは何でしょうか。それは単に「正しい答えにたどり着くこと」ではありません。ましてや、「先生が教えた通りの順序で解けたかどうか」でもありません。算数・数学の本質は、「1つの事象を多角的に捉え、自分の頭で考え、筋道を立てて説明する力」にあります。この力こそが、子供たちが将来どんな分野に進んだとしても、生きる土台となる力なのです。■「教えられた順序ではない」ことは、本当に間違いなのか授業やテストの場面で、「解き方は合っているのに、教えた順序と違うから×」そんな指導を受けた経験はないでしょうか。しかし、ここで立ち止まって考えてみたいのです。「順序が違う」という理由だけで否定される思考は、本当に誤りなのでしょうか。子供が自分なりに考え、試行錯誤し、答えにたどり着いたのであれば、そこには確かな「思考の跡」があります。それを「教えられた順序ではない」という一言で切り捨ててしまうことは、子供の中に芽生えた「考える喜び」を摘み取ってしまう行為にほかなりません。■「先生が正解を決める」という学習観の危うさ順序違いを理由に否定され続けた子供は、次第にこう考えるようになります。「どう考えたかは関係ない」「大切なのは、先生の言う通りにできたかどうかだ」これは、「何が正解かは先生が決めることである」という、極めて受動的で卑屈な学習観です。この学習観が根付いてしまうと、子供たちは自分の頭で考えることをやめ、「正解を当てにいく」学びに閉じこもってしまいます。算数・数学が、本来もっているはずの「自由で創造的な思考の場」から、「正解を再現する作業」へと変質してしまうのです。■本当に「理解度」を問いたいなら、見るべきものは別にあるもし、教師が本当に子供たちの「理解度」を知りたいのであれば、「順序」という雑で表面的な基準に頼るべきではありません。見るべきなのは、・なぜその方法を選んだのか・どのような考えの流れがあったのか・途中でどんな気づきがあったのかつまり、「思考のプロセス」そのものです。そのためには、設問を工夫する必要があります。答えが1つに定まらない問い、複数の解法が自然に生まれる問い、説明を求める問い。そうした問いこそが、子供たちの「考える力」と真正面から向き合うための入口となります。■算数・数学は「考え方」を学ぶ教科である算数・数学は、「速く」「正確に」計算する教科ではありません。それ以上に、「どう考えるか」「どう説明するか」を学ぶ教科です。順序が違っても、考えが筋道立っていれば、それは尊重されるべきです。むしろ、そこにこそ子供の個性や理解の深さが表れます。「間違いを恐れずに考えること」「自分の言葉で説明しようとすること」この姿勢を育てることが、算数・数学教育の本質なのではないでしょうか。■「順序」よりも「思考」を大切にする教室へ子供たちは、本来「考える力」をもっています。大人がすべきことは、それを縛ることではなく、支えることです。「教えた通りでなくてもいい」「自分なりの考え方でいい」そう伝えられたとき、子供たちは安心して思考を広げていきます。算数・数学の授業が、「正解を当てる場」ではなく、「考えることを楽しむ場」になること。その積み重ねが、子供たちの未来を静かに、しかし確実に豊かにしていくのです。