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水郷にこうしてボートで分け入ったのは、 有名な寺院がその奥にあったからなのですが、 寺院のことは記憶にぜんぜん残っていません。 もともと名所旧跡が好きでないせいもありますが、 心に銘記されるものって、意外にもっと小さなことが多いようです。 ボートの縁からのぞき込んだ水面下の光景とか、 出会った物売りの女性のこととか、 ボートを漕いでくれた青年のこととか、 行き交うボートの大半を女性が漕いでいたこととか… でも、一番心に残っているのは、 水郷の不思議な静けさと、次第に黄昏れてゆく天地の幽玄な色合いのこと。 そして、心の底から次の想いがわき上がってきたこと、 ああ、ぼくは今、幸せだ! 青年のバイクの後部座席に乗せられて、帰途についたとき、 日はすでにとっぷりと暮れていました。 青年は、帰りを急いで、でこぼこの国道をひた走りに走りました。 バイクは飛んだり、跳ねたり。 国道は、至る所で舗装工事のため掘削され、危険きわまりない状態。 まさに一触即発の事故の危険を孕む夜間走行でした。 でも、私は不思議にご機嫌なままでした。 バイクのバーをしっかり握りながら、頭をのけぞらせて、 北斗七星を初めとする、満天の星々に見とれていたのです。 そう、思い出しました、 国道には街灯がなかった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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