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ノクターン

ノクターン

序章 成功哲学批判

 思考が現実化するというのが、アメリカの成功哲学の主流である。

 そうなりたい自分を想像し、イメージし 写真のように意識すること、朝も夜も寝る前もイメージすることにより、そういう意識が潜在意識に植え付けられ、思考が実現される。

 しかし、この論理には無理がある。

 何故、潜在意識にイメージすると、それが現実になるのかが わからない。

 潜在意識には、なぜかそういう能力があるから。

 すべてが、一緒なのだ。

 ついてる というと 何故か ツイテル現象が生じる。

 ありがとうと いうと 何故か 運がよくなる。

 掃除をすると 何故か 金運がよくなる。

 僕は、そういう現象は起こらないといっているのではない、むしろ、起こることも多いと感じている。

 何故なら、信じていることは 現象化されるからである。

 信じる者は 救われる

 ですから、巷にあふれるセルプヘルプの本は、宗教と断言していい。

 だけど、本当は救われない。

 何故なら、自分のほかに 絶対的な存在を 創造しているからである。

 私と世界というものを 最初に二つに分けることにより、そう思っているに過ぎないのだ。

 いろいろな想いが、現実化するということからいえることは、自分の意識と現前の世界がまったく別の存在ではないということである。

 私という存在が、無限に広がる時空のなかのちっぽけな存在という認識が、この世界に基準を置いて

 成功したい、出世したい、いい彼氏が持ちたい、お金持ちになりたい

 というような欲望を生じさせる。

 そして、その欲望が資本主義の原動力になっているのですが、信じられないかもしれないがそれは ある勢力の刷り込みなんだ。

 岸信介や佐藤栄作首相は、アメリカのCIAのエージェントというのは、確かアメリカの資料にある。そして、いまでも日本独自の外交というものはないのに

 国内では、独立国とされている。

 今回の、小沢さんのテロ特措法に対するものも、間違いなく継続するということを織り込んでのものに違いない。(単に、自民党を追い込む)

 僕が、在る勢力と思っているのは、アメリカ政府ではなく、それを牛耳っている勢力で レプテリアン。(デービットアイク)

 宮というのは、蛇の屋のことで、神社でお祭りしているのは、蛇なんだね。

 少し歴史を学んだものなら、中国でも最初の王は蛇であり、インドでもそうだ。

 お金という にんじんをぶら下げられて 奴隷にされているのが我々だ。

 無意識に、何の前提も無く、働かなくてはならないという感情が生じてくる。

 欲望の 根底にあるのは 恐怖である。

 話をもとにもどすと、

 想いが現実を創るのではなく、我々の 想いこそが 現実なんだ

 わかりやすいように 世界は鏡である とまずは 理解する。

 あなたが 笑えば 相手も 笑う

 泣けば、泣くし、怒れば怒る。

 右手を上げれば 右手を上げるし、たたけば たたかれる。

 相手の嫌いなところは、自分自身の嫌いなところであるから、

 嫌いな上司がいやで会社を替わっても、同じような上司に必ずあたる。

 何故、あくびが写るのでしょう。

 子供に向かうとき、親に向かうとき、恋人に向かうとき、あなたの顔の表情や話し方、が違うでしょう。

 自分の他に世界があると思うと、どうしても苦しみから逃れられない。

 求めれば 求めるほど 得られない現実を あなた自身が創りだしてしまう。

 だから、仏教では 欲をなくせといっている。

 得ようとする 心が苦しみを生じさせるからである。

 いま ここで すでに満たされている変わろうと しない

 こういう 感じ方でいいと思う。

 一瞬で、悩みがなくなる。

 
 幸福な人は 幸福になることを望まない

成功したひとは、成功になる本を読まない

 お金持ちも お金持ちになる本には 関心をもたないだろう。

 すでにあるものは 求めず 問うこともしない。

 そして、この世界は 意識の表象の鏡であるから

 求めれば 求めるほど 得られない

 僕は、キリストは「求めよ、さらば与えられん」といったというが

「与えよ、さすればすでに得ていると同じことである」じゃないと おかしいと思う。

 求めれば 得られない。

 汝の欲するところを 隣人にしなさいということは そのとおりだろうが、

 欲しいものは すでに 得ていると 思いなさい

 こういう文章もあったような気がするが、

 戸をたたけ さすれば開けられん

 こういう表現ならOK なんですがね。

 ただ、ジュースが欲しくてそれを 買うということをいっているわけじゃないんだ。

 欲求ではなく、欲望だね。

 僕たちは、世界のほうから光が反射して網膜を通って脳で映像を解析していると考えている。

 つまり、現前の世界を 目を通して 脳で見ていると 思っている。

 ということは、現前の世界と 脳で認識している世界は同じものであるから、取り替えてもいいのである。

 ということで、現前の世界は、外部ではなく我々が認識している意識の世界ということになりました。

 ありていにいえば、僕たちの見ているものは客観的世界なんぞではなく、

 僕たちの心のなかってこと、心情風景でごわす。

 その世界に立ち現れる、人というのは、他人ではなく、僕の心の中の住人なんだ。

 あなたも、こっちのあなたも、あっちのあなたも、僕の心の中で動いているわけ。

 いろいろな人の顔は、僕の顔を写す鏡。

 あなたを見るとき あなたは、私である。

 だから、そんな嫌な顔しないでぇ~

 目の前にりんごがある。

 客観的世界に 物理的な りんご があると 考えることが多い。

 しかし、一人一人目の前のりんごに対する想いは 違うのだ。

 美味しそうとか まずそうとか 新しいとか 古いとか・・

 ずっと どうして 男女はこんなにも結婚するのかと 不思議だった。

 どうして こんな奴と こんな美女がとか

 なんでこんなに いけているのに ○○な女性ととか

 結婚自体が したほうがいいかどうがは わからないけれど

 結婚しない男女が少ないというより




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