000000 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

筆墨を友として・・・・・書作家・梅原千鶴

PR

全20件 (20件中 1-10件目)

1 2 >

思い出

April 28, 2016
XML
カテゴリ:思い出

慌しく三月は去ってゆきました。

上旬に、友人と沖縄旅行をのんびり楽しみました。

tyuraumi10.jpg

tyuraumi13.jpg


中旬には、教え子の卒園、小・中学校卒業式があり、彼らとお祝いランチをしました。

大学の決まった生徒と大阪日展を観に行き、慶沢園をゆったりと散策したことも、いい思い出です。

izumi1.jpg

nitten6.jpg

慶沢園の池に映るアベノハルカス。

3月末には、子供たちの展覧会の作品制作、今年のテーマ『スポーツ』にチャレンジしてもらいました。

2016sakuhinnseisaku.jpg

中学卒業した4人、それぞれ進学する高校も決まって、新年度を迎えます。

    2016年鶴悠会書展  学生の部

会期  6月4日(土)・5日(日)

会場  浜屋敷(吹田) 蔵ギャラリー

テーマ  スポーツ


梅原千鶴のホームページはこちら⇒http://atelier-umehara.com/







最終更新日  April 28, 2016 11:46:00 PM
コメント(0) | コメントを書く


January 3, 2016
カテゴリ:思い出

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

しばらくご無沙汰しておりましたが、年改まり、心も改めて日々綴ってまいりますので、ご訪問頂きますよう、よろしくお願いいたします。

ご無沙汰中の11月、12月は、多忙を極めており、なかなか更新できませんでした。

11月上には所要で妙高に出向き、息子の車で韮崎の大村博士の開かれている温泉、お蕎麦屋さん、美術館を訪ね、短い旅ながら楽しいひと時も得ました。

11月末の土曜・日曜には、鶴悠会一般の部の展覧会を開催いたしました。多くの方にお運び頂き、出品者一同喜んでおります。作品はまた、後日ご紹介したいと考えています。

12月は例年の慌しさの中で、俳句投稿しなければならないのが2種もあって、12句作句に四句(四苦)八句(八苦)いたしました。

又、消化器系の検査も2種受けましたが、結果は事なきを得て、ホットいたしました。

11月24日にホームページも刷新、まだこれから内容充実に向け取り組まねばなりませんが、更新方法も全く異なりますので、苦慮していますが、ご期待ください。

年末には、地元のJCOMさんに『やっぱ地元っShow!』に取材して頂き、12月24日~31日の大晦日までオンエアしていただきました。興味ある方は私のホームページ{動画}で見て頂けます。

書について、教室での出来事、日々の些細な出来事をマイペースで綴ってまいりますので、ご訪問頂きますよう、よろしくお願いいたします。

 

 

 








最終更新日  January 4, 2016 11:36:00 AM
コメント(0) | コメントを書く
March 3, 2014
カテゴリ:思い出

sofu-hina

このお軸は、私の父の父のそのまた父、すなわち私の曽祖父が描いたものです。

父の妹の初節句に描いて贈ったもので、父が生きていたら1903年の生まれで110歳、叔母は3~5歳年下だと思いますので、100年余も古に描かれたものです。

叔母に子供が居なかったので、我が家に来たのですが、日本画の絵の具は今なお美しい色彩で、表具はとても傷んでいたので、20年余り前にやり直してもらいました。

その時代の人としては非常に自由人、家族に縛られることなく「仏画の研究に行く」と、インドに行ったとか・・・。

その人柄ゆえか、絵の構図も仲良くお話しているようで、普通のお雛様の絵と異なって、現代的に想えます。

祖父の帰国の知らせを受けて、父は乳母車に乗せられて築港まで迎えにいきました。祖母に聞いた話ですと、そのころはまだ大阪市内に市電が走っていなかったそうです。

その時の対面が非常にインパクトが強かったのでしょう、当時2~3歳だと思われるのですが、お祖父さんの耳にはキラキラ光るものが!!! 100年も経てばフツーになっておりますが。。。

余談ながら、父は子供のころ、ちょんまげを結って刀を差したおじいさんを見たと言っておりました。

またまた余談で恐縮ですが、正岡子規は子供のころちょんまげを結っていて、子供たちの間でそれを理由にいじめにあっていたと、何かで読みました。

時代的に正岡子規が若くして亡くなった半年後に、父は生まれています。

アトリエ梅原のホームページはこちら!

