カテゴリ:読書
清少納言の『枕草子』は我が国最古の随筆と言われていますが、現存するものではという但し書きがいりそうです。『枕草子』出現まで、掃いて捨てるほどあった凡庸で退屈な文章が、本当に掃いて捨てられて、『枕草子』だけが王朝文学の中でただ一つ、綺羅星のごとく燦然と輝いているのでしょう。ともあれ、著作権のうるさくない平安朝の女房達の間では、次から次へとまたたく間に書き写されて一大ブームになったことは間違いなさそうです。「ねえねえ、清の少納言さまの新作お読みになって? 今度のはおなか抱えて笑えるそうでございますわ」なんてね。 そもそも清少納言は、女房連のオピニオン・リーダー。中宮定子の家庭教師でもあったのですから、誰も異議を唱えることなどできなかった。また、彼女の意見は妙に説得力があったのですな。「わたし随筆書くから、あんたら読む?」ではなく、「清の少納言さまのお口から出る言の葉はいづれも素敵。どうか料紙にものしてたもれ」などと周囲の連中がけしかけたものと思われます。 じゃあってんで、清女は考えた。開口一番は皆の者が度肝を抜かれるような奇抜な名キャッチコピーを。 そこで「春はあけぼの」。どうじゃ、恐れ入ったか! ここで解説の時間となりました。中学や高校の国語の時間、覚えさせられてみんなの前で大きな声で言わされましたよね。覚えて、言って、訳して終わり。これじゃあ、作者の決死の「春はあけぼの」がわからない。彼女は一か八かの大勝負に出たのです。 彼女の人気を妬んでいた女房がいたとすれば、こう思います。春はあけぼのだって? 馬ッ鹿じゃないの。春は宵に決まってるじゃないのさ。春宵一刻価千金。春の曙なんて誰が見るのさ、春眠暁を覚えずってね。 そうです。清女は誰もがそう反論することを見越していたのです。それでも敢えて、あけぼのと言い切った。「きゃあ~、清さま、ステキ」 なんとなればですね、「やうやう白くなりゆく山ぎは少し明かりて紫だちたる雲の細くたなびきたる」様子を想像してごらんなさいな。えっ、そんなの見たことないって? じゃあ、たまには早起きして御覧なさいませよ。極楽浄土もかくやと思える素晴らしさでございますよ。 彼女の美意識が異常でないことを示すために用意した夏秋冬それぞれの風物をとくと御覧あれ。夏は夜の蛍火、秋は夕暮れの雁がね、冬はつとめての銀世界。誰もが異論を差しはさめないでしょうが。ということは逆に、今まで「春は宵」で何の疑問も感じていなかった人々に、清少納言があの研ぎ澄まされた感覚でもって「あけぼの」と言うからにゃ「あけぼの」なんでしょと言わせ、当時の知識人たちの常識を覆してしまった。ついでに言えば、現在に至るまで日本人の美意識に最も大きな影響を与え続けたのも彼女です。 さあ、もうこうなったら怖いものなし。何を書いても支持してくれる。かくしてあの大部の『枕草子』は出来上がっていったのでありました。めでたしめでたし。
今日の画像は枕草子とは何の関連もなく伊豆の踊り子土鈴 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
いやーーー、今までのどの解説よりも楽しかったです
わかりやすいし、とても勉強になりました(^o^)丿 今度目にする時はこのことを思い出しながら読むとしましょう・・・ (2006年05月17日 06時19分12秒)
このようにお伺いすると、かなり面白いです。
随分と日本人の季節感が枕草子によって、すり込まれていたのですね。 禅宗の公案に対する著語は、圧倒的に唐詩から引用したものが多く、少し様相が違うなと思っていたのですが、納得です。 真似ではなく、発展させてオリジナリティーを出すパワー、見習いたいものです。 (2006年05月17日 08時03分13秒)
おはようございます。
私も、春は曙派です。 大体お寝坊なんですが、たまたま早起きしたときに、極楽浄土のような、光景をまのあたりにして 感激した朝を思い出しましたよ。 ただし、枕草子とは、全くむすびつかなかったんですけどね。 また伺います。楽しみにしてます。 (2006年05月17日 08時50分45秒)
ネネ4780さん、どうもです。
>いやーーー、今までのどの解説よりも楽しかったです >わかりやすいし、とても勉強になりました(^o^)丿 ありがとうございます。自分でも楽しみながら書いていました。 >今度目にする時はこのことを思い出しながら読むとしましょう・・・ そうですね。千年に一人出るか出ないかの才女の文章ですから。 (2006年05月17日 12時22分44秒)
