四十九日餅
先日、伯母の四十九日法要でのこと。ご住職がおみえになって、座にお着きになるや何やらお一人で作業を。小ぶりのピザぐらいのお餅をまな板に載せて包丁で切っていく。いかにも作法通りに進めているようだが、刃物、餅、切り刻むというのが、どうも私の中では仏教の法要と相容れないように思われ違和感があった。 家人にお盆を借りると、遺族の目の前で、まるでいろんな形の積み木を平面に並べて物の形を作るように手馴れた動作で、その中に人形(ひとがた)を作ったのだ!(下の画像参照) 居並ぶ親族めいめいが感嘆の声。別に傘餅(傘の餅)というのも傍に供えられ、これも珍しいものらしく誰もが初めて見たと言った。 その家の宗旨は融通念仏宗(大念仏宗)だが、帰ってから検索してみると浄土宗や日蓮宗でも同じような人形のお餅を四十九(日)餅と称して用いるようだ。ただし関西が本場らしい。さらに驚いたことに、大阪府下の某神社がやはりお餅でよく似た人形を作って神事にお供えしているというのだ。 画像を見ていただくとおわかりのように、この人形、実は笠をかぶり杖を突いたお遍路さんのような旅装束なのだ。あの世への旅立ち。故人が具体的なイメージとなって眼前に現れている。よく出来た装置だなあなどと無宗教の私は冷ややかに感心してしまう。ここからは各宗派によって違うのだが、故人の故障のあった部位(優れて健康だった部位)のお餅を遺族が分け合って食べるとか、翌日笠の部分を軒先に投げ上げるとか。笠餅の方にも、これは故人の大骨と血肉をかたどったものだとか色々いわれがあるらしい。 民俗学の研究ではきっと面白い仮説があれこれ用意されているんだろうな。↓ 下の画像、立ててあるように見えますが、真上から撮ったものです。