新しいブログはこちら↓

http://umehara.citylife-new.com/

 







最終更新日  March 25, 2014 10:09:42 PM
コメント(0) | コメントを書く
November 9, 2013
カテゴリ:思い出

 

ryuuannji1

 

ryuuannji1 

 友人の陶展を観て、妙心寺北門に近い壽聖寺から妙心寺南門に近い退蔵院に向かいました。 

 そのお寺には、師事した書の恩師・山内観先生が眠られており、一度お詣りしたいとかねてより思っていたので、素通りすることは出来ません。

 退蔵院と書かれた表札は、山内先生の20代に書かれたものと、御葬儀の折にご子息が語られた言葉を思い出しました。 

 墓前に佇み、先生の書による墓標を懐かしく観ることでした。活き活きとした菊が入れられていて、ご家族のお気持ちが伝わって来ます。 

 退蔵院の庭園は綺麗に手入れされ、静寂と自然が訪れる人たちを遠い昔にタイムスリップさせてくれ、安らぎを与えてくれます。

ryuuannji
 
ryuuannji3 

 南門の前にあるご自宅をお尋ねし、久しぶりに奥様にもお目にかかりました。お変わりなくお元気そうにしておられ、話が弾むことでした。 

 通して頂いた先生のご仏壇の前で、「初心忘れず」心新たに勉強に励みますと、奥様にお話することでした。

アトリエ梅原のホームページはこちら

 

 

 







最終更新日  November 16, 2013 11:18:08 PM
コメント(0) | コメントを書く
April 29, 2013
カテゴリ:思い出

 

inoda1
 

毎年春、GWの前半の1日、高校時代の先輩と京都に出かけ、書道材料を一括して購入します。

ゆったりと過ごす楽しい1日で、おしゃべりは書や書道具に関することに始まり、家族のことから生徒の心配事、健康、料理に至るまで、話のタネに困ることはありません。

買い物を終え、ランチも済ませ、帰途の駅までのタクシーで、運転手さんのおすすめコーヒー店に寄ることになりました。

イノダの本店は、先輩がお父さんのお仕事に付いてきたとき待っていた所だった・・・と、佇まいが昔のままのお店に、今は亡きお父上が重なる懐かし思い出の場所でもありました。

私もかつて若いころは京都中心に活動していましたからイノダは久しぶり、コーヒーにはすでにお砂糖とミルクが入って頃合いに味付けされていて、それが他店と違うところでしょうか?

私の記憶に間違いがなければ、お水が地下水で美味しいからコーヒーも美味しいとか…

長い間風邪に悩まされていましたが、気持ちも一新して、かえって体調も良くなったように想いました。

イノダの本店の通路をカシャ!!と、記念に撮りました。

 

inoda2

 

 







最終更新日  May 3, 2013 12:54:02 AM
コメント(0) | コメントを書く
February 21, 2013
カテゴリ:思い出

 

 

bara

 今月の俳句サロンは体調が良くないので欠席しましたが、兼題(橋)と自由題を出席される方に託けました。

 20年余り前、父を見送って少し落ち着いたころ、母と姑と一緒に夫の車で城崎温泉に行きました。その折に、頭上に架かる餘部の鉄橋を皆で頭を反らせて見上げました。

 その高いこと、また電車がゆっくり走っているのは、まるで影絵を眺めているような気持でした。

 兼題に『橋』が出たとき、色々な橋が頭に浮かびましたが、母と見た餘部の橋が最も印象的で、次のように詠みました。

      空分ける餘部の橋母も逝く

 参加者から多く票を入れてくださり、2名の方から特選に選んで頂き、批評を得ました。

 * 橋の高さ、危うさと、「母逝く」足元の崩れるような頼りなさがよくあっている。

 * 高い空が二つに分かれ、母を亡くした寂しさが表現された。

 2月に母は亡くなりましたが、その日は穏やかで陽光が明るくて印象深かったのが、昨日のように思い出します。







最終更新日  February 27, 2013 01:07:33 AM
コメント(0) | コメントを書く
November 3, 2012
カテゴリ:思い出

 

 

seidakaawadatisou
 

 

 伯母さんは97歳ぐらいまで、家事をされていて、話題の豊富な方でした。

 サッカーも野球もよく御存じで、娘時代にはお父さんにねだってドイツのカメラを買ってもらって写していたようです。最近でも今式のデジタルカメラを買って、いろいろ撮影していたと聞いています。

 伯母さんの長女とボストンに旅行する前に伺ったとき、手作りのお寿司と茶碗蒸しをご馳走してくださり、お人柄を映したようなお味で、いくらでも食べられるようなその美味しさは今も忘れられません。もう90才位だったと思います。

 孫たちには毎日の食事に加え、お嫁入りするまでお弁当を作ってもらったと言います。

 以前、夕食のころに伺ったときがありましたが、お年寄りのメニューとは思えないハイカラな洋食で、グラタンだったように思います。伯母さんの言われるには、洋食の方がお好きとか・・・私の作る料理の方が御晩菜だゎ、と思ったことでした。

 いつも家族の為に立ち動いていたおばさん、明るくて陽気でオシャレで、いつもみんなに心配りしていた伯母さん。

 これからは天国からみんなを見守ってくださいね。。。

 







最終更新日  November 6, 2012 04:40:39 PM
コメント(0) | コメントを書く
September 30, 2012
カテゴリ:思い出

 

 

kuroyannsisyuu
 

 

