想い
先だって、雑草で覆われた農園の手入れをしていると、小さな銀杏の苗木から新芽が出ているのを見つけた。 この銀杏は、数年前に亡くなった役場のS先輩から貰ったものだ。S先輩は、無類の酒好きで定年前に体を壊し早期退職をされた。自宅の裏には、元々の地形や植生を活かした農園があり、そこで在来の蜜柑「ウンジョウキ」をはじめとして、多種多様な熱帯果樹を栽培していた。 先輩が亡くなる半年ほど前に、役場の同僚とお見舞いをした。その時はいたって元気で「癌でもうすぐあの世に行く」、と豪快に笑っていたものだ。 久しぶりの来客なのか、先輩は饒舌で農園にある珍しい植物を次から次へと説明してくれた。その中の一つがこの銀杏の苗木だ。 銀杏は温帯植物で、通常亜熱帯には分布していないのだが、近年は園芸品種などが持ち込まれ、与論島にも数本生えている。先輩から貰った銀杏の苗木のことはすっかり忘れていたが、およそ2年ぶりに新芽が出てきたのだ。 夏の干ばつや雑草の侵略など農園管理人の横着を凌ぎ、やっと芽を出した銀杏の苗木。 『俺のことを忘れるなよ』と、先輩の声が聴こえたような気がした。