なんぜんたろうさん、おこしやす。
>随分と日本人の季節感が枕草子によって、すり込まれていたのですね。 季節感は言うに及ばず、彼女が「星はすばる」と言うとそうなっちゃうんですね。歌枕なんかをどんどん定着させて行ったのも彼女でしょう。 >禅宗の公案に対する著語は、圧倒的に唐詩から引用したものが多く、少し様相が違うなと思っていたのですが、納得です。 >真似ではなく、発展させてオリジナリティーを出すパワー、見習いたいものです。 それはもともと日本人の得意とするところなんでしょうね。 (2006年05月17日 12時40分16秒)
すみれ想さん、こんにちは。
>私も、春は曙派です。 >大体お寝坊なんですが、たまたま早起きしたときに、極楽浄土のような、光景をまのあたりにして感激した朝を思い出しましたよ。 私も寝坊です、そして宵っ張り。今朝の曙は寝る前でした(笑) >また伺います。楽しみにしてます。 ありがとうございます。 (2006年05月17日 12時44分39秒)
今まで読んだどの本より
枕草子を魅力的に解説してくださっていたので 何度読んでも楽しかったです 春の夜が明けてゆくさまは綺麗ですね でも・・残念なことには いつも目が覚める頃にはお日様が昇り始めていて 後数分はやくおきるといいんですけれど・・・ それが・・なかなか・・駄目ですね (笑) (2006年05月18日 13時49分55秒)
らむ115さん
>今まで読んだどの本より 枕草子を魅力的に解説してくださっていたので 何度読んでも楽しかったです 何度も読んで下さってありがとうございます。こういう感じの文章がいつも書けたらいいんですがねえ(笑) >春の夜が明けてゆくさまは綺麗ですね >でも・・残念なことには いつも目が覚める頃にはお日様が昇り始めていて 後数分はやくおきるといいんですけれど・・・ >それが・・なかなか・・駄目ですね (笑) 我が家は夕焼けと日没の美しさを愛で讃えることにしております(ぽりぽり) (2006年05月18日 14時30分24秒)
「枕草子」を読むといかに今の日本の作家・随筆家の表現が貧弱になっているかがよくわかります。例えば序段の「春は曙」一つ例にしても四季を連ねて書き、その表現が光と色を鮮やかに表出しています。曙雲の色の移り変わり、夏の蛍と雨に月。 秋の夕暮れの色。 そこへ「音」の挿入(虫の音)。 冬の雪といこる火鉢と灰になる白さ。
光については「少し明かりて」「月の光」「闇」「蛍」「夕日」「雪明り」「炭火」「昼光」、色は「紫」「黒」「赤」「白」とこれだけの短い文章にものの見事に光と色の変化を伝えています。 これが「枕草子」の基本的なモチーフのように思えてなりません。 いつ読んでも感動をおぼえる名作ですね。 (2006年05月18日 23時02分25秒)
とも4768さん、いろいろ補足をありがとうございました。
>「枕草子」を読むといかに今の日本の作家・随筆家の表現が貧弱になっているかがよくわかります。 私もそう思います。古典はやはり長い時間の試練をくぐって来ただけのことはあります。 >これが「枕草子」の基本的なモチーフのように思えてなりません。いつ読んでも感動をおぼえる名作ですね。 音読にたえる文章というのも古典の特徴ですね。私、声に出して読むのが好きなんです。 (2006年05月19日 00時14分22秒)
おはようございます。
何度読んでも楽しませてもらえる文章です。 高校の古文の時間にこういう解説を聞いていたなら もっとまじめに勉強していたかもしれません。 古典に興味があっても勉強はなかなか・・・(^_^;) (2006年05月20日 08時30分01秒)
紺桔梗1268さん、いらっしゃいませ。
>何度読んでも楽しませてもらえる文章です。 何度も読んでいただいて光栄です。 >高校の古文の時間にこういう解説を聞いていたならもっとまじめに勉強していたかもしれません。 >古典に興味があっても勉強はなかなか・・・(^_^;) 勉強嫌いの生徒が多い学校にばかりおりましたもので、惹きつけるためには結構苦労しましたですよ(笑) (2006年05月20日 13時41分29秒)
嫌好法師さんへ
そういえば高校の古文の先生はお坊さんも兼業していました。 お坊さんって声がいいでしょ。 先生は自分で教科書を読んで酔いしれていました。 こんなふうに読むんだぞって。(^_^;) (2006年05月20日 13時54分47秒)
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