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ゼリーと寒天は夏の定番。
ぜりーは動物から、寒天は海草から。
あなたはどちらが好きですか?
昔は、春・秋 年に2度運動会がありました。
5月の運動会は、初夏 新緑香るさわやかな日
汗ばむ陽気の中 お父さんが裏山から竹を切り出し、一節ずつに切ります。
お母さんは海から採ってきた天草を煮て寒天を作ります。
台所の上がりかまちに20個ほど並べた竹節の中に寒天液を流しいれます。
(入れる前に貴重な砂糖を少しだけ溶かしてあります。)
寒天の固まる間に
飼っていたニワトリの玉子焼きとご飯の弁当を作ります。
父は弁当と20個の寒天竹筒を背負って
母は運動会に出ている小学生の4人以外の
幼子2人の手を引き1人をおんぶして高台の小学校に急ぎます。
もうお昼近くで徒競走。
家族そろって応援してくれるのが嬉し恥ずかし。
(去年は母が出産で来てもらえなかった。隣のおばさんに結ってもらった髪は
「犬の耳」って笑われた・・・そんなんで恥ずかしくて走れなかった。)
ドン!
今年は皆いっしょ、早朝に結ってもらった髪も「かわいいポニーテール、モダンだねっ」てほめてもらった。
得意な徒競走で1番とって嬉しい!友達に寒天分けてあげるんだ!
父に節のとこにキリで穴を開けてもらい
「反対側からチュルルウって吸うんだよ」
竹筒寒天は大好評。
と母は この連休里帰りした私達に
子供時代の初夏の思い出を語ってくれました。
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最終更新日
2010年05月09日 15時09分24秒
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「遠くのものはつかめない」
虹をつかむことはできますか。
雲をつかむことはできますか。
近寄ると見えない虹。
雲は近づくと雲ではない。
リンゴ狩りをすると遠くのリンゴが赤く見えます。遠くの木まで行き、採ってみるとなお遠くのりんごが美味しそうです。山岳の花、海中の貝、宝石のように輝いている川底の石も拾い上げてみると、とたんに輝きを失います。
自分の周りの煌めきにはなかなか気づきません。
12月・・・自分の感性を磨きじっくり周りを見てみよう。
「人間は弱い」
父の口癖「人は弱いもんだよ」
「人間は体も弱い。意志も弱い。誘惑に弱い。」
だから、現金を見えるところで数えたりすると、悪事を誘うようなことだと怒られた。
人に優しく、自分に厳しく、清く正しく貧しく生きた人。自分のしたことには責任を取る。逃げない。書いていると息が詰まりそうだ。
「人は弱いものだから、お金や情実で裏切ったりもするさ。でも怨んじゃいけないよ。」
だが、父は自分を裏切った人を許せなかった。死ぬまで交流しなかった。できなかった。
人は弱いものでしょう?なぜ許してやれなかったのだろう。心から「許す」というのはまず、相手が「許し」を請うてきて始まるのかもしれない。私は父を裏切った人が亡くなった時、火葬場で父に会った。父はずっと怒った表情で黙ったままだった。彼女は謝らないまま旅立った。「死」は和解の機会を永遠に奪ったのか。それとも「死」は恨む対象が存在しなくなることで、父の心に氷解をもたらしたのだろうか。
「幻の選択」
もしあの時こうしていたら・・・「自分の人生を振り返った時、ふと考えてしまうんだよなあ。こういうのを『幻の選択』っていうんだよ。」
ベッドに横たわる老人は、自力で食事もできない状態でしたが、わずかに微笑んでいました。彼は自分の夢を捨て、家族のために生きたことを後悔していたわけではありません。愛する者のためなら命を捨てることも躊躇しない男でしたから。
ただ、長い人生の中では何度も岐路に立ち、その中には夢をつかむチャンスもあったのでしょう。
「幻の選択」は、終焉にて彼がみた甘く切ない『夢』なのか。
パラレルワールドがあるのなら、その人生では自分の夢を選択してるのかなあ。いや、彼はどの世界でも、家族とともに歩む。そして最期にちょっと感傷的に自分の『夢』を思い出すが、「わが人生、幸せだった」と微笑むに違いない。
「死」
彼が亡くなった。もう二度と声をきくこともないのだと思うと悲しかったが、その「死」はなんか遠い信じられないものだった。お棺の中の死に顔を見た時、「美しい死に顔で・・・。」というささやき声が聞こえたけど、私は怖かった。
まるで粘土で作られたお面のような顔、「生きている」はずもないが、「生きていた」という感じも残っていない。本人でなく別人、いや別物、「物体」になってしまった。
生きる実感を得るために死に近づく人がいるが、「生きること」は何なのか考えてほしい。いや、教えて欲しい。「生きること」は「苦」ですか?
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