 私の長年のお友達に、スーパーレディーがいます。

 彼女とは二十歳ぐらいからですから、かれこれン十年のお付合いになります。

 師事した先生は違うものの、日展や大きな展覧会で、また活動の場が同じ京都中心だったこともあり、1才しか違わないのですが、私にとってお姉さん的存在です。

 お料理お菓子作り、和裁は留袖までも縫える腕前、女性的な事ばかりではありません。

 自動車の運転も大したもの、隣の助手席に座っても滑らかな運転なので、寛いで座っていることができます。

 スキーも一級の腕前で、雪国でライセンスを取得しているのも頷けます。もう昔ですが、スキーで朝スイスを出発して夕方フランスのホテルに投宿した…と言う話も聞いています。

 ごく最近では、ご高齢の母君を10年にも及ぶ手厚い介護の末、見送られています。

 これは彼女が小学生のころに刺繍した作品を、以前に頂き仕舞いこんでいたもの。

 地色は黄ばんではいるものの刺繍の色は鮮やかで、しっかり刺繍されているので、それらを断つ時は心が痛みましたが、今では毎日何度もお目にかかって、愛でています。

 観るたびに彼女を想い、その刺繍のうまさに感心しています。







最終更新日  October 7, 2012 11:39:57 AM
コメント(2) | コメントを書く
July 13, 2012
カテゴリ:思い出

 

ryokuti9
 

 

 浜屋敷でグループホームの方たちとご一緒に歌うボランテァに行きました。

 先月は、足の怪我で歩くのが不自由でしたので、残念ながらお休みしたのです。

 大きな声で生伴奏で歌えるばかりでなく、ご指導いただく先生のお声と楽しい話術に加え、ユーモラスなジェスチャー・・・・この先生だからこそ嫌味なく心から笑えてしまうのです。グループホームの方ともいろいろその時その時の掛け合いがあっても、上手にお歌に引き込んで来られ、参加者みんなを楽しい気持ちにしてくださるので、いつも感謝です。

 リクエストの曲の中に今日は『小鹿のバンビ』がありました。これは昭和20年代半ば、ディズニーの映画をもとに作詞作曲された歌のようで、私も幼いころ、両親と大阪梅田の映画館に観に行った記憶があります。

 また、小学校低学年のころ、声楽のお稽古に通っていた時期がありました。その時この歌を教えていただき、先生のお家で初めてテープレコーダーに吹き込みました。

 そのころのテープレコーダーはかさが高くて重く、1cm位の幅のテープで現在目にするカセットテープの何倍も大きいものでした。

 先生のピアノ伴奏に合わせて初めて吹き込んだ自分の歌声に、恥ずかしいやら情けないやら、自分の音程が微妙に狂っていて、半世紀を経た今もあの時の気持ちが甦るのです。

「周りを気にせずに、楽しんで大きな声で歌いましょう!」と言ってくださる先生ですが、『ひょっとして音を外してはいないかしら?』と、殊に小鹿のバンビを歌うとき、当時にタイムスリップするのです。

 家に小さい子供(2歳)が遊びに来て、よくおしゃべりしていたせいか、今日は声が出やすく感じました。

・・・・小鹿のバンビ~は、かわいいな、お花が匂う春の朝。

            森の木陰で生まれたと、ミミズクおじさん言ってたよ・・・・・・

 

 ボストンで観たライオンキングとオーバーラップするのは、私だけでしょうか?

 







最終更新日  July 21, 2012 11:13:48 PM
コメント(0) | コメントを書く
May 6, 2012
カテゴリ:思い出
 今日は父の誕生日です。もう黄泉の国に旅立って久しくなるのですが、『風薫る5月』になると、いろいろな思い出が走馬灯のように駆け巡ります。

 父の名は『薫』、明治生まれの男性の名前と言うにはモダン、絵や書を書くことを好んだ曽祖父が名付けたそうです。

 父がまだ幼い時、まだ幼稚園ぐらいの時だったのか、小学校に上がっていた時のことか定かではありませんが「ちょんまげを結って、刀を差したおじいさんを見た」と、言っていたのを思い出します。

 父が生まれた明治36年にはすでに正岡子規は亡くなっていましたが、子規の子供の時、おじいさんの言いつけでちょんまげを結っていて、子供仲間からいじめられていたそうです。

 父は現在生きておれば110歳、幼稚園の遠足は橿原神宮だったとも聞きました。住んでいた所は大阪市内のはずですから、ずいぶんと遠いところに行ったものだと思います。もちろん保護者付きだったようですが・・・

 父は両党使いで、甘いものは粒あんの和菓子が好みだったので、和菓子屋さんまで運動がてら出かけました。

 長男は毎年滋賀のお友達のところへ田植えのお手伝いに……お土産にたくさんの竹の子を頂いてきました。竹林で自由に採るように言われたのでしょう、こんなに沢山!

 父と母の好物が揃い、空の上で喜んでくれているかしら・・・

takenoko5gatu6hijpg








最終更新日  May 9, 2012 05:25:34 PM
コメント(0) | コメントを書く

全20件 (20件中 1-10件目)

1 2 >


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.